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最終章 Side:愛梨
14話
しおりを挟む「はーー、もーー、疲れるーー!」
まだ今日の業務は半分しか終わっていない昼休みだと言うのに、既にいつもの数倍は疲れている。
「誰よ、数値入力したの~! 全部1桁ズレてるじゃん…!」
「あはは。愛梨、すごい顔してたぞ」
「だってあのシートすっごい細かいんだもん……。拡大したら端見切れるし、分割すると見てる所わかんなくなっちゃうから、原寸で打ち込むしかなくてえぇ……」
揚げたてで美味しそうな天ぷら定食を前にしても、疲労を愚痴る言葉が止まらない。珍しく一緒になった弘翔に話を聞いてもらうと、弘翔は笑いながら愛梨を慰めてくれた。
弘翔はマーケティング部の情報管理課に所属していて、商品管理や顧客情報管理、販売・流通の調整業務を担っている。日中は工場や販売委託先とのやり取りで社内にいないことも多く、昼食時間が被ることは滅多にないが、今日は割と余裕のあるスケジュールで動いているらしかった。
逆に、データの訂正処理に見舞われた愛梨の方が忙しいぐらいだ。ファイルの詳細を確認すれば誤ってデータを打ち込んだのが誰かなどすぐにわかるが、犯人探しをする時間は訂正作業の時間に回した方が有意義だ。おかげで眼精疲労がひどいけれど。
「肩揉んでやろうか?」
「肩より目がいい…」
「目は潰れるからやめとけば」
「いや、そんな握力MAXに込めなくても!?」
頬を膨らませると、見ていた弘翔がまた笑い出す。そうやって弘翔がいつものように接してくれるのが嬉しい。別れた直後はこのまま嫌われて、口も聞いてくれなくなったらどうしようかと本気で悩んでいたから。
顔を上げて目が合うと、弘翔に『ん?』と首を傾げられる。その仕草に、そっと安心する。弘翔はいつも愛梨を安心させてくれる。それは付き合う前から同じで、付き合っている間も、別れてしまってからも同じだった。
「楽しそうだね」
愛梨がほっとしていると、後ろから声を掛けられた。驚いて振り返ると、現在『安心』からもっとも遠い位置にいる幼馴染みと目が合う。
「ぎゃっ」
「そんなお化けに遭遇したような声出さないの」
雪哉に苦笑いされて、慌てて口を押さえる。食堂のトレーを手にした雪哉が弘翔の方へ向き直った。
「ここ、いいですか?」
「どうぞ。俺はもう戻るので」
「ええっ! 弘翔!?」
立ち上がった弘翔につい慌てた声が出てしまう。折角弘翔がいつも通りに接してくれているのに、雪哉が出現してしまっては彼が気まずいと感じるのも仕方がない。
確かに弘翔はもう食事を終えていた。愛梨には到底食べられそうもない大容量のA定食を綺麗に平らげても、愛梨の仕事の愚痴を聞くために、同じテーブルにいてくれていただけで。そして未だ食事中の愛梨の傍に、これから食事を摂るらしい雪哉が近付いてきたら、弘翔が席を立って離れていってしまうのも、致し方ない。
(2人きりにしないで…!)
と思ったが、そんな状況ではない事も理解している。愛梨は『じゃあな』と寂しそうに笑った弘翔に追い縋ることなどできない。隣に腰掛けた雪哉が満足したように鼻を鳴らしたのを聞いて、愛梨も弘翔を引き留めることは諦めた。
「……今日はB定食にしたんだ?」
「うん。やっぱりこの量ぐらいで丁度いいな」
仕方がないので話しかけると、雪哉が嬉しそうに微笑む。そうして笑顔を向けられると、愛梨もまたドキドキとしてしまう。
愛梨は昨日、雪哉への『恋心』を認識した。やっぱり雪哉が好きだと、気付いてしまった。
けれどまだ、それだけ。愛梨はまだ自分の気持ちや今の状況とちゃんと向き合わなければいけなくて、乗り越えなくてはいけない課題がたくさんある。
雪哉の返答を聞いて『そうだね…』と曖昧に頷く。
ふと、周囲の空気が変わったのを感じ取った。一瞬シンと空気が張り詰めたと思ったのは愛梨の気の所為で、昼休みの食堂は喧騒に包まれている。けれどやっぱり、気の所為じゃない。
(視線が……すごい気になる!)
SUI-LENはそこまで大きな会社ではない。社員の噂話などすぐに広がってしまうし、そこに恋愛事が絡むと好奇の目を向ける者も少なくない。特に雪哉のように独身で容姿の整った男性に関する噂話など、女性社員には何よりも美味しい話題に違いない。
小さな声がこそこそと、好奇の視線がじろじろと向けられている事に気付いてしまう。気付きたくない事に気付いてしまうと、急にごはんの味がわからなくなった。
「どう、愛梨? 俺に言わなきゃいけない事、思い出した?」
そんな周囲の様子など一切気にした様子もない雪哉は、にこりと笑顔を浮かべて愛梨に例の質問をしてきた。
「だから、全然わからないってば。3日連続で同じ質問されても、意味不明だもん」
頬に小さく空気を溜めて、そっぽを向く。雪哉は愛梨に何かを言わせたいらしく、ここ数日、同じ質問を幾度となく繰り返してくる。けれど愛梨には伝えるべき話など思い浮かばない。あると言えば『弘翔と別れた事』ぐらいだが、その事実は雪哉は知らない筈で、雪哉の方から問いかけて来る訳がない。
ようやく自覚した恋心と、ちゃんと向き合いたい。だから雪哉には、弘翔と別れた事をいずれは伝えなければいけないと思う。けれどそれを知った雪哉に急に迫られたりしたら、愛梨には回避する術がない。だから今は少し時間をあけて、心の準備をして……雪哉に伝えるのはそれからにしようと勝手に考えている。
他に思いつくことなどないので、また同じように答えると、聞いた雪哉は残念そうに溜息をつく。いや、そんなあからさまに溜息つかなくても、と思ったところで。
頭を抱える次の案件が発生した。
「河上さん、上田さん。ここいいですかぁ?」
いつの間に近付いてきたのか、テーブルの傍に立っていた女性に突然声を掛けられた。
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