学生だけど、魔術学院の音楽教授で最終兵器な先生を好きになってしまいました。

茜部るた

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第18楽章 音楽教授の苦悩

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「最悪だ…」

「どうしたんですか?」

 冬休み最終日、なぜかノートヴォルトは難しい顔をしていた。

 あの情熱的なキスを交わした翌日からは、以前の教授と学生の関係に戻ってしまったようだった。
 コールディアは付きもしないけど離れもしない元の関係に、ほっとする一方で少しだけ寂しさを覚えた。

 「愛さない」と言っていたのだからそれは当然だし、それを受け入れたのも彼女だ。
 時々あのキスを思い出してしまいついノートヴォルトの唇を見つめてしまうと、彼に気づかれてしまい「しないからね?」と言われてしまう。

 しかしノートヴォルトの方もそういう視線に気づくと、何も思わない訳ではない。「しない」とは言っておきながら、複雑な表情を浮かべつつ時折頬か額のどちらかに掠めるくらいのキスを落としてしまうことがあるのだ。
 そうするとコールディアはまるで天にでも昇るような蕩ける表情を、隠すこともできないまま呆けてしまうのだ。

 今の関係性を言葉で表すのは難しいけれど、お互いに複雑な思いを抱えている割に日常の彼の表情は明らかに以前より明るくなったと思う。
 どんな関係にしろ彼の人生の上に自分という存在が確かにいるようで、それで満足だと思った。

「後期も中高の授業に出ることになった」

 戻ったことを学院長に伝えるために昨日ノートヴォルトは一度学院に顔を出した。
 学院長は彼の素性を知っている。

 魔物が学院に現われてしまい、テスト期間が終わるとノートヴォルトはすぐに所有者の刻印によって実父に呼ばれた。
 
 結界が弱まり、魔物によって壊されやすくなってしまったため、当面の繋ぎとして掃討作戦を展開することになったのだ。
 彼は兵器として宮廷魔術師に加わり、この3か月のほとんどを魔物との戦いに身を投じていた。

 学院長はそんな彼に「戻ったばかりで申し訳ないけど」と言った上で後期の授業を任せた。
 彼がいない間の埋め合わせをした教授に「出来れば変わって欲しい」と言われてしまったのだ。
 教授陣営は教師の真似事を嫌う傾向にある。
 学院長以外彼の事情など露ほども知らないため、学院長によって“お願い”されてしまったのだ。

「まぁまぁ。私も手伝いますから。休み明けは割と授業も楽だし、資料でもなんでも手伝いますよ」

「じゃあ授業を代わってくれ」

「それ学生に言います? はい、これどうぞ」

 そう言うとコールディアは出来上がったマフラーでノートヴォルトの首をぐるぐる巻きにした。
 ダークグリーンの毛糸は普段の真っ黒な彼の服装にも合う。
 彼は口元まで巻かれたマフラーを見ると、「ほんと器用だね」と言った。

「先生ブルークランプでどうしてたんですか? ここよりずっと寒いですよ?」

「子供の頃はそんなに寒いと思わなかった…」

「マフラー、暖かいですか?」

「暖かい。ありがとう」

 コールディアは喜んでもらえたことを喜んだ。
 何より渡すことが出来て嬉しかった。

「渡せないかもって何度も思いました…」

 彼がいなかった時の不安を今になって零し、彼女が俯いた。
 自分がいない間彼女はずっとそんな顔をしていたのかと思うと、ノートヴォルトでも心がざらついた。
 つい手を伸ばしてしまう。
 自分でも驚くほど優しい声で「こっち来なよ」と言ってしまった。

「なん…ですか…?」

 雰囲気の変わった彼に、コールディアの鼓動もドキリと跳ねる。
 傍に行くと、ぎゅっと抱きしめられてしまった。

 あの日以来の抱擁に、彼女の胸を締め付けるような愛しい気持ちが込み上げ、そのまま背中に腕を回し胸にもたれた。
 そんな彼女の頭上から、切ない吐息の混じる、苦し気なノートヴォルトの声がする。

「ごめん、勝手なのはわかってる。キスしたい」

「なんで謝るんですか? 駄目って言う訳ないじゃな――んっ」

 あの時の情熱の記憶が蘇り、久しぶりに口にしてもらうキスにあっという間に思考が蕩けた。
 抱き寄せられた胸元にしがみつき、終わらないでと願ってしまう。

「んっ…ぁ、せんせ…」

「その声、我慢できなくなる」

「キスしたのは先生です…んっ」

 はぁ、という深い吐息ともに離れたノートヴォルトも、離れてしまった熱に「あっ」と声を上げたコールディアも、どちらもうっすらと欲を孕んだ表情をしている。

 自分も馬鹿だな、と思う。
 こんなことをすれば、近いうちに必ず彼女の体も欲しくなる。
 無責任なことなんてしたくない。いや、もう既に無責任だと思う。
 でも忌まわしい血を受けた子供を受け入れるなんてできない。
 それなら抱くことなんてできるわけないし、抱くこともできないのなら愛することも愛されることもあってはならない。
 そう思うのなら、初めから彼女に手を出してはいけなかったのに。

 腕の中にある柔らかな肢体を感じれば、どうやって我慢をしたらいいのかわからなかった。
 上ずった声を聞けば、すぐにでも手を出したくなった。
 彼女が自分を凝視していることに気づけば、本当はそれだけで反応していた。

 苦しい。
 彼女も苦しいに違いないのに。
 だったら目の前から消えるべき。
 だけど口から出てしまった言葉は、正反対のものだった。

「僕のそばにいて…」

「ダメって言われてもいますよ」

「もう1度してよ」

 気づけば懇願していた。
 教え子に向かって何をしているのだろう。
 何より、矛盾しすぎている。

「せんせい…大好き…」

「…っ…うん」

 僕も、と言いそうになってすんでの所で止めた。
 
 愛してはいけない。
 そんな資格はないんだ。
 当たり前の幸せを僕は彼女に与えることはできない。
 彼女まで自分の体に刻まれた鎖で縛ってはいけない。

 キスをしながら何度も自分を戒めるのに、それでも彼女が与えてくれる慈愛の口づけを止めることが出来なかった。

 ようやく彼女から身を離した時、彼女の求めに応えないくせいに自分の欲だけは満たそうとしてしまい、「ごめん」と言った。
 そうすると彼女は、少し寂しそうな表情をするのだった。
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