110 / 119
元治2年/慶応元年
瓦解の始まり、かな?(肆)
しおりを挟む
翌日。
私は山南さんを連れて京の街に出ていた。目的地は、屯所からすぐのところにある茶屋だ。
午前の早い時間に約束したから、茶屋の中にはそこまで客がいない。
茶屋に入ると、私は待ち人の姿を茶屋の一番奥に見つけた。
(おはようございます、白川さん)
私が心の中で声をかけると、黙々と茶を飲んでいた白川さんが顔をあげ、こっちに手を振った。
(いきなりお呼びしてすみません)
「いいえ、お気になさらず。九尾様は、今日は一緒ではないのですか?」
(ほむろなら屋根の上で七尾の話し相手をしています)
「なるほど」
前置きはさておき本題に入ろうとして山南さんを振り返ると、ポカーンとなっていた。
「九尾………?」
ああ………そうだった。山南さんには私の心の声は聞こえないんだった。
私は山南さんの袖を引っ張って席につき、まずは白川さんに事情を説明するところから始めることにした。
(その前に白川さん、山南さんにしばらく待って欲しいと伝えてもらえます?私じゃあ伝えられないので)
「ええ、いいですよ」
このままなんの説明もなしに話が始まってたら、山南さんはびっくり仰天だと思うからね。
(というわけなんです)
「なるほど。事情はよくわかりました」
細かいことは言及しないことを条件に、私は山南さんのことを要点だけつまんで話した。
「つまり、新選組に捕まらないようにするために我が里に亡命したいということですね」
(亡命っていうとなんか壮大だけど………まあ、そんなもんだと思います)
「可能ですよ。その代わり里に踏み入ったら、もう人の世の歴史には関わることはできませんよ?」
(その辺は山南さん本人に聞いてください。私が一概にどうこう言えることではありませんので)
私がそう言うと、白川さんは真剣な眼差しを山南さんに向けた。山南さんも、その視線を真っ向から受け止める。
「少し、彼と話をしてみます。時間をくれますか?」
(わかりました。では私は茶屋の外にいますので、話が終わったら呼んでください)
「ええ、わかりました」
山南さんたちに会釈し、私は茶屋の外に出る。出されたお茶やお菓子も一緒に持って行った。
外の席に座ってお茶をすすりながら、私はまだ静かな京の街を見渡す。
『なんだ?もう光夜との話し合いが終わったのか?』
そこへ天井から七尾の顔が生えてきた。
(こんな早くに終わるわけないじゃない。しばらくあの二人で話すんですって)
『なるほどな。確かに本人の意思を確かめないことにははじまらないもんな』
屋根の上から器用に飛び降り、七尾は私の前に着地する。
その背中には、なぜかほむろの姿が。
(…………………ほむろ、なにやってるの?)
『見ての通りじゃ。背中で惰眠を貪っておる』
(自分で言っちゃてるし………)
『なかなかに乗り心地が良いのでのう』
『今の九尾様は大きさ的にもちょうどいいんでね。全然苦じゃないぜ。にゃはは!』
………これは突っ込むべきなのかな?
外でお茶を飲んだり、お菓子を食べたりしながらどれほどの時間を過ごしただろう。茶屋の入り口から白川さんが顔をのぞかせ、笑顔で私を手招きした。
食器などを店主さんにお返しして、私は茶屋の中に戻る。
そこでは夕べよりさらにすっきりした顔をした山南さんがいた。昨日の夜のような、どこか諦めに似た雰囲気はなくなっていた。
(話し合いは、どうでした?)
「無事終わりましたよ。山南さんは、僕たちの里にくることを選びました」
この返答に、心の何処かで安堵した。これで山南さんは死なずにすんだはず。
(よかった………)
「彼、あなたに感謝していましたよ。私はまだ、生きていけると」
(私は、何も……。ただ可能性を示しただけです)
「その可能性に、彼は救われたのですよ」
白川さんはクツクツと笑い、山南さんを振り返った。
「では、今日の夕暮れに迎えに行きますね」
「ええ。それまでに準備を済ませておきます」
この日の夕暮れ、山南さんはわずかな手荷物を持って、迎えに来た白川さんと一緒に新選組屯所をあとにした。
彼が自室に残して行った書置きを、土方さんたちが発見したのは、夜になってからだった。
書置きには、自分がここを出ること、自分は死んだことにしてほしいこと、ともにあれてよかったということだけが書いてあったらしい。
山南さんの離隊は、幹部たちに大きな衝撃を与えた。それでも土方さんは山南さんの心を汲み、彼の死亡を隊に公表することを決めた。
こうして元治2年2月23日、新選組総長、山南 敬助は、公式に死亡したと伝えられた。
私は山南さんを連れて京の街に出ていた。目的地は、屯所からすぐのところにある茶屋だ。
午前の早い時間に約束したから、茶屋の中にはそこまで客がいない。
茶屋に入ると、私は待ち人の姿を茶屋の一番奥に見つけた。
(おはようございます、白川さん)
私が心の中で声をかけると、黙々と茶を飲んでいた白川さんが顔をあげ、こっちに手を振った。
(いきなりお呼びしてすみません)
「いいえ、お気になさらず。九尾様は、今日は一緒ではないのですか?」
(ほむろなら屋根の上で七尾の話し相手をしています)
「なるほど」
前置きはさておき本題に入ろうとして山南さんを振り返ると、ポカーンとなっていた。
「九尾………?」
ああ………そうだった。山南さんには私の心の声は聞こえないんだった。
私は山南さんの袖を引っ張って席につき、まずは白川さんに事情を説明するところから始めることにした。
(その前に白川さん、山南さんにしばらく待って欲しいと伝えてもらえます?私じゃあ伝えられないので)
「ええ、いいですよ」
このままなんの説明もなしに話が始まってたら、山南さんはびっくり仰天だと思うからね。
(というわけなんです)
「なるほど。事情はよくわかりました」
細かいことは言及しないことを条件に、私は山南さんのことを要点だけつまんで話した。
「つまり、新選組に捕まらないようにするために我が里に亡命したいということですね」
(亡命っていうとなんか壮大だけど………まあ、そんなもんだと思います)
「可能ですよ。その代わり里に踏み入ったら、もう人の世の歴史には関わることはできませんよ?」
(その辺は山南さん本人に聞いてください。私が一概にどうこう言えることではありませんので)
私がそう言うと、白川さんは真剣な眼差しを山南さんに向けた。山南さんも、その視線を真っ向から受け止める。
「少し、彼と話をしてみます。時間をくれますか?」
(わかりました。では私は茶屋の外にいますので、話が終わったら呼んでください)
「ええ、わかりました」
山南さんたちに会釈し、私は茶屋の外に出る。出されたお茶やお菓子も一緒に持って行った。
外の席に座ってお茶をすすりながら、私はまだ静かな京の街を見渡す。
『なんだ?もう光夜との話し合いが終わったのか?』
そこへ天井から七尾の顔が生えてきた。
(こんな早くに終わるわけないじゃない。しばらくあの二人で話すんですって)
『なるほどな。確かに本人の意思を確かめないことにははじまらないもんな』
屋根の上から器用に飛び降り、七尾は私の前に着地する。
その背中には、なぜかほむろの姿が。
(…………………ほむろ、なにやってるの?)
『見ての通りじゃ。背中で惰眠を貪っておる』
(自分で言っちゃてるし………)
『なかなかに乗り心地が良いのでのう』
『今の九尾様は大きさ的にもちょうどいいんでね。全然苦じゃないぜ。にゃはは!』
………これは突っ込むべきなのかな?
外でお茶を飲んだり、お菓子を食べたりしながらどれほどの時間を過ごしただろう。茶屋の入り口から白川さんが顔をのぞかせ、笑顔で私を手招きした。
食器などを店主さんにお返しして、私は茶屋の中に戻る。
そこでは夕べよりさらにすっきりした顔をした山南さんがいた。昨日の夜のような、どこか諦めに似た雰囲気はなくなっていた。
(話し合いは、どうでした?)
「無事終わりましたよ。山南さんは、僕たちの里にくることを選びました」
この返答に、心の何処かで安堵した。これで山南さんは死なずにすんだはず。
(よかった………)
「彼、あなたに感謝していましたよ。私はまだ、生きていけると」
(私は、何も……。ただ可能性を示しただけです)
「その可能性に、彼は救われたのですよ」
白川さんはクツクツと笑い、山南さんを振り返った。
「では、今日の夕暮れに迎えに行きますね」
「ええ。それまでに準備を済ませておきます」
この日の夕暮れ、山南さんはわずかな手荷物を持って、迎えに来た白川さんと一緒に新選組屯所をあとにした。
彼が自室に残して行った書置きを、土方さんたちが発見したのは、夜になってからだった。
書置きには、自分がここを出ること、自分は死んだことにしてほしいこと、ともにあれてよかったということだけが書いてあったらしい。
山南さんの離隊は、幹部たちに大きな衝撃を与えた。それでも土方さんは山南さんの心を汲み、彼の死亡を隊に公表することを決めた。
こうして元治2年2月23日、新選組総長、山南 敬助は、公式に死亡したと伝えられた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる