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一章 キライをスキになる方法

一章 5

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「あなたにはがっかりしました」
「……っ」

 言い訳をしようとして、口を閉じる。
 貴之は返す言葉がなかった。

 あの時は急いでいたし、第一そんな悪い文章じゃねえだろ。繰り返すが、依頼人はあの文面でオーケーを出したんだよ。今更文句を言われたって、言いがかりにしか聞こえない。百歩譲って依頼者にクレームを言われるなら考えるが、おまえはそもそも他人じゃねえか。

 そんな言葉が胸に沸き上がって、むなしく消える。
 勝手に期待をされて勝手に幻滅されただけだというのに「がっかりしました」という言葉がズシリと堪えた。

 確かに、最近は効率に走りすぎていたきらいがある。依頼人の気持ちをおろそかにしていたつもりはなかったが、結果として受け手に喜ばれない手紙になってしまったのかもしれない。

 よく考えてみれば、草案を清書して依頼人に渡す、もしくはポストに投函してしまえば、貴之の仕事は終わりだ。貴之の考えた文章で、受取手がどんな反応をしているのか、一度も見たことがなかった。

 クレームがなかっただけで、今までも歓迎されない手紙を生み出していたのだろうか。さすがにそれは貴之の本意ではない。

「……三井節子さんは、そんなに落ち込んでいたのか」
 貴之は組んでいた足を元に戻し、顔を俯きぎみにして、美優をうかがうように尋ねた。

「はい、それはもう。お孫さんの手紙だから繰り返し読みたいけれど、読むと落ち込むって感じです」
「まいったな……」

 貴之はくしゃりと左に流している前髪を掴んだ。
 そんな貴之の様子を見て、美優は留飲を下げたようだ。つり上がっていた眉を元の位置に戻して口を開く。

「お孫さんに話を聞いたんですよね。なんと言っていたんですか?」
「別に、たいした内容じゃなかったよ。祖母が入院している病院までは遠くて見舞いに行けないから、手紙で励ましたい、ってだけだ。盛り込みたい内容を尋ねたが、特にないと言われた。だからまあ、当たり障りのない文面になったんだ」

 それは認める。おそらく節子に書いた手紙は、少し変えただけで誰にでも送れるような無個性な内容だろう。節子のためだけの手紙になっていなかったかもしれない。

 手紙を出したいとは言いつつ、祖母にそれほど思い入れがないのだろう、楽な仕事だ、と思ったことも思い出した。思いが強いほど話は長くなるし、草案のリテイクも多くなりがちだが、あっさりと草案は通った。

「なんだかチグハグです」
「なにが?」
「わざわざお金を払って手紙を渡したいと考えたんですよ。伝えたいことがないなんて、おかしいです」
「だから、励ましたかったんだろ」
「なぜ励ましたいんですか?」
「祖母が入院しているからだろう」
「だったら電話でもいいじゃないですか。節子さんの近くにいる親戚にショートメールを送って、伝言を頼んでもいいと思います」
「伝えたいことが大してなくても、代筆屋を利用する依頼人はいる」
「だからそういう人は、氷藤さんに気持ちを引き出してほしいから依頼をしてきたんだろうと思うんです。ホームページにそう書いてあったじゃないですか」

 貴之はハッとする。
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