36 / 55
陽菜乃 合宿二日目 昼
陽菜乃 合宿二日目 昼 その12
しおりを挟む
A4サイズのコピー用紙が置かれていた。
今夜は おまえの番だ
「もうやだ、おまえって誰のことよ! 昨日荷物チェックをしたとき、こんなの持ってる人いなかったじゃない!」
奈月がヒステリックに叫ぶ。
「あたし、みんなを呼んでくる!」
奈月は部屋を飛び出した。
昨日の紙と見比べないとわからないが、フォントもサイズも、まったく同じだと思われる。
奈月に言うとおりだ。この紙はどこから沸いたのだろう。
コピー用紙は折れたりはしていない。いくら薄いといっても、メンバー総動員した家探しで見つからないなんてことがあるのだろうか。
陽菜乃は厚手のカーテンを開けた。窓は網戸になっていて、ここは昨夜龍之介が窓を開けたままになっている。
ベッドの下やクローゼットなど、人が入れそうな数少ない隙間を覗いてみたが、クリスはいなかった。
「そうだ、荷物がない」
クリスも大きなキャリーバッグを部屋に置いていたはずだ。それがなくなっていた。
「陽菜乃、食堂に行こう」
奈月が戻ってきた。
「蒼一が、この部屋は臭うから嫌だ、って言うから食堂集合になった」
奈月は憤っている。昨夜もかたくなにこの部屋に入らなかった蒼一なら言いそうなことだ。
陽菜乃と奈月が食堂に入ると、いたのは龍之介と蒼一だけだった。
「一応、全員に声をかけたんだけどね」
奈月が言った。
「無理強いをする必要はない。集まった人だけで話そう」
龍之介はソファに座ったまま言った。その正面に蒼一が座っている。奈月には悪いが、陽菜乃は蒼一に気を使って龍之介の隣りに座った。奈月は少々眉を寄せたものの、黙って蒼一の隣りに腰を下ろした。テーブルの中央には未開封の二リットルのペットボトルと紙コップが置かれていた。
龍之介の前には、昨日見つけた「おまえのせいで 今夜も一人 犠牲になる」と書かれた紙があった。陽菜乃もクリスの部屋から持ってきた紙をテーブルに乗せた。
「ねえ、クリスを探さないの?」
「昨日あれだけキャロルを探しても見つからなかったんだ。同じ手口を使われているだろうから、時間の無駄だろう」
龍之介は捜索を諦めていた。
「集まったはいいが、なにを話そうか」
龍之介は背中を丸め、組んだ指に顎を乗せたまま蒼一に視線を向けた。
おそらく、龍之介は食事も睡眠もまともに取っていないのだろう。頬がこけて精悍さを増し、目の下のくまが濃くなっていた。
一方蒼一は、初日からまったく変化がない。
「そうだな、テーマは三つか。一つ、キャロルとクリスを殺して遺体を消した犯人は誰か。二つ、この紙に書かれた“おまえ”とは誰か。三つ、ここからの脱出方法」
蒼一は長い指を順番に立てた。
「じゃあ、犯人から行くか。一応、アリバイ的なものから聞いておくか」
「昨日クリスと最後まで一緒にいたのは、陽菜乃だろう」
龍之介の発言を受けて、蒼一が陽菜乃に尋ねた。
「そうだけど、どうして知ってるの?」
「ベランダから見えたからだ」
首吊りの時にも蒼一はいつの間にかクリスの部屋に来ていたし、蒼一はなにかあると駆けつけるのが早い。そうやってメンバーの行動を監視しているのだろうか。
「私がクリスと別れて部屋に戻ったのは六時過ぎだったはず」
夏の日の入りは遅い。また通常、山の上は地平線が下がって見えるので更に日の入りが遅くなるはずなのだが、天候があまりよくなかったことと高い木が生い茂っているせいで、昨日は周囲が暗くなるのが早かった。
「俺が陽菜乃と合流してクリスの部屋に行ったのは、だいたい夜の九時ころだ」
龍之介が補足した。
「その三時間なにをしていたのか」
蒼一が尋ねる。みんなそれぞれ、一人で部屋にいたと答える。予想通りの答えだった。
「このメッセージどおりに死んでいたこともあって、クリスが他殺だということで話を進めているが、まだ自殺の可能性がある」
龍之介が指摘する。先ほど奈月と会話したばかりのことだ。
「クリスが吊られていたロープは、手品用のかな?」
「おそらく。クリスの荷物チェックの時に見たロープと、同じもののような気がする」
陽菜乃の問いに、龍之介が答えた。
「どうして燕尾服だったんだろう」
奈月の疑問には、誰も答えられなかった。
「あの状況で、本番さながらの練習なんてしそうもないからな」
蒼一はそう言いながら、ペットボトルのふたを開けて紙コップにお茶をそそぎ、一口飲む。陽菜乃も喉が渇いていたので、自分のものを含めて三つのコップにお茶を入れて、ついでに配った。
「この紙がどこから出現したのかも含めて、犯人を絞るのは難しい」
蒼一がそう言うと、「待って」と奈月がとめた。
今夜は おまえの番だ
「もうやだ、おまえって誰のことよ! 昨日荷物チェックをしたとき、こんなの持ってる人いなかったじゃない!」
奈月がヒステリックに叫ぶ。
「あたし、みんなを呼んでくる!」
奈月は部屋を飛び出した。
昨日の紙と見比べないとわからないが、フォントもサイズも、まったく同じだと思われる。
奈月に言うとおりだ。この紙はどこから沸いたのだろう。
コピー用紙は折れたりはしていない。いくら薄いといっても、メンバー総動員した家探しで見つからないなんてことがあるのだろうか。
陽菜乃は厚手のカーテンを開けた。窓は網戸になっていて、ここは昨夜龍之介が窓を開けたままになっている。
ベッドの下やクローゼットなど、人が入れそうな数少ない隙間を覗いてみたが、クリスはいなかった。
「そうだ、荷物がない」
クリスも大きなキャリーバッグを部屋に置いていたはずだ。それがなくなっていた。
「陽菜乃、食堂に行こう」
奈月が戻ってきた。
「蒼一が、この部屋は臭うから嫌だ、って言うから食堂集合になった」
奈月は憤っている。昨夜もかたくなにこの部屋に入らなかった蒼一なら言いそうなことだ。
陽菜乃と奈月が食堂に入ると、いたのは龍之介と蒼一だけだった。
「一応、全員に声をかけたんだけどね」
奈月が言った。
「無理強いをする必要はない。集まった人だけで話そう」
龍之介はソファに座ったまま言った。その正面に蒼一が座っている。奈月には悪いが、陽菜乃は蒼一に気を使って龍之介の隣りに座った。奈月は少々眉を寄せたものの、黙って蒼一の隣りに腰を下ろした。テーブルの中央には未開封の二リットルのペットボトルと紙コップが置かれていた。
龍之介の前には、昨日見つけた「おまえのせいで 今夜も一人 犠牲になる」と書かれた紙があった。陽菜乃もクリスの部屋から持ってきた紙をテーブルに乗せた。
「ねえ、クリスを探さないの?」
「昨日あれだけキャロルを探しても見つからなかったんだ。同じ手口を使われているだろうから、時間の無駄だろう」
龍之介は捜索を諦めていた。
「集まったはいいが、なにを話そうか」
龍之介は背中を丸め、組んだ指に顎を乗せたまま蒼一に視線を向けた。
おそらく、龍之介は食事も睡眠もまともに取っていないのだろう。頬がこけて精悍さを増し、目の下のくまが濃くなっていた。
一方蒼一は、初日からまったく変化がない。
「そうだな、テーマは三つか。一つ、キャロルとクリスを殺して遺体を消した犯人は誰か。二つ、この紙に書かれた“おまえ”とは誰か。三つ、ここからの脱出方法」
蒼一は長い指を順番に立てた。
「じゃあ、犯人から行くか。一応、アリバイ的なものから聞いておくか」
「昨日クリスと最後まで一緒にいたのは、陽菜乃だろう」
龍之介の発言を受けて、蒼一が陽菜乃に尋ねた。
「そうだけど、どうして知ってるの?」
「ベランダから見えたからだ」
首吊りの時にも蒼一はいつの間にかクリスの部屋に来ていたし、蒼一はなにかあると駆けつけるのが早い。そうやってメンバーの行動を監視しているのだろうか。
「私がクリスと別れて部屋に戻ったのは六時過ぎだったはず」
夏の日の入りは遅い。また通常、山の上は地平線が下がって見えるので更に日の入りが遅くなるはずなのだが、天候があまりよくなかったことと高い木が生い茂っているせいで、昨日は周囲が暗くなるのが早かった。
「俺が陽菜乃と合流してクリスの部屋に行ったのは、だいたい夜の九時ころだ」
龍之介が補足した。
「その三時間なにをしていたのか」
蒼一が尋ねる。みんなそれぞれ、一人で部屋にいたと答える。予想通りの答えだった。
「このメッセージどおりに死んでいたこともあって、クリスが他殺だということで話を進めているが、まだ自殺の可能性がある」
龍之介が指摘する。先ほど奈月と会話したばかりのことだ。
「クリスが吊られていたロープは、手品用のかな?」
「おそらく。クリスの荷物チェックの時に見たロープと、同じもののような気がする」
陽菜乃の問いに、龍之介が答えた。
「どうして燕尾服だったんだろう」
奈月の疑問には、誰も答えられなかった。
「あの状況で、本番さながらの練習なんてしそうもないからな」
蒼一はそう言いながら、ペットボトルのふたを開けて紙コップにお茶をそそぎ、一口飲む。陽菜乃も喉が渇いていたので、自分のものを含めて三つのコップにお茶を入れて、ついでに配った。
「この紙がどこから出現したのかも含めて、犯人を絞るのは難しい」
蒼一がそう言うと、「待って」と奈月がとめた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる