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ギリアン神官(爺)と山の上の神殿

初めての町、初めての宿屋

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「今日はこの麓の町で1泊するからの。」

長く揺られながらいつの間にか眠ってしまい、目が覚めるとお爺さん…ギリアン神官が言った。
眠い目を擦りながら大欠伸、両腕を天井へ向けてのぴをしてからステップをゆるゆると降りると、足下は雪、人気ひとけはなく、ウルの手形の付いたワンピース1枚じゃ全然凌げない刺すような寒さに襲われた。

「急げ、セアリア。早く宿屋の中へ!」
「はい、ギリアン神官。」

宿屋へ一歩入ると、そこは春の暖かさだった。
ワンピース1枚でも十分に過ごせる。
逆にギリアン神官は分厚いケープを脱いでカウンターで宿屋の主人と話している。

そこへ、シスターが持たせてくれた旅行鞄を提げたダドゥが入って来た。
反対側の手には、出発時には見なかった紙包みを持っていた。

「行くぞ。」

ギリアン神官は、宿屋の従業員が大きな荷物を運び上げる時に使う手動昇降機の前で、手に持った鍵をブンブン振っていた。

「わしは少し足が悪いでコレで上げてもらうからの。お前達は階段。3階が部屋だ。上で会おう。」
「かしこまりました。」

ダドゥが仰々しく返事をし、私も慌てて頭を下げた。

「階段はこちらです。」
「はい。」

ダドゥの後ろについて歩けば、カウンターを挟んだ向こう側に大きく長い階段を見付けた。

「ここを上がりますが、見ての通り1歩足を踏み外せばここまで真っ逆さまです。
私が後ろを歩きますので、歌姫聖女様は前をお歩きください。」
「わかったわ。」

私は肩の高さにある手に馴染みの良い手摺りをギュッと掴みながら、足元を見ながら階段を上がった。
最後は脚力に限界が来てペースが落ちたてきた。
後ろからダドゥに何度か声を掛けられたけど、最後まで自分で上り切りたかった。

だって私は聖女としてここに来た。
一人前の聖女のような仕事はできないかもしれないけれど、見習いも下っ端もぶっ飛ばしてもお役に立てそうだから呼ばれたんだと思うし、子どもでいたらいけない気がしたの。

「はぁ…ついたぁ!」

多分、貴族用の天井の高い客室の分、前世の6フロア分は上がったと思う。

「セアリア、ダドゥ、こっちだ。」

廊下の向こうからギリアン神官の声がする。
じっとしてると笑ってしまう膝を叱咤しながらそちらへ向かうと、ギリアン神官がちょうど解錠して扉を開いたところだった。

そこは廊下の突き当りの扉で、部屋の中にいくつもの灯りが揺れて明るく、とても温かで、できたてのごはんのいい匂いがして、リネン類からは石鹸の香りがした。

「わしはこの右の扉の部屋を使う。真ん中はセアリアに、左はダドゥが使いなさい。
ここにあるのが、各部屋で使う石鹸と水差し、寝間着とタオルだな。各自持って行きなさい。」
「? はぁい!」
「あ、セアリアだけは、後で宿屋の女将が世話しにしてくれるからな、先に温まっていなさい。
食事はその後だ。」

私はお腹を鳴らしながらも返事をした。

部屋は淡紅色をふんだんに使った部屋で、とてもかわいらしい。
家具はすべて白なのも、見たことはないけれどまるでお姫様のお部屋みたいだった。

ベッドサイドに球根で咲く春の花をあしらった置き物を見付け、そちらへ近付けば、なんと灯りだった。
その向こうには花のモチーフ編みをつなげたベッドカバーがかかるベッドで、詰めれば私とウルが眠れるほどの大きさ。

その時、ワンピースに残る茶色の手形と一緒にウルを思い出して、ちょっとだけ瞼が熱くなる。
けれど、頭を振って感傷は遠くにやって、今はこの場を楽しむことにする。

コンコンコンッ

ダドゥが備品を持ってきてくれた。
それから、旅行鞄と紙包みも。

「こちらはシスターから預かった品でございます。こちらは聖女様のお荷物。そしてこちらは、聖女様が何れご奉公に出られる際にお渡ししようと準備していた品だということです。」
「ありがとう…」

ダドゥが行ってしまってから、紙包みを開くと…

新品のお裁縫道具と、前掛けに下着類、侍女のお仕着せみたいな紺色のシンプルなワンピースが入っていた。

ワンピースを広げると、ひらひらと小さな紙が出て来た。

『元気で。
いつでも帰っていらっしゃいね。
セアリアを愛しているわ。』

シスターの筆跡の短いメッセージを胸に抱くと、旅行鞄に忍ばせた。


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