冷徹公爵が無くした心で渇望したのは愛でした

茜部るた

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原石 2

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 部屋に戻るとすぐに額の布巾を取り換えてやる。
 桶の雪はまだみぞれのように浮いていて、布巾を十分冷やしてくれた。
 相変わらず熱が高そうだが、またうっすら目を開いたので水を飲ませた。

「少し起こすぞ」

「ソレットは…」

「大丈夫だ。いい子に寝ている。まずはお前が水を飲め」

 グラスに入れた水を口元に近づけてやると、コクリと3回喉が動いて飲み込んだ。
 小さく「ありがとうございます」と聞こえ、またそっと横たえた。

「何か欲しいものは」

「ございません」

「腹は減らぬか」

「いりません。あの、ソレットのおしめは…そろそろ大変なことになっているかと思うのですが」

 ユーゴは得意気な顔をした。

「俺が換えた。しかも大きい方だぞ」

「ユーゴ様が!?」

「俺とて伊達に世話され…いや、なんでもない。とにかくソレットは大丈夫だ」

「ユーゴ様、ありがとうございます。よくお1人でなさいましたね」

「少しは見直しただろう」

「きっといい父親になります」

 そう言ってマリアは微笑むと、また目を閉じた。

 外に出たままのマリアの手を握る。
 熱で少し熱い手は、傷が酷い。何か薬はなかっただろうか。

 以前何かの薬を持ってこさせた時はどこにあったか…
 手荒れの薬なら手荒れの現場にないだろうか。
 キッチン、ランドリー、あとはどこだ。
 
 結局キッチンの棚に薬を見つけると、部屋に戻り眠っているマリアの手にその軟膏をすり込んだ。
 これで少しでも改善すればいいのだが。

 額の布巾を濡らしたあと、また手を握った。
 マリアのためではない。
 自分のためだ。
 心に暖を取りたくて、そうすれば手から熱が伝わる気がした。
 
 そう言えば最初にマリアを薄汚いと言ってしまった。
 こんなに美しいのに。
 こんなに優しいのに。
 こんなに――しいのに。

 最後に浮かんだ言葉がよくわからず、自分で何を浮かべたのか首を捻る。
 
 俺は今彼女に対しなんと思ったのだろう。

 ソレットが泣いた。
 腹が減ったのだろう。
 アンは何故か、そして案の定家にいた。
 乳を貰うとおしめも取り換えてくれ、また抱えてマリアの元へ戻った。

 夜になり、暖炉に新しい薪を入れたところでマリアが目を覚ました。
 自分で上体を起こし、「お腹がすきましたね」と笑った。

「顔色が良くなった。熱も少し落ち着いたようだな」

「ユーゴ様のお陰です。公爵閣下に看病をしていただくなど、恐れ多いことです」

「……俺はずっと公爵と呼ばれるのが嫌だった。本来なら王太子だ。王位を継ぐためのあの日々はなんだったのか。現実が受け入れられなくて俺はここでゲイルとして世間から距離を置いた」

「ゲイルとは?」

「古い言葉で“嵐”だ。夏の嵐を見て、荒れた自分の心そのものだと思った」

「今ユーゴ様は私には春のそよ風です」

「ふ…それはマリアのような者を言うんだ。さて、腹が減ったが困ったな。俺は何もできん」

 その時、扉をノックする音がした。

「旦那様、お食事のご用意が出来ました」

「そ、そうか…頂こう。マリアにも何か食べやすいものを」

「ご用意できております」

 告げるだけ告げるとベスはダイニングへと消えた。

「ふっ…」

「何がおかしいのですか?」

「いや、神のすることもなかなか奇妙だと思ってな」

「神様ですか…?」

「なんでもない。食べられるのならきちんと食べろ。ソレットは先ほど乳をもらったばかりだ。ああそうだ、あいつは今日“あーーい”と叫んでいたぞ」

「まあ、新しい言葉ですね」

「お前の喜びが俺にも少しだけ理解できたかもしれん」

「ユーゴ様…」

「食事が終わったらまた来る。きちんと食べて休むのだぞ」

「ありがとうございます」

 ユーゴが出て行くと、マリアは1人泣いていた。
 哀しいのではなく、嬉しくて。
 愛などないと言った方が、誰の子ともわからない赤子の世話をし、その成長を気に留めてくれたのだ。
 
 ユーゴ様、あなた様の心にはきちんと愛はあります。
 うまくそれを見つけられないくらい小さいのかもしれませんが、大海原のダイヤのように静かに輝く時を待っています。

 その後食事を運んできてくれたベスは、何故か少しだけ優しかった。
 まるでこの屋敷全てがユーゴの心そのものだったようだ。
 厳しい冬の雪が春の日差しで溶けて行くように、屋敷には温度が通い始めた。
 
 「あーーい」と話すソレットを胸に抱きながら、マリアはいつか雪解けの時が来ることを願った。

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