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3章 Side:愛梨
12話
しおりを挟む「玲子メンマ食べて。私これ苦手」
「えー、要らないわよ」
「じゃあ愛梨にあげる」
「ありがとう、友理香ちゃん」
細木 友理香、26歳。ゆるふわの長い髪を靡かせ、短いスカートを綺麗に着こなす派手な見た目に反し、英語と中国語と韓国語、日本語も含めると4か国語を自在に操る才色兼備な派遣の女性通訳。
どういう遺伝子にどういう教育を施したら、こんな仕上がりになるのかと不思議に思う。少なくとも、娘の幼馴染みが色気のある美男子に成長していたことを知ったぐらいで浮足立つような、軽い遺伝子ではだめだろう。なんて母親に対して失礼な感想を持つ。
SUI-LENで週に1~2回の業務が始まった友理香は、特に企画部・営業部・マーケティング部に多く出入りしている。海外進出を掲げた新規プロジェクトチームが次の商品展示会にブース出展する事と、その展示会に中国からのバイヤーが多く来訪する事が関係しているらしい。
「うちの会社には慣れたかしら?」
「ぜーんぜん慣れない!」
玲子に訊ねられ、友理香は明るい声で否定しながら胸を張った。はっきりとした口調に、愛梨も玲子も思わず笑ってしまう。
愛梨や玲子は新規プロジェクトのメンバーではない。けれど派遣通訳者である友理香とプロジェクトメンバーは微妙に休憩時間が合わないらしく、1人でいたところを愛梨と玲子が話し掛けた事で、友理香に懐かれてしまった。見た目と違って人懐っこい性格なのが、また可愛らしい。
「友理香ちゃん、ラーメン好き?」
「うん! 日本のラーメンは中国のよりバリエーション豊富で美味しいよ」
「へえ、そうなんだ」
「愛梨は社食で麺類食べないよね?」
「だって汁飛んじゃうもん」
3人でそんな事を話していると、友理香の身体が突然ピクリと反応した。箸を進める愛梨と玲子の背後へ向かって、友理香が右手を上げて振り回す。
「雪哉ー」
聞こえた名前にびくっと身体が跳ねたが、気付いたのは玲子だけで、2人の背後をじっと見つめていた友理香は愛梨の様子に気付かなかった。嫌な予感を感じたが逃げも隠れも出来ずにいると、呼ばれた雪哉が愛梨たちのいるテーブルへ近付いてきた。
「こんにちは。…えっと?」
一応知らないフリをしたのか、それとも玲子とは初対面なので完全なフリではなかったのか、傍にやって来た雪哉が首を傾げる仕草をした。それに気付いた友理香が、雪哉に玲子と愛梨を紹介する。
「マーケティング部、販売促進課の池田玲子さんと、市場調査課の上田愛梨さん」
「はじめまして。通訳の河上雪哉です」
はじめまして、は玲子に向けた言葉だとわかる。玲子も雪哉に向かって円滑な動作で頭を下げた。
愛梨も頭を下げた方がいいのかと思ったが、『それもわざとらしいかな』と考えているうちにあっさり機会を逃してしまう。
「雪哉もここに座りなよ」
そう言って空席だった隣のイスを引いた友理香を止めるワードなど、愛梨は持ち合わせていない。雪哉は気まずい心地など何処吹く風の軽やかな動作で、友理香の横、愛梨の正面に腰を落ち着けた。
およそ1週間前。
愛梨の実家に行った際に雪哉から大胆な告白を受けたが、今のところ雪哉が愛梨に対して何か行動をする様子はなかった。『俺の方が好きって言わせる』と言い切った割には特に音沙汰がないことに、完全に油断していたところだった。
「雪哉は定食?」
「そう。A定食って書いてたけど、量多いな」
「A定食は男性向けの味が濃くて量が多いものが多いんです。B定食の方が栄養管理もされててバランスいいのでおすすめですよ」
「そうなんですね。じゃあ今度からB定食にします」
黙ってしまった愛梨を余所に、他3人の会話はそれなりに弾んでいる。
「愛梨のはB定食でしょ?」
「う、うん」
友理香に突然話題を振られ、挙動不審になりながらもとりあえず頷く。すると友理香の問いかけを聞いた雪哉の声のトーンが、少しだけ上向きになったのが分かった。
「友理香。彼女たちの事、下の名前で呼んでるんだ?」
「うん。2人とも1つ年上だから、雪哉と同じ歳なんだよ」
「そう、じゃあ俺もそうしようかな。2人とも敬語じゃなくていいよ。堅苦しいのは苦手だから」
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