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王子殿下の探し人 ①
しおりを挟む王宮に招集され、アレクシスの花嫁選定について説明を受けた日から、およそ三週間後。
シルヴァーノ伯爵家に届いたファルトニア王室の紋章が捺された封筒を開いてみると、そこには思いもよらない内容が綴られていた。
(まさか、ミリアが選ばれるなんて……!)
なんと花嫁選定の『最終候補者』のひとりに、ミリアが選ばれたのである。
(でも当然ね。ミリアは天使のように可愛いから……!)
妹を溺愛しているがゆえの欲目もあると思うが、ミリアは本当に可愛い。
淡い金色の髪と明るい緑色の瞳は、ティアナのそれとまったく同じ色彩である。だが腰まで伸ばした長い髪がしっかりストレートのティアナと異なり、ミリアはゆるっとふんわりな巻き髪を生まれ持ったため、外見が子犬のように愛くるしい。それに身体の弱さに負けないようにと表情はいつも明るく笑顔で、些細な仕草にも愛嬌がある。
こんなにも可愛らしいミリアなのだから、アレクシスの花嫁候補として名前が挙がるのは当たり前だと思える。
しかし五人の最終候補者に選ばれてしまったことで、ミリア本人はかなりの負担を感じているようだった。
「お姉さま……眠たいです……」
「しっかりなさい。午後の授業はまだ始まったばかりでしょう?」
「うぅ……」
ティアナの励ましにミリアが情けない声を発する。体調や気分が悪いのではなく、単純に眠たいのだろう。
しかしそれも当然だ。普段の朝はティアナが声をかけるまで心ゆくまで眠り、起床したあとものんびりと身支度をしているミリアが、ここ数日は毎日早起きをして王宮を訪れ、朝から晩まで『王子妃教育』の授業を受けているのだから。
花嫁選定の始まりはアレクシス本人への挨拶とささやかな対話のみだったが、実はその受け答えや立ち振る舞いも選定の対象となっていたらしく、三日後に届いた通知で半数以上の令嬢が対象外とされたと聞いている。
その後、残った者のみが再度王宮へ招かれ、ファルトニア王国の宰相夫人が主催するお茶会へ参加することとなった。お茶会にアレクシスの姿はなかったが、そこでのマナーや挨拶、会話の内容も選考基準となっていたようで、最終的に残ったのはミリアを含むたった五人の令嬢だった。
このときまではいつ、どこを見られて、なにを指標に審査されているのかわからなかった。だが最終選定からは、これまでと同様の挨拶や立ち振る舞いの基礎に加え、より格式高い礼儀作法、読書会やティーパーティーの催し方、歌やダンス、周辺諸国や友好国の言語での読み・書き・会話、政治・経済・地理・歴史といった社会常識など、多岐にわたる『王子妃教育のさわり』を学んでいく。それだけでも大変なのに、ある程度授業が進むとその都度試験が行われ、合格点に届かない場合は容赦なく落とされる、というのだ。
この工程を幾度となく繰り返し、最終的にアレクシスの『花嫁』となる令嬢が選ばれる。――という話は最初の説明や質疑応答でも伝えられていたようだが、正直ティアナもミリアも自分たちには無関係だと思っていたので、内容をしっかりと聞いていなかった。
もちろん、わざと手を抜いて最終候補から外れることもできるだろう。だがその結果は当然のようにマクシムに伝わるし、場合によっては『アレクシスの花嫁になることを拒んだ』と捉えられかねない。だったらこれまでの段階で脱落できるよう振る舞っておけばよかったのだが、いつどこを確認されていたのかわからなかったので、今さら嘆いてもどうしようもない。
あまりにも過酷な環境に身を投じることとなったミリアだが、実は利点もあった。
なんと最終候補者となった者には、仮にアレクシスの花嫁に選ばれなかったとしても、ファルトニア王室が責任をもって『良い縁談』を用意してくれるというのだ。
おそらく花嫁選定のすべての授業と試験の日程を終えるまでにかなりの期間を要するため、うら若き令嬢の貴重な時間を奪うことを補償する、という意図があるのだろう。
つまり最終候補者に残った時点で、ミリアが良縁を結べる未来は確約されたようなもの。それを知っていたのか、王宮の報せを受け取ったマクシムは歓喜に踊り狂う勢いでミリアを褒め称えた。
しかしまったく選ばれるつもりはなく、進行役の話すら真剣に聞いていなかったミリアは、ただ呆然とするしかない。もうすぐ伯爵領に帰れると思って荷造りをすすめていたティアナも、どんよりとした気持ちで荷物をほどく羽目になった。
「ティアナお姉さまと一緒がいいです……」
「私が王子妃教育の授業を受けるわけにはいかないでしょう」
この数日間の出来事を思い出していると、ミリアがまたティアナにぎゅっと抱き着いてきた。その様子から、できることなら穏便に選考から落ちたい、授業中もティアナに傍にいてほしい、と感じていることが窺えた。
もちろんミリアの気持ちはわかるが、ただの付き添い人であるティアナが教室の中まで同行するわけにはいかない。
泣き言をいうミリアの頭をよしよしと撫でて慰めていると、講義室の前を通りがかった一人の男性に声をかけられた。
「姉妹仲がよろしいのですね」
「! アレクシス殿下……!」
講義室の前でくっつくティアナとミリアに声をかけてきたのは、まさかのアレクシス本人だった。
最初に会った日以来、花嫁候補者となる令嬢たちの前に姿を見せていなかったアレクシスが急に現れたことに驚いたのか、ミリアが慌ててティアナから離れる。
「ご機嫌麗しゅうございます、アレクシス殿下」
「ミリア嬢も、お元気そうでなによりです。ティアナ夫人も」
廊下に置かれたソファから立ち上がったミリアがお辞儀をすると、アレクシスもにこやかな笑みを浮かべて挨拶を返してくれた。
ティアナはアレクシスに名前を名乗ったことはないが、先ほどミリアが『ティアナお姉さま』と呼ぶのを聞いていたのだろう。
しかしミリアが反応したのは、アレクシスが呼んだ姉の名前そのものではない。後ろに添えられた敬称の方だ。
「夫人……?」
ミリアの疑問の声に、ティアナも思わずハッとする。
(殿下は、私が現在も既婚者だと思っているのね……!)
アレクシスと最初に会話をしたあの日、ティアナは『私はすでに結婚した身』だと自己紹介したが、それはあくまで『アレクシスの花嫁候補者として紹介されなかった理由』を説明するための言い回しであって、ティアナの現在の状況を誤認させる意図はなかった。
それに花嫁選定が進み、ミリアが候補者として残された時点で家族の身辺も調査され、その過程でティアナが未亡人であることも知られたとばかり思っていた。ゆえにティアナは、自分がアレクシスから『ティアナ夫人』などと呼ばれるとは思ってもいなかったのだ。
(て、訂正した方がいいかしら……?)
現在のティアナが未婚だろうと既婚だろうと、アレクシスにはなんの影響もない。ティアナ自身が彼の花嫁候補になるわけではないのだから、どちらであっても関係はない。しかし誤解されていると知っていて置し続けるよりは、事実を伝えて彼の認識を正しておく選択が誠実な気する。
ならば、と意気込んだティアナが口を開こうとした瞬間、講義室へ入ろうとしていた年配の女性がこちらを向いて、大きな声を発した。
「ミリア=シルヴァーノ嬢! 授業を再開しますわよ!」
「! はい、ただいま参ります」
どうやら彼女が次の授業の講師らしい。声をかけられてハッとしたミリアが、その場でドレスの端をつまみゆっくりと膝を落とす。
「それではアレクシス殿下、ティアナお姉さま。失礼いたします」
「ええ、いってらっしゃい」
次の授業へ向かうミリアを笑顔で送り出す。その後、アレクシスに気づいて目礼をした女性とミリアが講義室へ消えると、廊下にはティアナとアレクシスだけが残った。
「俺のせいで受けたくもない授業を受けさせてしまい、申し訳ない気持ちですね」
隣に並び立ったアレクシスがぽつりと呟いたので、思わず笑みがこぼれてしまう。
「他家のご令嬢はともかく、ミリアにとっては良い機会ですわ」
ティアナの一言を耳にしたアレクシスが、ちらりと横目でこちらを見る。視線を感じたので顔をあげてみると、案の定彼と目が合った。
「妹は身体が弱くて、聖アルマ学院の授業には半分ほどしか出席できなかったのです。今は元気になりましたが、他のご令嬢より学びの機会が少なかったので、様々な知識を得られるこの花嫁選定の授業を楽しんでいるようですわ」
「そう言っていただけると、少し罪悪感が薄れます」
ティアナの説明にアレクシスがそっと微笑んでくれる。
ちなみにこれは嘘ではない。たしかにミリアは病弱で体力がなく、朝にも弱く、花嫁選定も億劫がっているが、勉強そのものが嫌いなわけではない。
実はミリアは、知識や経験が豊富な講師からさまざまな分野を学べることを喜んでいる。発見が多い日々に楽しみを見出している。
その証拠に、毎日帰りの馬車の中でその日聞いた授業の内容をティアナに教えてくれるが、彼女の目は常にきらきらと輝いていて、熱心に語る口調はいつも軽快だ。そのはつらつとした姿に、話を聞いているティアナも嬉しくなってしまうほどである。
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