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最終章 Side:愛梨
13話
しおりを挟む『愛梨。俺に何か言う事ない?』
雪哉の声の近さに戸惑いを感じていると、そんな質問を投げられた。昨日と同じ事を問いかけられても、ある1点を除けば他に思い当たる節などない。誰も見ていない部屋の中で1人首を傾げる。
「え? ない…と思うけど……?」
『本当?』
念を押すように確認されてしまう。けれど思考を巡らせても、雪哉に報告するような連絡事項はやっぱり思い浮かばない。
「逆に何かある?」
『ある。すごい大事な話。俺の耳に入れておきたいっていうから、その事だと思ったのに』
「……えぇ?」
『俺は愛梨の口からちゃんと聞きたいんだけど』
「ユキ…? よくわかんないよ」
何か聞きたい事があるなら、はっきりそう言ってくれればいい。答えられる範囲では答えるつもりだし、嘘や偽りを言うつもりもない。
けれどいくら待ってもスマートフォン越しにお互いの沈黙が続くだけで、雪哉からの要望は聞き出せない。
「えっと。私の用件それだけだから、切ってもいい?」
連絡した用件は済んだ。通話終了の承諾を得ようと訊ねると、雪哉に『うーん』と困ったような不満そうな声を漏らされてしまう。
やっぱり何か言いたいことがあるのかな?と思っていると、雪哉が声がまたひどく甘い猫なで声を囁いた。
『好きだよ、愛梨。――俺の方が、愛梨のこと好きだから』
「~~~っ!!」
『おやすみ』
深刻な話があるかのように引き延ばしてみせて、結局口にする言葉は愛梨を口説くための台詞。最後に就寝前の挨拶をさらりと添えて、何事もなかったように電話を切った雪哉が、怖い。
「もぉ!! ゾンビよりユキの方が心臓に悪い!!」
思わずスマートフォンをベッドの上に叩きつけながら、叫んでしまう。
雪哉がわざとに声のトーンを落とすときは、いつも危険な気配がする。今日は本人がそこにいない電話越しでも同じ状態になることが立証されてしまった。
優しい声で名前を呼ばれて、甘い台詞を囁かれると、いつも心臓が大きな音を立ててしまう。その振動が、全身に響いてしまう。
その音を分かりやすく説明するなら『ドキドキ』。それは友理香の言う、恋する音。
身体の内側から波打つように心臓の壁を叩く、力強くて弱々しい、切なくて甘ったるい恋の音。
「……そっか、私……」
その音に気付いて、その意味に気付く。
自分では認められなかった感情に。気付いてはいけないと思っていた事に。雪哉に口説かれ、弘翔に甘えて、玲子に諭されて、友理香に背中を押されて、崎本課長に笑われて。ようやく、気付けた。
愛梨はまた、
「ユキのこと……好きに……」
なってしまっていた。
いや、本当はずっとずっと好きだった。
封印したと思っていた心が、少しも仕舞いきれていなかっただけで。忘れたと思っていた想いが、本当は忘れられていなかっただけで。
その長く寂しい恋からは、弘翔が優しく手を取ってくれたことで1度は離れられた。雪哉がいなくても、愛梨には違う未来や可能性がある事を教えてくれた。弘翔の事はもちろんちゃんと好きだったし、大事にしてきた。
けれどやっぱり、同じ場所に戻ってきてしまった。雪哉に見つめられ、口付けられ、好きだと言われて、また15年前のあの日と同じように、雪哉に恋をしてしまった。
気付いてしまえば、認めてしまえば、案外簡単だ。雪哉が好き。ただそれだけの事だけれど。
「……でも…、」
愛梨はまだ、雪哉の手を取れない。
一方的に約束を反故にした愛梨が、好きだと言われた事に舞い上がって、簡単に雪哉の告白に頷くなんて虫が良すぎると思う。そんな軽い気持ちで、雪哉を受け入れることは出来ない。それに弘翔と別れてまだ1週間も経っていない。雪哉の激しい愛情を受け入れる覚悟だって、まだ全然足りていない。
今の愛梨には、雪哉の気持ちを受け入れるための課題があまりに多すぎる―――
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