狐火郵便局の手紙配達人

烏龍緑茶

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第2話:「初めての手紙」

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 翌日の昼、湊は再び丘の上へ足を運んでいた。昨夜の出来事が、夢だったのか現実だったのかを確かめるために。

 だが、目の前に広がっていたのは、ただの雑木林。盛夏の陽射しに草木は色濃く染まり、蝉の声が煩わしいほど空気を震わせる。昨日の青白い光も、あの不思議な郵便局も、跡形もない。

 湊は肩を落とし、地面に目を落としてため息をついた。あれは幻だったのか――それとも、夜にしか訪れない別の現実だったのか。

 けれど、夕暮れが近づくにつれ、湊の心は再び動き出した。薄闇が丘を包み込む頃、彼はふたたび足を向けた。そして、暮れなずむ空にひとつ星が灯ると、青白い光が幽かに浮かび上がる。

 そこには、昨日と同じ局があった。

 湊は扉に手をかける。開かれる音は昨日と同じ軋みを響かせ、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

 「あら、来たのね。」

 闇の奥から、淡い桃色の着物に身を包んだあかりが現れる。昨日と変わらぬ静けさを纏い、その瞳はまた湊を見据えている。

 「昨日の話、本当だったんですか? 俺が……配達人になるって。」

 湊が問いかけると、あかりは柔らかく微笑んだ。「ええ、もちろん本当よ。そして、さっそく初めての手紙が届いているわ。」

 あかりは棚から一通の封筒を取り出す。それは薄紫色の和紙で作られ、淡い光を反射していた。宛名は奇妙な筆跡で書かれている。

 「これ、人間から座敷童子宛の手紙ね。」

 湊は封筒を見つめる。和紙の手触りは柔らかく、まるで生きているかのようだ。

 「どうやって人間がこんな手紙を出せるんですか?」

 「人間の世界には、時折あやかしと繋がる特別なポストが現れるの。書いた本人は無意識のうちにそのポストへ手紙を差し出すこともあるわ。これは、人の心の隙間や未練が形になったものなのよ。」

 湊は驚きの表情を浮かべた。「座敷童子……家に福をもたらす妖怪ですよね? これを彼に届けるんですか?」

 あかりは頷く。「その通り。手紙を出したのは、かつて彼と縁のあった人間よ。その人間は、座敷童子が与えた福に気づかぬまま家を去ったの。でも、今になって感謝の気持ちを手紙に込めた。あなたの仕事は、それを届けること。」

 湊の胸には、奇妙な高揚感があった。初めて聞く使命に戸惑いながらも、それがどこか温かいもののように思えたからだ。

 「でも……俺、あやかしの言葉なんてわかりません。」

 湊の不安に気づいたあかりは、棚の奥から小さな石を取り出した。それは翡翠のように緑色に輝き、手の中で冷たく心地よい感触を放つ。

 「これが翻訳の石よ。これを持っていれば、あやかしの言葉が人間の言葉として聞こえるし、あなたの声も彼らに通じるわ。」

 湊は石を握りしめ、その不思議な冷たさに少しだけ安心を覚えた。

 「あとはこれ。」

 あかりは青白い光を灯した提灯を取り出した。その光はただの炎ではなく、幽玄な揺らめきを見せている。

 「狐火ランタン。この光が道を照らし、あやかしの領域へとあなたを導く。忘れずに持っていくのよ。」

 こうして準備が整った湊は、その夜、局内の一角で夜を明かすことになった。ベンチのような簡素な座席に腰掛けると、隣には久遠がいた。

 「初仕事かあ。道に迷ったりしなければいいけどね。」

 久遠は悪戯っぽく鼻をひくつかせ、軽くからかうように笑う。

 湊は不安と緊張で胸がいっぱいだった。届け先は遠い山あいにある古民家――昼と夜、現世と異界が重なり合う狭間に存在するという。その不確かさに心が揺れる一方で、手紙を届けるという責務が不思議と重く湊の中に根を下ろしていく。

 あかりは静かに狐火ランタンを磨いている。その光の揺らめきはまるで水面に浮かぶ月のようで、湊の心を静かに落ち着けるかのようだった。

 「眠れないのかい? それとも、ワクワクしてる?」

 久遠のからかう声が響く。湊は軽く頭を振り、目を閉じて深呼吸を繰り返す。やがて、夜の静寂に包まれながら、初仕事の朝を待つことにした。

 明日は、彼の配達人としての最初の一歩になる。どんな困難が待ち受けているのかはまだ知らない。ただひとつ確かなのは、湊の胸に灯る奇妙な使命感だった。
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