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二章 大切なものほど秘められる

二章 8

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 会話の区切りがついた時、美優がテーブルに手を伸ばして、皿を徹也に近づけた。

「上杉さん、フィナンシェも食べてください。甘さ控えめですよ」
「ありがとうございます」

 徹也は右手でフィナンシェを一つ持ち上げた。一つずつ袋詰めされているタイプだ。袋が硬いのか、開けるのに少々てこずっている。

「これは美味しいですね」
「ですよね! 上杉さん、奥様にどんな指輪をプレゼントされるんですか?」
「プラチナのリングです」
「素敵ですね! おいくらの指輪なのか、お聞きしても大丈夫ですか?」
「おい、失礼だろ」
「いえいえ、大丈夫ですよ」

 貴之は美優をとめたが、気にするなと言うように徹也は笑って右手をひらひらと振った。

「銀婚にちなんで、二十五万円ほどのリングにしました。いままで記念日に特別なことをしてこなかったので、改めてよろしくという意味も込めたいと思いまして」

 それは奮発したな、と貴之は思った。徹也のネイビーのテーラードジャケットも質が良さそうなので、単に裕福なだけかもしれないが。

「こんなに愛されて、奥様は幸せ者ですね」
「幸せ者は私ですよ。年を取ってましにはなりましたが、よくもこんな家庭に向かない男と結婚しようと思ったものです」

 徹也は苦笑して、馴れ初めを語る。
 写真家の徹也とスタイリストの冴子は、仕事で何度か会ううちに付き合うようになった。

 お互い職人肌で仕事も上がり調子だったので、結婚はしたもののパートナーの意味合いが強く、あえて二人の時間を確保する努力はしていなかった。それくらい、結婚してからも自由に生きていた。だから子供が早くにできたのは、お互いに予想外だった。

「ぼくがお伺いしたかったことは全てお聞きしました。上杉さんから話していただけることは、ほかにありますか?」

 雑談のようになってきたので、貴之は話をまとめることにした。時間も一時間三十分ほど経っている。取れ高は充分だろう。

「私も話し尽くしました。こんな話にお付き合いいただいて、ありがとうございました」

 やれやれ本当だぜ、と喉まで出かかった。ほとんどのろけ話だった。

「上杉さん、お願いしたいことがあります」

 美優が身を乗り出した。前に出すぎて、もうソファにほとんど尻がのっていないほどだ。

「奥様にも、お話を伺いに行っていいですか?」
「えっ……」

 寛容な態度だった徹也も、さすがに瞠目して固まっている。

「バカ、奥さんに会いに行ったら、サプライズにならないだろ」
 貴之は小声で美優をたしなめる。

「この件とは気づかれないように、別件として話を聞けばいいじゃないですか」
 美優は貴之に屈するつもりはないようだ。

「上杉さんもこの際、奥様の本音を確認したくはないですか? 上杉さんのことをどう思っているのか、知りたくはないですか?」
「妻の、本音ですか……」

 徹也は息をのんだ。テーブルに置いている右手を強く握る。

「いい加減にしろよミュウ」
 貴之は美優の耳元で素早く叱った。

 これは徹也から妻への手紙だ。なぜ妻の本心を探る必要があるのか。
 しかも、そこで万が一、夫を愛していないなんて聞いてしまったらどうするのだ。銀婚式が、ドロドロの離婚式になってしまうかもしれない。そんな責任はとれない。

「気にしないでください、上杉さん。助手は余計なことまでしたがるので、困っているんです」
「……いえ、お願いします」

 徹也が意を決したように言った。今度は貴之が「えっ?」と聞き返す番だった。

「それが私から贈る手紙にどのような影響があるのか知りませんが、必要でしたら妻に話を聞いてください。妻は明日、オフで家にいるはずです」

 嘘だろ。
 徹也から許可がおりてしまった。

「ありがとうございます。わたしたちが代筆屋だとわからないよう、上手くやりますから」

 美優はガッツポーズを見せた。
 こうして話が終わると、徹也は肩を揺らすようにして帰っていった。

 徹也を見送った後、貴之は隣りにいる美優の後ろの壁に勢いよく片手をついた。壁が鈍い音を立てる。

「どういうつもりなんだよ」
「貴之さんは気にならなかったんですか?」

 貴之の剣幕をものともせず、美優は二重の大きな瞳でまっすぐに貴之を見つめた。

「奥さんの気持ちなんて気にならねえよ」
「違います。上杉さんの左手です」
「左手……?」

 まったく予想していなかった単語に、怒気が霧散していく。
 左手がどうかしたのか。 
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