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文久3年
大坂の診療所(壱)
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大坂の街は夜を迎えようとしていた。
目の不自由な少女を連れていたから少し時間がかかったが、なんとか日の入り前に大坂の関所を通ることができた。
提灯や明かりで明るくなりつつある大坂の街の通りを、康順は少女の手を引いて歩いていく。
道行く人が、みんな少女に目を向けているのが嫌でも良くわかる。
無理もない。この少女は、最高級の錦絵から抜け出してきたと言われても信じられないほど美しいのだから。
むしろ伝説級の錦絵の間違えだろ?と言われても自分は驚かない自信がある。
少女は目が見えていないから自分に向けられている視線の数々に気づいていないだろう。さっきからなぜか当たりをキョロキョロと見渡している。
しかし一緒にいる康順はなんだかものすごく気恥ずかしく、少し早足で自分の家である診療所に向かう。
康順の診療所は大坂の中心街より少し外れた静かなところにある。
見慣れた道を歩いて、一月ぶりに我が家へ帰り着き、康順は大きく息を吐く。思えばいろいろあった一ヶ月だった。
いや、主に帰り道でいろいろあったんだが。
「着いたよ」
手を引いている少女に声をかける。やはり半拍の沈黙をおいて少女はにっこりと微笑む。
この花のような笑みにはいつも見惚れてしまう。
「と、とりあえず上がってよ。大したものもないけど」
少女の手を引いて、康順は少女を家の中に導く。
両親の遺産である康順の診療所は二階建てである。
一階には勝手場と食堂、風呂場、診察室があり、手術をするための手術室もある。裏口と中庭ともつながっている。
二階は日常生活の場で、康順の部屋や書斎、調合室、それから予備の部屋がある。少女を保護するなら、二階の空き部屋をあげることになるだろう。
それから地下にも部屋があり、そこは薬草や薬品の倉庫として使っている。
康順は少女の手を引いて食堂に連れて行った。食堂と言っても、勝手場の隣にある四畳ほどの小さい部屋だが。
「少し、待っていてくれ。何か適当なものを作ってくるよ」
少女が頷くのを待ち、康順は勝手場に降りる。一人暮らしが長いせいか、家事は一通り人並みにはできる。
何を作ろうかうんうんと悩み、結局食べやすい雑炊を作ることにした。
早速材料を準備して作り始める。
4年ほどこの家で一人暮らしをしているから、康順はこの時代の男性より格段に料理が上手だ。
むしろ作れなきゃ大変なので、最初の方は必死だった。
刻んだ材料や米を鍋に入れ、煮込む。特に手間取ることもなく、雑炊が徐々に出来上がっていく。
あの少女に好き嫌いはあるのだろうか?雑炊が7割完成した頃になってそう思ったが、今から聞いても間に合わないから諦めた。
そういえば、まだあの少女の名前を聞いていない。
目の不自由な少女を連れていたから少し時間がかかったが、なんとか日の入り前に大坂の関所を通ることができた。
提灯や明かりで明るくなりつつある大坂の街の通りを、康順は少女の手を引いて歩いていく。
道行く人が、みんな少女に目を向けているのが嫌でも良くわかる。
無理もない。この少女は、最高級の錦絵から抜け出してきたと言われても信じられないほど美しいのだから。
むしろ伝説級の錦絵の間違えだろ?と言われても自分は驚かない自信がある。
少女は目が見えていないから自分に向けられている視線の数々に気づいていないだろう。さっきからなぜか当たりをキョロキョロと見渡している。
しかし一緒にいる康順はなんだかものすごく気恥ずかしく、少し早足で自分の家である診療所に向かう。
康順の診療所は大坂の中心街より少し外れた静かなところにある。
見慣れた道を歩いて、一月ぶりに我が家へ帰り着き、康順は大きく息を吐く。思えばいろいろあった一ヶ月だった。
いや、主に帰り道でいろいろあったんだが。
「着いたよ」
手を引いている少女に声をかける。やはり半拍の沈黙をおいて少女はにっこりと微笑む。
この花のような笑みにはいつも見惚れてしまう。
「と、とりあえず上がってよ。大したものもないけど」
少女の手を引いて、康順は少女を家の中に導く。
両親の遺産である康順の診療所は二階建てである。
一階には勝手場と食堂、風呂場、診察室があり、手術をするための手術室もある。裏口と中庭ともつながっている。
二階は日常生活の場で、康順の部屋や書斎、調合室、それから予備の部屋がある。少女を保護するなら、二階の空き部屋をあげることになるだろう。
それから地下にも部屋があり、そこは薬草や薬品の倉庫として使っている。
康順は少女の手を引いて食堂に連れて行った。食堂と言っても、勝手場の隣にある四畳ほどの小さい部屋だが。
「少し、待っていてくれ。何か適当なものを作ってくるよ」
少女が頷くのを待ち、康順は勝手場に降りる。一人暮らしが長いせいか、家事は一通り人並みにはできる。
何を作ろうかうんうんと悩み、結局食べやすい雑炊を作ることにした。
早速材料を準備して作り始める。
4年ほどこの家で一人暮らしをしているから、康順はこの時代の男性より格段に料理が上手だ。
むしろ作れなきゃ大変なので、最初の方は必死だった。
刻んだ材料や米を鍋に入れ、煮込む。特に手間取ることもなく、雑炊が徐々に出来上がっていく。
あの少女に好き嫌いはあるのだろうか?雑炊が7割完成した頃になってそう思ったが、今から聞いても間に合わないから諦めた。
そういえば、まだあの少女の名前を聞いていない。
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