物語と蚊帳の外の俺

ぴぴぴぴ

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さて、どうしたものか。このままではいけないと、俺は布団にゴロリと寝転んだ状態で天井を見上げた。現在、俺はこの教会の一室を貸してもらっている。ここに来てからずっと使用させてもらっている部屋で、ベッドと小さな洋服を入れる為の棚しかない。殺風景な部屋で一人、レオンとキースとどうしてもコミュニケーションを取りたい俺は思考を巡らせる。
 あの状態であれば、こちらからどんなアプローチをかけたところで意味を成さないだろう。ならばと、俺は小さく部屋を灯していたランプを持ち、廊下へ出る。この数日で見慣れた場所へ辿り着くと、同じような小さな光に照らされた部屋でマリアさんが書き物をしていた。

「こんばんは、マリアさん。夜は冷えますね」

 驚かせないようにマリアさんの正面に周り、目線を合わせる。書き物から視線を上げたマリアさんの瞳はメガネ越しでも小さく見開かれたのがわかった。

「あら、レニエさん。こんな夜遅くにどうされたんですか?」

「ちょっと、早急にお聞きしたいことがあって……」

「レニエさん、立ち話もなんですから座りませんか? 今飲み物も持ってきますね」

 寒さで頬を赤く染めながらマリアさんは慌ただしくキッチンへ飲み物を取りに行く。

「あっ……お気遣いなく、って聞こえてないか……」

 見えなくなった背中に小さく声をかけるも、届かなかった。俺はお言葉に甘えてマリアさんが座っていた席の対面に腰を据える。どうやらマリアさんは教会の帳簿を記入していたようだ。今月の支出が事細かに書かれている。
 この教会はこの土地を治める公爵家によって運営されているそうだ。そのため毎月何に使用したのか詳細に書き連ね、提出しなければならない。不正防止は重要なことであるが、どう考えてもマリアさん一人にやらせる仕事量を超過している。会ったこともない公爵家の人間に呆れながら帳簿を見ていると、パタパタと小さく慌てた足音が聞こえた。マリアさんが戻ってきたようだ。

「遅くなっちゃってごめんなさいね」

 そう言ったマリアさんはお盆の上に乗せてあった白湯を俺の目の前に置く。

「いえ、こちらこそ手間をとらせてしまって申し訳ない、いただきます。それで、話なのですが……」

「レオンとキースのことよね?」

 エスパーか、マリアさんはエスパーなのか。俺は驚きを隠すことなく表情に表したつもりだったが、マリアさんは気付いていないようだ。

「機密事項というわけではないのだけれど、周囲に言いふらすような話でもないの……。それでも聞きたい?」

 可愛らしくこてんと首を傾げるマリアさんに、頂いた白湯を口につける。

「俺は、その話の中に二人とコミュニケーションを取ることができるヒントが隠されているのであれば、是非とも聞かせてほしいです」

「……ふふっ。わかったわ。そうね、あれはあの子たちがここに来た当初の話——」



 眩しい日の光に照らされながら裏手にある農地で俺は雑草を毟っていた。子どもたちの様子を随時確認しながら、視界に黒髪を捉えるとにじり、にじりと静かにゆっくり、しかし着実に近づいて行く。勿論付近に生えている雑草を抜くことを忘れずに。
 やっと目的の位置にまで辿り着き一安心していたその時、黒髪が近付いてきた俺に気付いてしまった。隠しきれない驚きと僅かに滲ませた恐怖を俺は見逃さなかった。急いで俺から距離を取るようにして立ち上がった黒髪——レオンに俺はすかさず声をかける。

「レオン。今日、一緒に夜ご飯を作らないか?」

 相手が聞いてくれるとは限らない為、端的に結論のみ伝える。俺に完全に背を向けて距離を取る体制に入っていたレオンは、ピタリと動きを止める。このチャンスを逃すわけにはいかないと、俺はさらに言葉を続ける。

「レオンは俺が作る料理に不信感しか無いんだろう? ならば、一緒に作れば俺が何か余計なことをしないか見張ることができる。レオンがずっと足りない食事をすることは俺も本望じゃない」

 我ながらとても良い提案なのでは無いか、そう思い鼻高々な状態の俺にレオンは振り返る。群青の瞳は鋭く、剣呑さを宿していた。

「お前、俺たちのこと嗅ぎ回ってただろ。気付かないとでも思ったのか?」

 初めてレオンの声をちゃんと聞いた気がした。言葉の節々には棘しかないが。俺はキョトンとしながらレオンを見つめると、あからさまに溜息を吐かれた。

「いつも無表情で何考えてるかわかんなくて気持ち悪いんだよ。俺たちに関わるんじゃねぇ」

 ハッキリとした拒絶の言葉をぶつけ、最後に俺をもう一度ひと睨みするとレオンは去っていってしまった。レオンの背中を眺めながらマリアと話をしていた内容を思い出す。

『レオンは親に売られて、男娼にさせられる直前で保護された子だったの。詳しいことはわからないのだけれど、親元にいた時も酷い虐待を受けていたそうよ。それが原因で心を閉ざしてしまった……』

 レオンは俺には想像もつかないほど苦労と苦い経験をしてきたのだろう。だが、それを『可哀想』の一言で済ませる気も、ましてや同情する気は一切ない。全てを引っくるめて俺はレオンと向き合っていく。まずはレオンが安心してご飯を食べることができる環境にしていきたい。そのために俺ができることは何でもやろうと思った。例え暴言を吐かれようが暴力を振るわれようが——。



 ガシャン。目の前でスープの入った食器が床に叩きつけられた。幸い木でできている食器は割れることがなかったが、スープは食べられる状態ではなかった。叩きつけた張本人——キースは荒く息を吐きながら金色の瞳で睨め上げてくる。

「あんた、一体何がしたいわけ!? 僕がいない時にレオンに近寄って、一緒にご飯を作ろう!? 寝言も大概にしときなよ!」

 叫ぶようにして言葉をぶつけてくるも、それでも怒りは治らないのか床に落ちたスープを足でぐちゃぐちゃに踏みつける。

「どいつも、こいつも!! 僕とレオンの邪魔ばかりして……! あんたみたいな気持ち悪い男、とっとと死んじまえ!!」

 治らない癇癪のなすがまま飛び出していったキースの後ろ姿を無言で見つめる。直球で死ねは久々に聞いたかもなぁ……。というかキース、俺とレオンの会話を聞いていたんだ。一体どこで?
 俺は首を傾げながらキースが散らかした床を静かに掃除し始める。キースの怒りに直面させてしまった他の子どもたちは萎縮してしまい、食卓は静寂に包まれていた。そんな中、俺は青い顔で俺の手伝いをしてくれているマリアの顔をちらりと盗み見する。

『キースは……ここに来る前、路地裏でウリと窃盗を繰り返してどうにか生活していた子だったの。物心着く頃には親はいない、自分が知っているのは大人の汚い欲望だけ。幼い頃からそんなものに晒され続けていた彼らはどうしても人を信じることができず、拒絶してしまう。彼らが私のことをどう思っているのかは私でもわからないわ……。でも、それでも私は何があってもあの子たちを見捨てることはしないし、それは貴方も同じでしょう?』

 気まずい雰囲気の中、どうにかして終えた食事にみんな疎に部屋へと戻って行く。食器を片付ける為残ったマリアさんに、俺は以前の問いかけへの返答をもう一度口にする。

「マリアさん、俺は貴方と同じです。例えどんなことをされようとも、彼らを見捨てることはありません」

 ハッキリと伝えたその言葉に、マリアさんは驚いたように振り返り、安心したのか目尻に涙を浮ばせながら柔らかく笑った。
 そう、例えどんなことをされようとも〝あれら〟と比べれば何倍も、何十倍も可愛いものなのだから——。
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