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代わりの聖騎士との3人暮らし
ラウと猫
しおりを挟むラウがやって来た翌日も日課の散歩に出たの。
私にとっては下の村は庭みたいなもので、ラウが《出掛ける》っていう感じではなかったから、ラウが神殿の前で体術の型をしていたのに特に声も掛けずに村に向かって歩いていたの。
すると、汗だくのラウが凄い勢いで追いかけて来てね、心配だから支度をするまで目の届く範囲に居てくれと言うのよ。
それで何をしたと思う?
何と、井戸まで連れて来られてね、ラウは上半身裸で体を拭き始めた。
たぶん、普通の聖女なら卒倒していたんじゃないかしら。
だいたいラウも、ダドゥの代わりってことはこの先他の聖女の聖騎士になるんでしょうよ。
なのにこんなことダメよね。
私?
私は孤児院育ちの聖女だもの。そんなことはなく、暫くはボーッと筋肉のつき方を見ていたわよ。
細身に見えていたけれど意外と筋肉質だったの。
そうして胸側となった時、
「いつまで見ている…」
ラウは私に背中を向けたの。
私が
「拭くの手伝おうか?」
って声を掛けたら、
「いや、構わないでくれ。」
ラウは言うと、サッと神殿の中へ入ってしまったの。
だったら最初からそうすれば良いのに。
私は暇なので、あの日の夢の中に出て来たトムさんの鼻歌童謠を歌ってみたの。
ところどころ、今のセアリアの顔周りの筋肉や舌の動きでは再現しにくいところがあったけど何とか歌えたわ。
しばらくしたら、ラウが村人みたいな服装で出て来て、いよいよ散歩へ出発となった。
「行くぞ。」
ラウったら私の隣を歩いているというのに、以降全く喋らないの。
私は暇だから、さっきの歌を口ずさんでいたわ。
すると、ラウから視線を感じてそちらを見れば、とても優しげな表情で私を見下ろしていたのよ。
「不思議な歌だな。」
「あら、歌ってわかったの? 女神への祈りも入らないのに。」
「あ…ちょっと聞いたことがあって……」
「え………」
この世界の歌には、必ず歌詞の中に女神への祈りが入っているの。
でも、この歌のどこにも入っていないのよ。だってこの歌はこの世界の歌ではないんだもの。
なのに!
「聞いたことが、あるの?」
私は足を止めて、ラウの表情を読んだの。
ラウはすごく焦ってたわ。
気づいたのかも。この世界の歌じゃないこと。
「旋律はな。その、『ねぁん、ねぁん、ねあねわん』のことろは新しい祈祷か?」
「いいえ。」
実は、ここがセアリアの舌では表現の難しい発音のところだった。どうしてもうまく発音できないし、何よりこの世界に猫はいな…
「ネコはこっちでは見ないものな。」
「へ?」
この世界の動物図鑑が神殿にあるの。その図鑑には猫も犬も載ってなかったから、ギリアン爺に訊ねたことがあったの。
その時に確かに言われたのよ。
「わしはこの世界の動物や植物をよう知っとるが、そういう特徴の動物は知らぬな。」って。
私は、ラウに私と同じ世界の記憶があると確信を持ったわ。
「猫、かわいいわよね。私、好きなの。」
「あぁ、俺もだ。」
「私、猫好きに初めて出会ったわ。」
「そうか、ハハハ…」
私とラウは、そのまま麓に降りるまで猫の話で盛り上がったの。
そういえば、あの夢には続きがあったのを思い出したわ。
大笑いした後、着替えて楽屋の外に出た後の話よ。
「トム、猫が好きなの?」
「……ガラじゃないって言われるんですけどね、好きです。野良猫なんかには、仕事じゃなければ寄って行きますし。子猫なんて、私の手のひらに乗るサイズなんですよ!かわいいという他の形容を思いつきません!」
このトムの必死さには、ドン引くどころかますます可愛いなって好感を持ったの。
だってね、顔はちゃんと思い出せないんだけど、トムはとにかく体が大きくて、日に灼けた褐色の肌に短髪で、厳つい感じの印象だったのよ。
私の脳裏には、トムが猫をちゃん付けで呼んで赤ちゃん言葉で話し掛けるの妄想が繰り広げられていたわ。
「ふふふ…」
私が笑えば、トムは首まで真っ赤になっちゃったの。
褐色の肌でも、赤くなるとわかるのね…と思ったものだわ。
で、今。
ラウがよく日に灼けた肌で、真っ赤な顔で猫について熱く語っていることに気付いたの。
それがちょっとトムさんに重なって、不思議な気持ちになったのよ。
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