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警告と苛立ちと ②
(前言撤回! やっぱりラザールさまにも、良識なんて皆無だわ……!)
イクシアの民のため懸命に領地経営に励んでいるという意味では、ジャックよりまともな領主なのかもしれない。
だがティアナに対する侮辱や尊大な態度は、とても受け入れられない。本来秘すべき話題を大きな声であけすけに話す姿を目の当たりにすると、彼も良心や常識など持ち合わせていないのだと思い知る。
ラザールに対して強い嫌悪感を抱いているのなら、今すぐ会話を打ち切って、ここを立ち去るべきだろう。
しかしエントランスホールへ続く通路にラザールが仁王立ちしているせいで、シルヴァーノ伯爵家の馬車が停まっている場所へ辿りつけない。それに今のティアナは、忘れものを取りに行ったミリアを待っているのだ。
ティアナが逃げないのをいいことに、ラザールがさらにこちらへ一歩近づいてくる。
「君がアレクシス殿下と釣り合うはずがないんだよ、ティアナ!」
ラザールが表情を歪めながら発した一言に、胸の奥がずきりと疼く。誰よりも自分が一番理解していることをストレートに言語化されて、ティアナの中に小さな反発心が生まれる。
「そんなことは、私だって理解しております……!」
「だったら花嫁選定なんてさっさと辞退して、イクシアに戻ってくれないかな!?」
「!?」
ティアナの返答を聞いたラザールが、その言葉を待っていたと言わんばかりに語気を強める。
年齢や結婚歴を含め、己の身の程を弁えているのならばなおさら、第二王子であるアレクシスの隣に立つなどと大それたことは考えるべきではない――それがラザールの言い分らしい。
ティアナもラザールの考えが大きく間違っているとは思わない。むしろ彼の主張は的を射ていると思う。
ただ、ティアナがアレクシスに選ばれない話や花嫁選定を辞退する話と、ティアナがラザールと再婚する話は、まったく別の問題である。それとこれとは完全に分けて考えるべきだ。
しかしラザールはティアナが辞退さえすれば、自分に都合のいいように話が転ぶ、自身の主張を通せる、と信じているらしい。
(その話は、もう終わったはずでしょう……!)
ラザールとの再婚の話は、とうの昔に立ち消えたはずだ。そのためにティアナは、乙女かどうかを確かめられるという羞恥の検査を受けたのだ。ラザールもカミラの出した結論に落ち度がなかったからこそ、納得してくれたはずなのに。
絶望するティアナに近づくよう、ラザールが腕を伸ばしてくる。その仕草にびく、と怯える。
「国中のどんな女性も選び放題のアレクシス殿下より、僕の方が君を必要としているんだよ」
ラザールの指先が眼前まで迫り、思わず身が竦む。――その瞬間、ティアナの背後にある男性の低い声が響いた。
「――選び放題?」
「!?」
聞こえた声に驚いて、後ろへがばっと振り返る。するとティアナの背後に、不機嫌な表情のアレクシスが立っていた。
「! あ、アレクシス殿下……!」
ティアナも十分驚いたが、それ以上にラザールの方が驚いたらしい。アレクシスの登場に口はぱくぱくと動いているが、先の言葉は一切紡げず、その場から動くこともできず、驚愕のまま岩石のように硬直する。
教室に現れなかったので、今日はもうアレクシスとは会えないのだろう、と思っていた。だが突然この場に現れ、さらにラザールの魔手から守るようティアナの身体をぐいっと引き寄せてくれる。
「ラザール=イクシア侯爵ですね」
ティアナを抱き寄せたアレクシスが、ラザールを強く睨みつける。
いつもにこにこと朗らかで、相手が誰であっても柔和な態度を崩さないアレクシスには珍しく、ラザールに対して明確に敵意を剥き出しにしている。――相当怒っているらしい。
「あ、あの……! アレクシス殿下……!」
突然の第二王子の出現に慌てふためくラザールだが、よくよく考えればそれほどおかしなことではない。ここは王族たちも生活する王宮なのだ。現在地はエントランスと議会棟や政務棟を繋ぐ回廊の一角だが、王宮の敷地内ならばどこであっても王族と顔を合わせる可能性がある。ラザールもそれに気づいたのだろう。
「あ、アレクシス王子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく……!」
「いいえ、まったく麗しくありませんね」
まずは形式的な挨拶を述べようと考えたらしいラザールだったが、アレクシスは取り付く島さえ与えない。胸に手を当てて腰を折ろうとしたラザールの挨拶を拒否するように、冷たい声で発言を遮る。
ぎょっとしてアレクシスの顔を見上げる。しかしティアナと目が合うといつも麗しい笑顔を見せてくれるアレクシスが、今日はにこりとも笑ってくれない。それどころか、ティアナと視線すら合わないのだ。
ただしそれは、ティアナに対して負の感情を抱いているからではないらしく。
「ティアナ=シルヴァーノ伯爵令嬢が可愛らしく聡明な女性であることは、周知の事実です。ですからイクシア侯爵が口説きたくなる気持ちも、わからないわけではありません」
「……え? あ、アレクシス殿下……?」
「ですが彼女は今、俺の花嫁の最有力候補者なんです」
「!」
アレクシスにきっぱりと宣言されたラザールが、衝撃に目を見開く。
最有力候補者――選定を受けている六人の花嫁候補者の中で、最も花嫁の座に近い者。最終的にアレクシスの相手として選ばれる可能性が高い存在のことだ。
授業の成績や試験の結果、お茶会や昼食会での会話や立ち振る舞いも含め、選定の評価や途中の経過は、王室関係者以外、誰も知ることができない。おそらく最終的な結果が最後に公表されるのみで、途中の評価は今後も知らされることはないのだろう。
そう考えるティアナだったが、アレクシスがあっさりと事情を暴露してしまう。彼としてはただ自身の望みを明言しているだけのつもりだろうが、それは言ってはいけない情報なのでは……? と密かにあわあわしてしまう。
しかしアレクシスには、特に気にする様子がない。そしてこの宣言は、未だにありえない勘違いをし続けるラザールに対して、強力な効果を発揮した。
「彼女が俺の婚約者候補と知りながら口説くということは、俺への反意と受け取ってよろしいのですね?」
「そっ、そんな……! 滅相も……!」
アレクシスの地雷を踏み抜いたと理解した瞬間、ラザールの顔面からサアァッ……と血の気が引いていった。
「し、失礼いたしました……!」
その場にがばっと頭を下げたラザールが、くるりと踵を返してエントランスの方向へ逃げ去っていく。
足元がよたよたともたついていたので、実は足からも力が抜けてしまっていたのかもしれない。だが上手く歩けない不便さよりも、アレクシスに対する驚きと恐怖が勝ったらしく、一度走り出すと彼の姿が見えなくなるまで、そう時間がかからなかった。
残されたティアナの背中からも、どっと力が抜け落ちる。深い息をついたことで、ラザールと向き合うことに多大な恐怖と疲労を覚えていることを自覚するが、ともかくアレクシスのおかげで助かった。
アレクシスの腕からそろりと離れ、しっかりと彼と向き合い、丁寧にお辞儀をする。
「助けてくださり、ありがとうございました」
ラザールを追い払ってくれたことへの感謝を言葉でも態度でも示す。ただしティアナは、ありがたさと同じぐらい羞恥心も抱いていた。
(こんな醜態を、見られてしまうなんて……)
月の仮面舞踏会ではティアナの口から申告していたし、その後アレクシス自らも調査していたようなので、当然把握はされていると思うが、それでもかつての婚家のことを――イクシア侯爵家との繋がりやラザールがここまでティアナに執着していることを、アレクシスには知られたくなかった。
おそらくラザールは、領地運営に関する相談や政務関係の書類提出のために王宮を訪れたのであって、ティアナを探し求めてここまでやってきたわけではないだろう。
だが偶然にもばったりと遭遇し、会った途端に豹変し、あれほどまでにティアナに固執してまとわりついてくるとは。
アレクシスもさぞ気味が悪いと思ったことだろう。そう予想できるからこそ、できればアレクシスとは引き合わせたくなかった、と思ってしまう。
(……ミリアの仕業ね)
前後の状況とタイミングを考えると、この状況を作ったのはミリアと考えて間違いない。おそらく彼女はアレクシスが教室へ辿り着く前に彼を呼び止め、『お姉さまはエントランスへ向かいましたよ』などと唆したのだろう。
好奇心旺盛で恋のお話が大好きなミリアは、アレクシスのわかりやすい態度から、彼がティアナを特別視していることに勘づいていた。
だからこそ大した用もないのに教室へ引き返してまで、アレクシスと姉を二人きりにしてあげよう、と思い立ったのだ。アレクシスもその誘導にあえて乗ったため、結果としてここでラザールに遭遇する状況になったのだと思われる。
公平な花嫁選定やアレクシスの不快感を思うと、ミリアはとんだ迷惑キューピッドである。だが正直、ティアナは助かった。
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