学生だけど、魔術学院の音楽教授で最終兵器な先生を好きになってしまいました。

茜部るた

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第3楽章 チェロから始まる小夜曲 4

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(だめだ、集中しよう…ターアータッタ…)

「9小節目からいく。準備はいいか?」

「はい、お願いします」

 チェロの演奏が始まった1小節後にコールディアのグラスハープが重なる。
 ノートヴォルトの音色は張りがあるのに悲壮感が漂う。後半に行くにつれて哀しみを湛える曲想は、彼の音によってより情緒が深まっていく。
 胸の内に何か叫びたくなるような記憶でも抱えているのだろうか。そう聞きたくなってしまうような、哀しい音色。

 コールディアは観客ではなく演奏者であることを忘れ、聞き入りそうになった。

「魔力が安定していない。どうした?」

 ついには演奏を続けたままそう言われてしまい、彼女はなんとか安定させようと指先に集中した。
 グラスの色が、僅かながらに揺れている。
 魔奏グラスハープは見た目にも動揺がわかりやすい。
 それでもなんとか最後まで演奏をすると、コールディアは思わず言った。

「先生の音が殺しに来る」

「どういう意味だ…」

 眉を潜めてコールディアを見る。いつも不機嫌に何か言う時は、こんな表情だったのか。こんな、ちょっと悩まし気な。

(顔でも殺しにくるし)

「先生のチェロ、初めて聞いたので感動で動揺しました」

「それじゃあ練習にならない」

「特に36小節目から。切なくて窒息しそうです」

「奏者としては嬉しい言葉かもしれないけど僕は今指導してる立場なんだけど」

「ちょっと、ちょっと気持ちの整理を付けさせてください」

 そう言うとコールディアはペンを取り出し譜面に書き込みをし始めた。
 “膨らませる”“キレよく”“遅れない”など自分で気づいた注意点やノートヴォルトに指摘された点を書きながら、気持ちを落ち着かせる。

 ノートヴォルトの演奏に限ったことではないが、何かに感動するといつも彼女はしばらく落ち着かない気持ちになる。怒りでも哀しみでも、しばらく自分の中で消化してやらないと感受性がキャパオーバーしてしまうのだ。

「先生ってここの出身ですよね? ピアノだけじゃなくてチェロもうまいし、なんでも指導できちゃうし…学生時代は何を専攻してたんですか?」

「教諭と教授の違いを知っているか」

 質問に対し全く関係のなさそうな質問で返されてしまった。
 譜面から顔を上げ、教授を見る。
 いつも俯いて喋る傾向のある教授の、長い髪の向こうではそんな表情をしていたのかと思う。床に自分の記憶でも落ちているのか、伏せた目は何かを探しているようにも見えた。

「え? 違い…教員資格の有無とかですか?」

「僕は教員資格はない。そして魔楽部はおろか音楽部も卒業していない。ただピアノが好きだっただけ」

「はい!? なんで? どうやって? ここにいるんですか?」

「…もう落ち着いたのなら練習を続けたいんだけど」

「すみません、あと5分ください」

 落ち着くどころか、まさかの学歴に疑問が次々と沸いてきてしまう。

 出身はここの学院だったはず。
 でも魔学部は卒業していないし、普通の音楽学校も卒業していない。
 それなのにあれだけの知識と技術がある。

 貴族のおぼっちゃまならもしかしたら何かあるかもしれないけど、ノートヴォルトは自分と同じく平民だったはずだ。

 考えてもわからないことを考えていると、チェロの演奏が流れ始めた。
 “孤独なチェロのための幻想曲”はチェロの練習曲としても有名だ。
 短調の曲はノートヴォルトに似合う。
 コールディアは譜面へ書き込むふりをしてあれこれ考えるのをやめ、しばし観客となった。

(先生はなんの楽器でも正確に音を当ててくるな。得手不得手ってないのかな)

 短い曲は終わり、思わずコールディアは拍手をした。
 呆れた顔で見られてしまう。

「…続きするよ。今度は動揺していない音をちゃんと聞かせて」

 その後外が暗くなり、警備員の巡回する時間まで練習は続いた。
 ノートヴォルトは片付けはいいから1秒でも早く帰れと言い、さらに警戒の呪文までかけられてしまった。
 何か危害を加えようとする者を感知すると、術者や使用者にわかるように警告がくる。
 そんな過保護なと思ったが、デメリットがあるわけでもないので挨拶をするとすぐに家に向かった。

 これまで何度も指導は受けて来たのに、今になって素顔を知ってしまった。そしてあのチェロの演奏。今も残る高揚で少し落ち着かない。
 コールディアはなんだかとても贅沢な時間を過ごしてしまったような気がした。
 自分を包む警戒魔法も、特別扱いに感じて・・・と思いかけたところで頭を振ると、彼女は校門を走り抜けていった。
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