狐火郵便局の手紙配達人

烏龍緑茶

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第3話:「座敷童子の棲む古民家へ」

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 翌晩、青白い狐火ランタンが湊の手元で幽かに揺れていた。その光を掲げると、まるで見えない糸に引かれるように足元の道筋が浮かび上がる。翻訳の石を懐に忍ばせた湊は、あかりの後ろを静かに歩いていた。

 「行ってらっしゃい、人間配達人さん。」

 局を出る際に久遠が投げた軽口が、まだ耳の奥に残っている。だが、湊の心はそれを気に留める余裕もないほど緊張していた。

 道中、彼らが歩む先は次第に常世の境を超えていった。最初は見慣れた丘の景色だったが、次第に霧が立ち込め、町外れの人家の灯りも消えていく。月が濃い雲に隠れるたび、狐火ランタンの光だけが頼りになる。

 山道に差し掛かると、風が木々の間を滑り抜け、葉擦れの音を立てた。湊は背筋を冷たいものが撫でるような感覚に包まれる。それでもあかりの背中を見失うことはなかった。その佇まいは、夜露に濡れた桔梗の花のようにひんやりと美しく、凛としていた。

 やがて、霧の中に古びた門が現れる。風化した木材に苔が生え、静かに佇むそれは、まるで時の狭間から湧き出てきたかのようだった。その奥には、古民家が見える。屋根は苔むし、湿気を帯びた板戸が軋んでいる。けれど、窓から漏れる行灯の淡い光が、そこに息づく生命を物語っていた。庭先には小さな祠があり、静寂の中でひっそりと座している。

 「あそこに座敷童子がいるわ。」

 あかりの声は穏やかで、湊の胸に直接響くようだった。

 「人間との縁を失い、今は怯えているかもしれない。手紙を渡して、想いを伝えてあげて。」

 湊は緊張で喉が渇くのを感じたが、大きく息を吸い込み、頷く。そして、古民家の玄関先へと歩み寄った。

 戸は半開きで、中から漂う畳の香りが彼を迎え入れるように感じられた。薄暗い座敷が広がる中、湊はおずおずと声をかける。

 「えっと、座敷童子さん……いますか?」

 一瞬、空気がざわついたように感じた。次の瞬間、奥の方から何かが板の間を踏む音がする。湊が目を凝らすと、小さな影が柱の陰からこちらを覗いているのが見えた。

 けれど、その影はすぐに柱の裏へと隠れてしまう。

 湊は懐から藤色の封筒を取り出し、穏やかな声で語りかけた。

 「これは人間からあなたへの手紙です。昔、この家に住んでいた人が、あなたに感謝を伝えたいそうです。忘れられぬ恩がある、と。」

 翻訳の石がほのかな光を放ち、湊の言葉を座敷童子へと運ぶ。そして、柱の陰からもう一度、小さな影が顔を覗かせた。

 その姿は幼子のようだが、瞳は深い暗闇の中で猫の目のように淡く光っている。その姿を恐れぬよう、湊は優しい口調で続けた。

 「怖がらなくていいですよ。僕は、ただ手紙を届けるだけです。人間の方は、あなたが大切な存在だったと、今でも想っているみたいです。」

 影は湊の言葉に耳を傾けるように動きを止め、ゆっくりと近づいてきた。そして、小さな細い手が伸び、湊が差し出した手紙を受け取った。

 封を開けた座敷童子の表情が、手紙を読むにつれて少しずつ和らいでいく。その瞬間、湊は言葉にはならない感情が空気に満ちていくのを感じた。

 「……ありがとう。」

 座敷童子の声が静かに響く。それは翻訳の石を通して湊の耳に届いた。

 「人間はもう戻らないと思っていました。けれど、心だけはここに残っていたのですね。嬉しい……。」

 その声は、風に揺れる葦のようにか細く、けれど透明な響きを持っていた。湊はその言葉を胸に刻むように頷いた。

 「よかった……これで少しでも寂しくなくなれば。」

 座敷童子は微かに微笑み、そして手紙を抱きしめる。その小さな仕草は、古い屋敷の陰影に新しい光を差し込むようだった。

 湊は任務を終えた安堵感に包まれながら、そっと玄関先から退く。振り返ると、あかりが静かに見守っている。その眼差しに湊は応えるように頷くと、あかりは「行きましょう」と短く告げた。

 湊は座敷童子に向けて小さく手を振る。その後ろ姿を見送るように、古民家の中で小さな影が微かに揺れた。

 こうして湊の初めての配達は終わりを迎えた。青白い狐火ランタンの光が、帰り道を優しく照らす。胸の中に灯った温かな想いは、湊にとってこれまで感じたことのないものであり、また、新たな一歩を踏み出す原動力になるのだと確信していた。
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