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二章 大切なものほど秘められる
二章 4
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「あいつに連絡してやるか……」
あいつとは、新田美優のことだ。
二人で名古屋に行ってから一か月、貴之は一度も美優に連絡をしていなかった。
そして美優からも、一度も連絡がなかった。
あの日は図々しいほど強引で、怖くなるほど距離を詰めてきたというのに。
しかし、こんなことはよくあることだ。「今度」「いつか」会おうと約束しても、具体的な日程を決めていなければ会うことはない。
つまりは、その場しのぎ、社交辞令なのだ。
……あの厚かましさで、社交辞令なんてあるのか?
貴之は眉をよせる。
品川駅での別れ際の会話を思い出した。
貴之は「力を借りたくなったら連絡をする」と言い、美優は「待ってます」と答えた。
もしや律儀に、俺の連絡を待っているとか?
「いや、それはないだろう」
あの性格なら貴之の迷惑を顧みず、会いたくなったら突然押しかけてきそうなものだ。
――このところ、貴之は悶々としていた。
一緒にいたときはあんなに迷惑だったのに、あまりに衝撃的すぎたせいか、あの日のことを忘れられなかった。
それに、美優の態度が引っかかる。
貴之を観察しているようでもあったし、なにか言いたげでもあった。
それでいて、その後一切、連絡がないとはどういうことなのだ。
「気になる」
一度だけだ。一度だけかけてやろう。
貴之は少々乱暴にソファに座り、スマートフォンを手に取った。登録は「新田美優(ミュウ)」になっている。半ば強引に美優に登録させられた。
ミュウってペットみたいな名前だな、と思いながらスマートフォンに耳を当てた。呼び出し音が聞こえる。なぜか少々鼓動が早くなっていた。
「……出ねえ」
留守番電話に切り替わったため、通話を切った。肩の力が抜ける。
考えてみれば、電話に出ないのは当然だった。平日の昼間なのだから、仕事をしているのだろう。夜勤明けだとしたら寝ているかもしれない。
そう考えると、看護師にはどの時間に連絡をすればいいのか、よくわからない。
「まあ、いっか。着信履歴には残っただろうから、そのうち折り返してくるだろう」
そう思いながら取材に行く準備をした。
今日はインタビューだけでなく、撮影も貴之が兼ねるために荷物が多い。普段は電車で移動しているが、こういう日は車を使う。
愛用の黒いセダンに乗り込んで走らせると、貴之は総合病院の駐車場に車を停めた。いくつも梅干を頬張っているような表情で車をおりる。
「取材まで時間があるし、通り道だったし……」
貴之はぶつぶつと呟いた。
せっかくあの高い声を聞く覚悟をしたというのに、電話に出ないとは何事か。折り返しで不意打ちを食らうくらいなら、心の準備ができている今のうちがいい。
それに向こうだって事務所に突然乗り込んできたのだ。同じことをしたって罰は当たらない。
誰に責められているわけでもないのに、貴之は頭の中で次々と言い訳を繰り出した。
病人でもないのに病院に来るなんて、不審者以外の何者でもない。最近はセキュリティも厳しそうだ。一階を一周して美優が見つからなければ帰ろう。
そう思いながら貴之は病院のエントランスに踏み込んだ。
さすがに総合病院だけあって、広い待合室には人があふれていた。高齢者ばかりだと思ったら、そうでもなかった。小児科も婦人科もあるのだから当然か。
人に当たらないようゆっくり歩いていた貴之は、足をとめる。
「……、いた」
こんなに広い病院ではそうそう会えないだろうと思ったら、会計の待合室あたりに美優がいた。
あいつとは、新田美優のことだ。
二人で名古屋に行ってから一か月、貴之は一度も美優に連絡をしていなかった。
そして美優からも、一度も連絡がなかった。
あの日は図々しいほど強引で、怖くなるほど距離を詰めてきたというのに。
しかし、こんなことはよくあることだ。「今度」「いつか」会おうと約束しても、具体的な日程を決めていなければ会うことはない。
つまりは、その場しのぎ、社交辞令なのだ。
……あの厚かましさで、社交辞令なんてあるのか?
貴之は眉をよせる。
品川駅での別れ際の会話を思い出した。
貴之は「力を借りたくなったら連絡をする」と言い、美優は「待ってます」と答えた。
もしや律儀に、俺の連絡を待っているとか?
「いや、それはないだろう」
あの性格なら貴之の迷惑を顧みず、会いたくなったら突然押しかけてきそうなものだ。
――このところ、貴之は悶々としていた。
一緒にいたときはあんなに迷惑だったのに、あまりに衝撃的すぎたせいか、あの日のことを忘れられなかった。
それに、美優の態度が引っかかる。
貴之を観察しているようでもあったし、なにか言いたげでもあった。
それでいて、その後一切、連絡がないとはどういうことなのだ。
「気になる」
一度だけだ。一度だけかけてやろう。
貴之は少々乱暴にソファに座り、スマートフォンを手に取った。登録は「新田美優(ミュウ)」になっている。半ば強引に美優に登録させられた。
ミュウってペットみたいな名前だな、と思いながらスマートフォンに耳を当てた。呼び出し音が聞こえる。なぜか少々鼓動が早くなっていた。
「……出ねえ」
留守番電話に切り替わったため、通話を切った。肩の力が抜ける。
考えてみれば、電話に出ないのは当然だった。平日の昼間なのだから、仕事をしているのだろう。夜勤明けだとしたら寝ているかもしれない。
そう考えると、看護師にはどの時間に連絡をすればいいのか、よくわからない。
「まあ、いっか。着信履歴には残っただろうから、そのうち折り返してくるだろう」
そう思いながら取材に行く準備をした。
今日はインタビューだけでなく、撮影も貴之が兼ねるために荷物が多い。普段は電車で移動しているが、こういう日は車を使う。
愛用の黒いセダンに乗り込んで走らせると、貴之は総合病院の駐車場に車を停めた。いくつも梅干を頬張っているような表情で車をおりる。
「取材まで時間があるし、通り道だったし……」
貴之はぶつぶつと呟いた。
せっかくあの高い声を聞く覚悟をしたというのに、電話に出ないとは何事か。折り返しで不意打ちを食らうくらいなら、心の準備ができている今のうちがいい。
それに向こうだって事務所に突然乗り込んできたのだ。同じことをしたって罰は当たらない。
誰に責められているわけでもないのに、貴之は頭の中で次々と言い訳を繰り出した。
病人でもないのに病院に来るなんて、不審者以外の何者でもない。最近はセキュリティも厳しそうだ。一階を一周して美優が見つからなければ帰ろう。
そう思いながら貴之は病院のエントランスに踏み込んだ。
さすがに総合病院だけあって、広い待合室には人があふれていた。高齢者ばかりだと思ったら、そうでもなかった。小児科も婦人科もあるのだから当然か。
人に当たらないようゆっくり歩いていた貴之は、足をとめる。
「……、いた」
こんなに広い病院ではそうそう会えないだろうと思ったら、会計の待合室あたりに美優がいた。
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