約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

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5章 Side:愛梨

13話

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 ノック後の返事も待たずに通訳室の扉を開けると、やはり想像通りの状況になっていた。

 扉を開いてすぐのところで向かい合っていた2人が、愛梨の入室に気付いて視線を向けてきた。だが愛梨の登場を気にしている場合ではないようで、雪哉にも友理香にも声を掛けられることはなかった。

「友理香。どういうつもりか説明してくれる?」

 はぁ、と溜息をついた雪哉が腕を組んで友理香に視線を戻す。友理香は雪哉の部下というわけではない筈なのに、既に説教が始まってしまっている。

「俺たちはここに通訳として雇われてるんだ。あの場でクライアントを放置して職務放棄するなんて許されることじゃない」

 その言葉に思わず息を飲む。
 雪哉は一連の出来事を全て見ていたわけではない。それでも愛梨が置かれていた先程の状況を的確に言い当てた。

 友理香は英語で話しかけられたのに、知らないフリをして『わざとに』愛梨を放置した。不自然なほどに黙ってしまった友理香を目の当たりにして、愛梨ももしかして、と思った。そのぐらい友理香の感情はわかりやすかった。

 けれど心のどこかでそんなことをするはずがないと思っていた。なのに雪哉は状況を見ただけで全てを理解し、あっさりと『そんなこと』をしてしまった友理香の軽率さを咎めた。

 友理香がどうして『そんなこと』をしたのか。その気持ちが分かっているから、愛梨は友理香を責める気にはなれなかった。

「友理香ちゃんを責めないで。きっと、ちょっと具合が悪くなっただけだよ」
「愛梨、庇わなくていいから」

 名字で呼んだことも、愛梨が口を出してきたことも、今の雪哉は気にしていない。苛立つ雪哉に対して、友理香はスカートの端を握りしめたままずっと俯いている。

「たまたまフォローできたからいいものの、俺や友理香だけじゃなく両方の会社の信用問題に関わる。それが分からない?」
「……ごめん、なさい…」

 友理香がようやく謝罪の言葉を呟いた。

 雪哉の言葉から、先程の男性がSUI-LENの取引先相手だと知る。だから彼は通訳であった友理香の顔を知っていて話しかけてきたし、雪哉もすぐにトラブルの状況を察する事が出来た。

 雪哉の言い分は間違っていない。愛梨は新規事業のプロジェクトメンバーではないが、通訳者たちが『株式会社SUI-LENのコミュニケーション面をサポートする』という契約である以上、社員である愛梨をあの場で放置するのは契約違反となりうる。

「とにかく、これは俺達だけでどうこう出来る問題じゃない。クライアントはともかく、本社には報告させてもらう」
「待って!」

 雪哉は間違っていない、けれど。

 友理香が急に愛梨を突き放した理由には、思い当たる節がある。3日前、愛梨はあの場から安易に逃げ出してしまって、雪哉との関係をちゃんと否定しなかった。友理香が雪哉に想いを寄せていることを知っていたにも関わらず。

 仕事に私情を挟むことは、決して褒められたことではない。勘の良い雪哉は、友理香が困らせるつもりで意図的に愛梨を放置したと語った。友理香もそれを否定しなかった。

 だがそうなった原因の一端には、愛梨が友理香に義理を欠いた所為もある。友理香が雪哉に想いを寄せる恋心を知っていたのに、誤解をさせるような行動を取った。だから誤解した友理香だけを一方的に責める気分にはなれない。

「友理香ちゃんも悪気があったわけじゃないんだから」
「悪気の有無は問題じゃない。仕事に私情を挟んで意図的にクライアントを放置するなんて、とても看過できない。それを安易に許す事は、友理香のためにもならない」

 だが雪哉は怯まなかった。正義感がそれほど強いとは思っていなかったが、友理香に対する怒りを収めてくれない。冷たい瞳で友理香を見下ろす雪哉は、愛梨に対する怒りとは別の怒りを向けているように感じられる。

「友理香ちゃん。本当に誤解なんだよ」

 雪哉の怒りを鎮める方法がわからない。それならば、まずは友理香にちゃんと謝罪をさせた方が早い。そう判断したので雪哉の説得を一旦放置して、友理香に向き直る。

「私ね、河上さんと幼馴染みなんだ」
「え…?」
「仕事に支障がないようにお互い知らないフリしてたの。この前、通訳室で会った時は……少し昔の話をしてただけ」

 言い聞かせるように語ると、俯いていた友理香の意識がこちらに向いた。
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