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二章 大切なものほど秘められる

二章 2

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 約束どおり、編集者は貴之を美味いイタリアンに連れて行った。
 編集者は聞き上手だった。
 気づけば貴之は積年の思いを全て打ち明けていた。誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

 中学二年から交友関係をリセットしたため、貴之に両親がいないことを知る友人はいなかったし、貴之を引き取った叔父夫婦も、気を使ってか両親のことを口にすることがあまりなかった。

「ところで氷藤くんは、形見の万年筆を持ち歩いているそうだね。写させてもらってもいいかな」

 食事が終わったころに言われて、貴之は万年筆を取り出した。
 それを見ると切ない気持ちもこみ上げるが、それ以上に愛しく、両親の一部が詰まっているような気さえする。

「これは深みのあるいい色だね」

 そう言った編集者は、テーブルの空きスペースに白いコピー紙を敷き、そこに万年筆を置いて、コンパクトカメラで撮影した。

「そうだ、その万年筆で書いているところも撮影していい? 撮るのは手元だけで、顔は写さないから」

 なんでもいいから書いてほしいと言われて困ったが、貴之は好きな詩を思い浮かべた。谷川俊太郎の『手紙』だ。

 手紙でしか言えないことがある
 そして口をつぐむしかない問いかけも
 もし生きつづけようと思ったら
 星々と靴づれのまじりあうこの世で
 
 高校生の時に初めて目にして、暗記するほど読み返した好きな詩だった。
 痛みに堪えながらも、気持ちを取り繕ってでも、現実の世界を生きねばならない。
 しかし、手紙になら本音を出せる。
 むしろ、本音が引き出される。

 貴之も、気持ちを言葉にするよりも、文字で綴る方が得意だった。
「氷藤くん、すごく字が上手いね」
 写真を撮り終わった編集者は、貴之からコピー紙を受け取って感嘆した。

「そうだ、ご両親に宛てた自筆の手紙を書いてもらえないか」
「両親への手紙、ですか……」

 会って話すだけでいい、というところから、次々に要求が増えていく。

「短くても、長くなっても構わない。どうかな」
「考えてみます」

 そして貴之は何日か考えて、次のような手紙を編集者に渡した。
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