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一章 キライをスキになる方法

一章 2

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「しまった」
 携帯電話なのだから、外出しているとでも言えばよかった。
 貴之は頭を抱えた。口先だけでごまかすのは得意なのに、起き抜けなうえに混乱していて、頭が回らなかった。

「……仕方がない」
 後悔しても後の祭りだ。
 とにかく着替えだと、クローゼットを開けた。寝間着代わりのジャージから、Vネックの白いサマーセーターと黒いスラックスを身に着ける。

 貴之は一LDKのマンションに一人で暮らしている。リビングダイニングを応接間代わりに、もう一室を寝室・仕事部屋として使っていた。
 といっても客なんてほとんど来ないので、リビングダイニングはただの休憩室になっていた。雑誌やDVDが散乱している。

 とりあえず、リビングダイニングの荷物を全て仕事部屋に押し込んで、フローリングワイパーをかけていたところで呼び鈴が鳴った。モニターを見るが、わざとなのか、顔が見えない。薄手のコートを着た女性だとわかるくらいだが、さきほどの電話の主で間違いないだろう。
 マンション一階にあるエントランスの扉を開け、掃除道具を片付けて、玄関に来客用のスリッパを置いたところでドア前の呼び鈴が鳴った。

 わざわざ足を運ぶなんて、どれだけ怒っているのだろう。文句があるなら、あのまま電話でも済んだはずだ。
 貴之は覚悟を決めてドアを開けた。
 モニターに映ったものと同じ、薄桃色のコートを着た女性が見上げてきた。

「あなたが、氷藤貴之さんですね?」
 そう確認してくる女性の頬は、コートと同じ色に染まっていた。逆に、ハンドバッグを握る手は力みすぎて白くなっている。
 女性と目が合った貴之は瞠目した。
「……高校生か」
 思わず口に出た。

 声から若いと思っていたが、これは予想外だ。
 肩に届くくらいの黒髪を首の後ろで結わき、耳の前に後れ毛がたれている。丸みを帯びた輪郭に、くりっとした二重の大きな目や色づいた唇などがバランスよく配置されていた。美少女と呼んで差し支えないだろう。
 貴之が長身なこともあるが、見下ろすほど小さい。百五十五センチないくらいか。

「なっ……、なんてことを言うんですか! 失礼な人ですねっ」
 女性はショックを受けたように一歩引き、真っ赤になって眉を吊り上げた。
「わたしは新田美優、二十四歳! 立派な成人です。最近は間違われなくなっていたのにっ」
 つまり、今までに何度も間違われていたってことじゃないか。
 美優の理不尽な攻撃に貴之は眉間にしわを寄せる。

 どうやら美優は童顔を気にしているようだ。元々クレームで来ているうえに、貴之の第一声が癪に障ってしまったらしい。まずい展開だった。
「失礼しました。どうぞ、中へ」
 貴之はつとめて誠実な声を出し、美優を事務所に招きながら、新田美優なんて名前の依頼人はいたかな、と記憶を探った。最近でも若い女性の依頼人は何人かいたが、基本的には会わないので、容姿は知らないのだ。

 時間があればスマートフォンの着信履歴と依頼者リストを照合することもできたが、来客を迎えられるくらいに事務所の体裁を整えるのに手いっぱいだった。
 急に押しかけてきた望まぬ客だとしても、客は客だ。貴之は美優をソファに促すと、温かいお茶をテーブルに置いて、美優の向かいのソファに座った。

「ご用件をお聞かせください」
 そう言って顔を上げた貴之は、また目を見張った。
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