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元治元年

壬生狼が見たいのに見れない(弐)

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(疲れた。倒れてしまいたい)
『嘘をつけい。お主、ピンピンしておるじゃないか』
(いや、違うよほむろ。身体的疲労じゃなくて精神的疲労なの)

 後続の誰にも迷惑をかけず、無事に関所を通過した私は、現在ほむろと一緒に京の都の通りを歩いている。

 関所の役人に迷惑をかけたことに関しては本当にどうしようもないので、心の中で合掌しておいた。

(はぁ………)
『情けないのう。シャキッとせんか』
(うるへえ。疲れるものは疲れるのよ)

 なぜ身体的には絶対に疲れないはずの私がこんなげっそりしているのかというと、風読みの術の発動に伴って、さっきから集中力をフル活動しているせいで精神的に疲れているからだ。

 この幕末の世、京の都は政治の中心地だ。当然人が山ほどいる。そんなところを、盲目の人が歩くとどうなるか、想像できるでしょうか。

 ええ、とにかく大変です。

 私の場合、風読みの術で人がいる場所などはなんとなくわかるが、それでも目で見て避けるのとはわけが違う。

 迂闊に警戒体制を解除すると、すぐにすれ違う人とぶつかったり、他人の足を踏んだり、屋台につまづいたりする。

 ついでに、私は普段は黒い瞳だけど、誤魔化しの術以外の妖術を発動している時は、瞳の色が蛍光色の金色に変わるんだ。

 そんなもの京で見つかろうもんなら、化け物として通報されちゃいそう。だからそれがバレないように、常に編笠を深くかぶっていないといけない。

 そしてそんな怪しい格好をしているから、役人に不審人物として目を付けられないように道の端を歩く必要もある。

 京の都にいるのに、まるで戦場にでもいるような感覚だよ。

(もうやだ。早く松本先生の家に行きたい。ほむろ、地図は覚えてるんだっけ?)
『案ずるな。松本の家への道筋は、妾はきっちり覚えておる』
(さっすがー!)

 こんな風に会話する時は、必ず立ち止まるというルールも作りましたよ。会話する時は集中力が一旦切れるからね。

 脳内で警戒体制を敷いたまま、私は集中力と精神力を研ぎ澄ませて京の都を歩く。歩きながら自分で突っ込む。

(市中見廻をしている新選組だってこんな神経質にはならないわい!)

 本当それね。

 頭の中が冷戦(相手は京の住人たち。ただし一方的)状態のままだけど、そうでもしないと街を歩くだけで住人方が多大な迷惑を被るので解除することはできない。マルタ会談は開きませんよ!

『ここから左に曲がるのじゃ』
(オッケー)

 一回立ち止まって、そこから左を向いてもう一度歩き出す。

 多分周りの人から見たらだいぶ変な動きをしてる人に見えるだろうけど、人にぶつからないため念には念を入れた方がいい。

『止まるのじゃ。今から3歩、歩いたところに路地がある。3歩進んだら右に曲がるのじゃ』
(わかったー。でもなんだってそんな細い路地に行くのよ?)
『ここを通った方が近いからじゃ』

 言われた通りに3歩進んで立ち止まり、右を向いてまた歩く。

 なんだったかな………あ、そうそう。2017年でいうロボットみたいな動きだ、今の私の動きは。

(直進していいのかな?)
『籠屋もおらぬし、いいんじゃない?すぐ横には交差点があるから気をつけい』
(はいはーい)

 風読みの術で付近に人がいないことは確かめたし、ほむろも大丈夫と言ってるので、私はそのまま向きを変えずに直進した。
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