狐火郵便局の手紙配達人

烏龍緑茶

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第4話:「人間とあやかしを繋ぐもの」

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 夜の闇を抜ける帰り道、湊は歩みを止めることなくあかりに尋ねた。

 「なぜ、あやかしは手紙を必要とするんですか? 直接会えばいいのに。」

 狐火ランタンの青白い光に照らされたあかりの横顔は、どこか遠くを見つめているようだった。彼女は短く息を吸い込むと、落ち着いた声で答えた。

 「あやかしと人間は、生きる世界がずれているの。そう簡単には会えないわ。手紙は、想いを結びつける道具なのよ。」

 湊はその言葉に耳を澄ます。

 「あやかしは、時に人間の目には見えない存在。それでも、心の中に彼らの記憶や存在を留めている人間がいる。その想いは強い力を持つわ。手紙はその想いを形にして、形なき境界を越えるためのものなの。」

 あかりの声には、冷たい事実を告げるような静けさがあった。けれど、その中に微かに灯る温もりが感じられる。

 「人間は愚かで、あやかしの存在を忘れたり、見えないものを怖れて遠ざけたりする。でもね、手紙があれば、たとえ姿が見えなくても想いを伝えられる。そこに、少しだけ救いがあるの。」

 その言葉を聞きながら、湊は胸の中で何かがほどけるような感覚を覚えた。確かに、人間は愚かだと思う。見えないものを否定し、怖れるくせに、どこかでその存在を信じている――自分も例外ではない。だが、手紙という形であやかしと繋がれるなら、それはきっと悪いことではない。

 狐火郵便局へ戻ると、久遠がひょっこりと現れた。

 「おかえり! どうだった、初仕事は? 泣いたりしなかった?」

 湊は肩をすくめ、苦笑いを浮かべた。「泣くわけないだろ。でも、無事に終わったよ。」

 久遠は湊を値踏みするような目を細めて頷き、「それじゃあ次の仕事だ!」と調子よく片手を上げた。

 「あんたには次に、風の中を移動する不思議な庭園へ手紙を届けてもらうんだってさ。あれ、あかりに聞いた?」

 あかりは無言で湊に向き直ると、静かに説明を始めた。

 「次は『浮遊庭園』と呼ばれる場所よ。その庭園は風に乗って動き回る、不思議なあやかしの領域。宛名は風の精霊。手紙の送り主は人間の老園芸家よ。彼が昔、その庭園に花を贈ったことがあるらしいわ。その花がどうなったか知りたくて、手紙を出したの。」

 湊は頷いた。浮遊庭園――その名前だけで、未知の冒険を予感させる。だが、それがどこにあり、どうやって行くのかは全く想像もつかなかった。

 久遠が横から口を挟む。「その庭園さ、高い場所にあるんだってよ。湊、高いところって大丈夫? ほら、木の上とか、崖の上とか。」

 その言葉に湊は一瞬言葉を詰まらせた。実は、高い場所は苦手だ。子供の頃、木登りから落ちた経験がトラウマになっている。それ以来、あまり高所には近寄らないようにしていた。

 けれど、ここで怖気づいていては、配達人として失格だ。「行くしかないだろ。」湊は唇を噛みしめて答えた。

 あかりは、特に励ましの言葉をかけるわけでもなく、ただ淡々と告げた。「準備は明日にするわ。」

 局内に戻った湊は、片隅のベンチに腰を下ろしながら、再び胸の中を埋める不安と期待に向き合った。

 手紙は、人とあやかしを繋ぐもの。

 座敷童子への配達で、それを実感した。手紙の中に込められた想いが、目には見えない存在を動かす力を持っている。それを知ったからこそ、次の手紙にも意味があると信じたい。

 あかりは、局内の棚から青白いランタンを取り出し、丁寧に磨いていた。その光が夜の闇を静かに照らす中、湊は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 「明日は、また新しい出会いが待っているんだろうな……。」

 ランタンの炎が、柔らかく揺らめいている。その光に湊の不安が少しずつ和らぎ、やがて眠気が訪れる。次に開ける扉の向こうには、どんな世界が広がっているのだろうか――彼はそんな期待とともに、夢の中へと落ちていった。
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