【R18】年下王子と未亡人令嬢

紺乃 藍

文字の大きさ
24 / 24

警告と苛立ちと ②

しおりを挟む

(前言撤回! やっぱりラザールさまにも、良識なんて皆無だわ……!)

 イクシアの民のため懸命に領地経営に励んでいるという意味では、ジャックよりまともな領主なのかもしれない。

 だがティアナに対する侮辱や尊大な態度は、とても受け入れられない。本来秘すべき話題を大きな声であけすけに話す姿を目の当たりにすると、彼も良心や常識など持ち合わせていないのだと思い知る。

 ラザールに対して強い嫌悪感を抱いているのなら、今すぐ会話を打ち切って、ここを立ち去るべきだろう。

 しかしエントランスホールへ続く通路にラザールが仁王立ちしているせいで、シルヴァーノ伯爵家の馬車に辿りつけない。それにティアナは、忘れものを取りに行ったミリアを待っているところなのだ。

 ティアナが逃げないのをいいことに、ラザールがさらにこちらへ一歩近づいてくる。

「君がアレクシス殿下と釣り合うはずがないんだよ、ティアナ!」

 ラザールが口角を上げて表情を歪めながら発した一言に、胸の奥がずきりと疼く。

 誰よりも自分が一番理解していることをストレートに言語化されて、ティアナの中に小さな反発心が生まれる。

「そんなことは、私だってわかっております……!」
「だったら花嫁選定なんて、さっさと辞退してくれないかな!?」

 ティアナの返答を聞いたラザールが、その言葉を待っていたと言わんばかりに語気を強める。

 年齢や結婚歴を含め、己の身の程を弁えているのならばなおさら、第二王子であるアレクシスの隣に立つなどと大それたことは考えるべきではない――それがラザールの言い分らしい。

 ティアナも彼の主張が大きく間違っているとは思わない。むしろ彼の意見は的を射ていると思う。

 ただ、ティアナがアレクシスに選ばれない話や花嫁選定を辞退する話と、ティアナがラザールと再婚する話は、まったく別の問題である。それとこれとは完全に分けて考えるべきだ。

 しかしラザールはティアナが辞退さえすれば、自分に都合のいいように話が転ぶ、自身の主張を通せる、と信じて疑っていないらしい。

 それではティアナはなんのために、乙女かどうかを確かめられるという羞恥の検査を受けたのか。カミラの出した結論に落ち度がなかったからこそ、ラザールも納得してくれたのではなかったのか。

 そう考えて絶望するティアナに近づくよう、ラザールが腕を伸ばしてくる。

「国中のどんな女性も選び放題のアレクシス殿下より、僕の方が君を必要としているんだよ」

 ラザールの指先が眼前まで迫ってきたことに身が竦む。――その瞬間、ティアナの背後で男性の低い声がした。

「――選び放題?」
「!?」

 聞こえた声に驚いて、後ろへがばっと振り返る。するとティアナの背後に、不機嫌な表情のアレクシスが立っていた。

「! あ、アレクシス殿下……!」

 ティアナも十分驚いたが、それ以上にラザールの方が驚いている。口はぱくぱくと動いているが、アレクシスの名前を呼んだきり先の言葉は一切紡げず、その場から動くこともできず、驚愕のまま岩石のように硬直している。

 今日は教室に現れなかったので、このままアレクシスには会うことがないのだろう、と思っていた。だがすんでのところで現れた彼が、ラザールの魔手からティアナを守るよう身体をぐいっと引き寄せる。

「ラザール=イクシア侯爵ですね」

 ティアナの身体を抱き寄せたアレクシスが、ラザールを強く睨みつける。

 いつもにこにこと朗らかで、相手が誰であっても柔和な態度を崩さないアレクシスには珍しく、ラザールに対して明確に敵意を剥き出しにしている。――相当怒っているらしい。

「あ、あの……! アレクシス殿下……!」

 突然の第二王子の登場に慌てふためくラザールだが、よくよく考えればそれほどおかしなことではない。ここは王族たちも生活する王宮なのだ。この場所はエントランスと議会棟や政務棟を繋ぐ回廊の一角だが、王宮の敷地内ならばどこであっても王族と顔を合わせる可能性がある。ラザールもそれに気づいたのだろう。

「あ、アレクシス王子殿下におかれましては、ご機嫌麗しく……!」
「いいえ、まったく麗しくありませんね」

 まずは形式的な挨拶を述べようと考えたらしいラザールだったが、アレクシスは取り付く島さえ与えない。胸に手を当てて腰を折ろうとしたラザールの挨拶を拒否するように、冷たい声で発言を遮る。

 ぎょっとしてアレクシスの顔を見上げる。しかしティアナと目が合うといつも麗しい笑顔を見せてくれるアレクシスが、今日はにこりとも笑ってくれない。それどころか、ティアナと視線すら合わないのだ。

 ただしそれは、ティアナに対して負の感情を抱いているからではないらしく。

「ティアナ=シルヴァーノ伯爵令嬢が可愛らしく聡明な女性であることは、周知の事実です。ですからイクシア侯爵が口説きたくなる気持ちも、わからないわけではありません」
「……え? あ……アレクシス殿下……?」
「ですが彼女は今、俺の花嫁の最有力候補者なんです」
「!」

 アレクシスにきっぱりと宣言されたラザールが、衝撃に目を見開く。

 最有力候補者――選定を受けている六人の花嫁候補者の中で、最も花嫁の座に近い者。最終的にアレクシスの相手として選ばれる可能性が高い存在のことだ。

 授業の成績や試験の結果、お茶会や昼食会での会話や立ち振る舞いも含め、選定の評価や途中の経過は、王室関係者以外、誰も知ることができない。おそらく最終的な結果が最後に公表されるのみで、途中の評価は今後も知らされることはないのだろう。

 そう考えるティアナだったが、アレクシスがあっさりと事情を暴露してしまう。彼としてはただ自身の望みを明言しているだけのつもりだろうが、それは言ってはいけない情報なのでは……? と密かにあわあわしてしまう。

 しかしアレクシスには、特に気にする様子がない。そしてこの宣言は、未だにありえない勘違いをし続けるラザールに対して、強力な効果を発揮した。

「彼女が俺の婚約者候補と知りながら口説くということは、俺への反意と受け取ってよろしいのですね?」
「そっ、そんな……! 滅相も……!」

 アレクシスにとって最大の地雷を踏み抜いたと理解した瞬間、ラザールの顔面からサアァッ……と血の気が引いていった。

「し、失礼いたしました……!」

 その場にがばっと頭を下げたラザールが、くるりと踵を返してエントランスの方向へ逃げ去っていく。足元がよたよたともたついていたので、実は足からも力が抜けてしまっていたのかもしれない。

 だが上手く歩けない不便さよりも、アレクシスに対する驚きと恐怖が勝ったらしく、一度走り出すと彼の姿が見えなくなるまで、そう時間がかからなかった。

 残されたティアナの背中からも、どっと力が抜けている。ラザールと向き合うことにこれほどの恐怖感と疲労感を覚えていると自覚すりが、ともかくアレクシスのおかげで助かった。

 アレクシスの腕から逃れ、しっかりと彼と向き合い、丁寧にお辞儀をする。

「助けてくださり、ありがとうございました」

 ただし感謝の気持ちと同じぐらい、羞恥心も抱いている。

(こんな醜態を、見られてしまうなんて……)

 月の仮面舞踏会ではティアナの口から申告していたし、その後アレクシス自らも調査していたようなので、当然把握はされていると思うが、それでもかつての婚家のことを――イクシア侯爵家の醜態やラザールがここまでティアナに執着していることを、アレクシスには知られたくなかった。

 おそらく今日のラザールは、領地運営に関する相談や政務関係の書類提出のために王宮を訪れたのであって、ティアナを探し求めてここまでやってきたわけではないと思う。

 それがばったり会った途端に突然豹変し、あれほどまでにティアナに固執してまとわりついてくるとは。

 アレクシスもさぞ気味が悪いと思ったことだろう。そう予想できるからこそ、できればアレクシスとは引き合わせたくなかった、と思ってしまう。

(……ミリアのおかげね)

 前後の状況とタイミングを考えると、アレクシスが教室へ辿り着く前に彼を呼び止めたミリアが、『お姉さまはエントランスへ向かいましたよ』などと唆したことは容易に想像ができる。

 おそらく好奇心旺盛で恋のお話が大好きなミリアは、アレクシスのわかりやすい態度から、彼がティアナを特別視していることに勘づいていた。

 だからこそ用もないのに教室へ引き返してまで、アレクシスと姉を二人きりにしてあげよう、と思い立った。アレクシスもミリアの好奇心に感謝しつつその誘導に乗ったため、ラザールに遭遇する状況になったのだと思われる。

 公平な花嫁選定やアレクシスの不快感を思うと、ミリアはとんだ迷惑キューピッドである。だが正直、ティアナとしては今回ばかりは助かった。

しおりを挟む
感想 25

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(25件)

らびぽろ
2026.01.27 らびぽろ
ネタバレ含む
2026.01.28 紺乃 藍

らびぽろさん 感想ありがとうございます♪

まだいたんだ、この人… と思われそうですが、まだいました(遠い目)
相変わらず気色悪いですね~~! ティアナのためには早くご退場願いたいんですが、まだまだ粘着してきそうです…!

ティアナは夫人に好印象のようですね…°˖✧ これがきっかけで良い方向へ進めばいいのですが、どうなることでしょう…!
そしてミリアの事情は今作ではさらっとしか触れませんが、そちらもそちらでいつかちゃんと描いてあげたいな~と思ってます…❀

解除
らびぽろ
2026.01.24 らびぽろ
ネタバレ含む
2026.01.25 紺乃 藍

らびぽろさん 感想ありがとうございます♪

そうなんです、アレクシスはもうティアナのことしか見えてないので(笑)他のことは考えていないんですね~。なんというわかりやすい人だ…!
実はミリアには別に好きな人が…なので、全然乗り気ではないんですが、ミリアの立場だったらもっと素直になれたのかもしれないですね~

楽しいおデートの夢いいですね~!
ティアナは一体どんな夢を見たのかしら!
続きもお楽しみいただけると嬉しいです♪

解除
らびぽろ
2026.01.23 らびぽろ
ネタバレ含む
2026.01.24 紺乃 藍

らびぽろさん 感想ありがとうございます♪
更新再開までお時間をいただきありがとうございました!
といっても、ここからも変わらず不定期ではあるのですが…!

マクシムは浮かれっぱなしのようですね~
ティアナ城(笑)はこれからどうするのでしょうか…!
たぶん「嫌い」と言われるまで本気で追いかけてくると思うので、全力VS全力なティアナとアレクシスの追いかけっこが本格化しそうですね…(笑)
この辺りがちょうど折り返しになるのですが、後半戦も楽しんで頂けますと嬉しく思います~!

解除

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~

花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。  だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。  エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。  そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。 「やっと、あなたに復讐できる」 歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。  彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。 過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。 ※ムーンライトノベルにも掲載しております。

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

「ご褒美ください」とわんこ系義弟が離れない

橋本彩里(Ayari)
恋愛
六歳の時に伯爵家の養子として引き取られたイーサンは、年頃になっても一つ上の義理の姉のミラが大好きだとじゃれてくる。 そんななか、投資に失敗した父の借金の代わりにとミラに見合いの話が浮上し、義姉が大好きなわんこ系義弟が「ご褒美ください」と迫ってきて……。 1~2万文字の短編予定→中編に変更します。 いつもながらの溺愛執着ものです。

『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』

由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。 婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。 ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。 「君を嫌ったことなど、一度もない」 それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。 勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

星森
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。