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一章 キライをスキになる方法

一章 15

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「疲れた」

 帰りの新幹線の中で、貴之は大きな身体を折ってテーブルに突っ伏した。
 取材旅行だってこんなに疲労しない。

 車窓から入る夕日が、貴之のボリュームのある黒髪を赤く染めている。
 なぜ初めて会った童顔ナースに、連れ回されなければならないんだ……。
 貴之の頭の中では、二度と同じ過ちを繰り返さないよう、大反省会が行われていた。

「あっ、すみません、ビールください」

 隣りに座る美優が、元気に車内販売の女性に声をかけた。その声を聞くだけで疲れが増す気がする。

「……え? 未成年じゃありませんよ、見ればわかるじゃないですかっ」

 どうやら年齢を確認されたようだ。
 見てもわからねえから訊かれたんだろ。
 貴之は心の中で突っ込む。

「氷藤さんも飲みますか? グルメツアーに付き合ってくださったので、奢りますよ」
「ああ、飲む。三本くれ」

 もういい。考えるのも面倒だ。飲んで忘れよう。

「そんなに欲張らなくても、飲み終わってから冷えたビールを買えばいいのに。ちゃんと奢ってあげますよ」
「追加でまた三本頼むからいいんだよ」
「二時間もないのに、六本は飲みすぎです」

 美優は真顔で注意して、窓際に座る貴之のテーブルにビール三本とつまみを置いた。

「お疲れ様です氷藤さん、乾杯」

 なにに乾杯しているんだと思いながら、貴之は仕方がなく美優と缶を合わせた。

「なんでおまえはそんなに元気なんだ。夜勤明けで寝ていないんだろ?」
「慣れていますし、楽しかったですし。たとえ疲れていたとしても、ダラダラしているより元気に動いていたほうがお得じゃないですか。ああ、これって節子さんの考えと一緒ですね。だから気が合うのかな」

 美優はゴクゴクと小気味のいい音を立ててビールを飲み、「ぷはあ、しみるぅ」と言ってくしゃっと笑った。

 なんて能天気な笑顔なんだ。
 こいつは悩みがなさそうでいいな。こっちはどうしようもない過去を抱えてるっていうのに。

 貴之はビールを片手に、未成年がビールを飲んでいるようにしか見えない美優を眺めながらぼんやりと思う。

「渋谷の事務所で会った時、氷藤さんは冷たい人なのかなって、少しがっかりしたんです」

 あいかわらず薄桃のコートを着たままの美優が、正面を見たまま静かに言った。インナーの白いハイネックがチラリと見えている。

「でも、優しい人で良かったです」

 美優は頬を染めながら、貴之を見上げて微笑んだ。黒目がちの大きな瞳が、照明の光を受けて輝いている。

 落として上げるタイプか。

「そうかよ」

 貴之はそっぽを向いた。外は日が落ちており、窓に照れくさそうな自分の顔が映って、咳払いをしながらブラインドを閉めた。

「相手の話を丁寧に聞いて、思いを汲み取って、手紙に綴る。代筆のお仕事って素晴らしいですね」
「……まあな」

 それ自体は立派だ。貴之がどこまでできているかは別として。
「わたしの仕事と氷藤さんの仕事は、本質的には一緒だと思うんです」

 ビール缶をテーブルに置き、美優は改めて貴之を見上げた。
「看護師は命を救う仕事で、代筆屋は心を救う仕事です。心と身体はどちらも健康でないと、人は前向きに生きていけないと思います。お互い、いい仕事を選びましたね」

 ――心を救う仕事。

 そう考えたことはなかった。しばし心の中で噛みしめた。
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