24 / 113
7
第6楽章 心のノイズ
しおりを挟む
翌日、あまり学院に通うときと代り映えしないブラウスとスカートに身を包んだ彼女は、これも周囲と比べ代り映えのしない栗色の髪を三つ編みにし綺麗に結い上げた。
ジャケットは流石に暑い季節となり、代わりにベストを着る。
「んーー。なんか地味」
家事をするのだから地味でも問題ないのに、彼女は数少ない手持ちのアクセサリーの箱を眺める。
適当なものがなくて、結局いつもの深緑のリボンを手に取るとせっかく結い上げた髪をほどいた。
今度はリボンを三つ編みに一緒に編み込み、また同じ髪形にする。頭の外周にぐるっと回すと、結い始めのあたりにピンで毛先を押し込んだ。
地味な髪色に挿し色が入り、少しだけ華やかに見える。
先生のところに手伝いに行くだけなのに何してるんだろうと思いつつ、エプロンとスカーフの入った鞄を持ち家を出た。勿論、警戒魔法は怠らない。
アパートの周囲を掃除する管理人に挨拶をすると、ノートヴォルトに言われたグロッサリーの3番停留所まで急いだ。
時間通りに乗合馬車が到着し、時間通りに本屋前の停留所に着いた。
ノートヴォルトは…時間通りには来ないだろう。
彼女は乗合馬車の御者灯が緑色に光り無人の馬を誘導するのを眺めながら、さてどうしようかな、と思った。
本屋で時間を潰すことも出来るが、ノートヴォルトが来たことに気づけないかもと思った彼女は、大人しくその場で待つことにした。
文具も扱う本屋のガラスケースに収まる新商品を見ていると、ほどなくして後ろから「お待たせ」というボソっとした声がかかった。
ガラスに反射するノートヴォルトの姿を見つけると、彼女は笑顔で振り返った。
「おはようございます先生。思ったよりも早かったですね」
そう言われてノートヴォルトは本屋の前にある時計を見上げる。
「30分過ぎてる…」
「先生にしては上出来ですよ。あ、メイドって“旦那様”って呼んだ方がいいんですか?」
「…やめてくれ」
「私もなんか言ってて恥ずかしかったです」
コールディアはいつもノートヴォルトを「先生」と呼ぶ。
他の教授に対しては「教授」だし、他の学生もノートヴォルトを「教授」と呼ぶ。
だが中等部の時に教授だと知らなかった彼女は「先生」と呼んでしまい、以来ずっとそのままだ。
ノートヴォルトの自宅は本屋から裏路地に入り、さらに少し奥まったところにあった。
住宅がまばらになり、家と家の間隔が開いて来る。
王都でも裏に入ってしまえば思ったより閑散としていることを初めて知った。
やがて庭が雑草に支配された、中流階層によくあるレンガ調の2階建てが見えて来た。
腰高の柵に囲まれた家のゲートから、玄関に至るアプローチも雑草に支配されつつある。
この人は戸建てより集合住宅向けなのではと思うが、楽器を使う以上それは無理だろう。
玄関扉を開けた瞬間に何物かの雪崩が起きないだけマシなのでは、と思った。
「大丈夫、想定内です」
部屋を見るなりコールディアが言う。顔はやや引きつっていた。
「あー…先生が1番どうにかしたい場所はどれですか」
「特にない」
「…あったらこうはならないですよね。じゃあお邪魔します。人間の住処にすればいいんですよね?」
「既にここに住んでいる僕は何者なんだ」
足の踏み場を探しながらリビング跡地に入ると、ピアノと、ピアノに向かい合うようにチェンバロが鎮座していた。
演奏場所だけは確保できているらしい。
読んでいるのかわからない新聞、楽譜、本等の紙類はそれぞれ山になり、恐らくそこにあるであろうソファには服が何着か捨て置かれている。
ローテーブルは書きかけの楽譜とペン。あとはまあ色々埋まっている。
置いてあるグラスはいつ使ったのだろう。
ダイニングとキッチンはリビングの惨劇に比べればマシだった。
思いのほかゴミがない。
「流石にどうかと思って朝捨てた」
「どうかと思う心が残っていて助かりました」
寝室はベッドの部分だけ機能はしていそうだった。
寝具の清潔度はわからないが。
「うーん…普通ならリビングかダイニングから始めますよね…でも先生は何かと寝不足だし、寝室からやるか。洗濯物回収して掃除してあとは…」
いつもノートヴォルトは何か作業をする時にぶつぶつと言うことがあるが、今日はコールディアがそれだった。
エプロンをして頭にスカーフをすると、ふと大事なことに気づいた。
掃除道具について尋ねると、驚いたことにまともな道具が揃っている。
魔律回路が組み込まれ、魔法に反応して家事を補助してくれる優れもの。
20年くらい前から加速度的に発達してきたらしいが、コールディアの田舎ではそれほど普及していない。
高価だし、扱える者も少ない。
ジャケットは流石に暑い季節となり、代わりにベストを着る。
「んーー。なんか地味」
家事をするのだから地味でも問題ないのに、彼女は数少ない手持ちのアクセサリーの箱を眺める。
適当なものがなくて、結局いつもの深緑のリボンを手に取るとせっかく結い上げた髪をほどいた。
今度はリボンを三つ編みに一緒に編み込み、また同じ髪形にする。頭の外周にぐるっと回すと、結い始めのあたりにピンで毛先を押し込んだ。
地味な髪色に挿し色が入り、少しだけ華やかに見える。
先生のところに手伝いに行くだけなのに何してるんだろうと思いつつ、エプロンとスカーフの入った鞄を持ち家を出た。勿論、警戒魔法は怠らない。
アパートの周囲を掃除する管理人に挨拶をすると、ノートヴォルトに言われたグロッサリーの3番停留所まで急いだ。
時間通りに乗合馬車が到着し、時間通りに本屋前の停留所に着いた。
ノートヴォルトは…時間通りには来ないだろう。
彼女は乗合馬車の御者灯が緑色に光り無人の馬を誘導するのを眺めながら、さてどうしようかな、と思った。
本屋で時間を潰すことも出来るが、ノートヴォルトが来たことに気づけないかもと思った彼女は、大人しくその場で待つことにした。
文具も扱う本屋のガラスケースに収まる新商品を見ていると、ほどなくして後ろから「お待たせ」というボソっとした声がかかった。
ガラスに反射するノートヴォルトの姿を見つけると、彼女は笑顔で振り返った。
「おはようございます先生。思ったよりも早かったですね」
そう言われてノートヴォルトは本屋の前にある時計を見上げる。
「30分過ぎてる…」
「先生にしては上出来ですよ。あ、メイドって“旦那様”って呼んだ方がいいんですか?」
「…やめてくれ」
「私もなんか言ってて恥ずかしかったです」
コールディアはいつもノートヴォルトを「先生」と呼ぶ。
他の教授に対しては「教授」だし、他の学生もノートヴォルトを「教授」と呼ぶ。
だが中等部の時に教授だと知らなかった彼女は「先生」と呼んでしまい、以来ずっとそのままだ。
ノートヴォルトの自宅は本屋から裏路地に入り、さらに少し奥まったところにあった。
住宅がまばらになり、家と家の間隔が開いて来る。
王都でも裏に入ってしまえば思ったより閑散としていることを初めて知った。
やがて庭が雑草に支配された、中流階層によくあるレンガ調の2階建てが見えて来た。
腰高の柵に囲まれた家のゲートから、玄関に至るアプローチも雑草に支配されつつある。
この人は戸建てより集合住宅向けなのではと思うが、楽器を使う以上それは無理だろう。
玄関扉を開けた瞬間に何物かの雪崩が起きないだけマシなのでは、と思った。
「大丈夫、想定内です」
部屋を見るなりコールディアが言う。顔はやや引きつっていた。
「あー…先生が1番どうにかしたい場所はどれですか」
「特にない」
「…あったらこうはならないですよね。じゃあお邪魔します。人間の住処にすればいいんですよね?」
「既にここに住んでいる僕は何者なんだ」
足の踏み場を探しながらリビング跡地に入ると、ピアノと、ピアノに向かい合うようにチェンバロが鎮座していた。
演奏場所だけは確保できているらしい。
読んでいるのかわからない新聞、楽譜、本等の紙類はそれぞれ山になり、恐らくそこにあるであろうソファには服が何着か捨て置かれている。
ローテーブルは書きかけの楽譜とペン。あとはまあ色々埋まっている。
置いてあるグラスはいつ使ったのだろう。
ダイニングとキッチンはリビングの惨劇に比べればマシだった。
思いのほかゴミがない。
「流石にどうかと思って朝捨てた」
「どうかと思う心が残っていて助かりました」
寝室はベッドの部分だけ機能はしていそうだった。
寝具の清潔度はわからないが。
「うーん…普通ならリビングかダイニングから始めますよね…でも先生は何かと寝不足だし、寝室からやるか。洗濯物回収して掃除してあとは…」
いつもノートヴォルトは何か作業をする時にぶつぶつと言うことがあるが、今日はコールディアがそれだった。
エプロンをして頭にスカーフをすると、ふと大事なことに気づいた。
掃除道具について尋ねると、驚いたことにまともな道具が揃っている。
魔律回路が組み込まれ、魔法に反応して家事を補助してくれる優れもの。
20年くらい前から加速度的に発達してきたらしいが、コールディアの田舎ではそれほど普及していない。
高価だし、扱える者も少ない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる