約束 〜幼馴染みの甘い執愛〜

紺乃 藍

文字の大きさ
82 / 95
最終章 Side:愛梨

19話

しおりを挟む

 これまでの2度の口付けとは異なる優しい触れ合いを感じ、そのままそっと目を閉じる。力を抜くと、背もたれにしていたベッドがギギッと小さな音を立てた。重なった唇から熱が伝わると、15年前の小さなキスを思い出す。

 まるであの頃に戻ったような。
 純粋で、健気で、可愛らしいキス。

「ちょ、ちょっと、待って!」

 15年前の出来事を思い出していた愛梨のルームウェアの裾から、成長した雪哉の長い指先がするりと入り込んできて、急に現実に引き戻された。可愛かった雪哉と素直だった愛梨の幻が消え、声に驚いた顔をしている雪哉と目が合う。

「や、やだよ……?」

 雪哉の肩に手をついて身体を離し、反対の手で口元を覆いながら拒否の言葉を紡ぐ。何が『嫌』なのか察した雪哉が、少し遅れて呆れた顔をした。

「愛梨、それ本気で言ってる?」
「……え…、えっと……」

 雪哉が何を言いたいのか、この先何をしようとしているのか、いくら恋愛経験に乏しい愛梨だって流石にわかる。わかるからこそ、更に詰め寄ってくる雪哉の事はここで止めておかなければいけない。

「俺は今すぐ愛梨としたい。これ以上待てる気がしないし、待つつもりもない」
「えっ、いや、でも……。私………経験ない、から、その……」

 もにょもにょと口籠って徐々に声が小さくなった末の『経験がない』。雪哉は言葉の意味をすぐには理解出来ず、そのままピタリと動きを止めてしまった。そしてかなりの時間を費やして、愛梨が口にした言葉を吟味したらしい。

「いや、彼氏としたことあるだろ。何で俺が相手だとダメ?」

 眉間を押さえながら困惑と苛立ちの言葉を発した雪哉に、愛梨の方が狼狽えてしまう。嘘をついたわけではない。誤魔化そうとしたわけでもない。愛梨は本当に、雪哉が望む『この先』がわからないのだ。

「愛梨、彼氏と何年付き合ってたの? 何もないとか流石に嘘だってわか……」
「さ、3か月……」

 ささやかな抵抗を塗り替えようとしていた雪哉に、ぼそりと呟く。

 8月末の玲子の結婚式の帰りに、弘翔に告白されて付き合い出した。その1か月後に雪哉と会社のエレベーターで遭遇してから、約2か月が経過している。だからおおよそ、3か月。

「3か月……? たったの?」

 雪哉は愛梨の言葉を信じてくれないらしい。全く納得していない顔でじっと瞳を見つめてくる雪哉に、愛梨も思わず黙り込んでしまう。

「泉さんと付き合う前とか、大学の時の彼氏は?」
「そ、そんな人いないよ」
「……いない? なんで?」
「えっ、だって……いつかユキが迎えに来てくれるんだ、って思ってたから……。その、今まで彼氏が欲しいと思ったことも、なくて……」

 しどろもどろに説明しながら、気まずい心地を味わう。愛梨は実家で彼氏がいる理由を雪哉に訊ねられ、それなりの恋愛経験があるように語ってしまっていた。実はそれがただの見栄でした、と自分の口から説明するのは中々に恥ずかしい。

 愛梨の様子と状況を再考し、雪哉はようやく本当の話だと信じてくれたようだ。黙って何かを考え込んでいる雪哉の顔を恐る恐る見上げる。

「………重い?」
「そんな訳ないだろ。ただ……無理させない自信がなくなってきた」

 雪哉が口元を押さえながら目を逸らしてしまう。無理、ということは……やっぱり痛いんだ。それなら今日じゃなくて、もう少し時間を空けてからにして欲しい。雪哉は経験豊富かもしれないが、愛梨には心の準備が必要だから……

「まぁ、俺は恋人なんていたことないから、重さに関しては愛梨以上だろうけど」
「えっ……?」

 雪哉の何気ない呟きに、驚きの声が出る。
 確かに『昔も今も愛梨だけ』と語る目が嘘をついているとは思っていないが、雪哉が健全な男子なら15年の間に恋人がいた期間ぐらいあっただろうな、と勝手に思っていた。『迎えに来る』と言ってはくれたが、それまでの間に1度も恋人を作らないとも、誰の事も好きにならないとも言っていなかったから。

 思わぬ告白に困惑した愛梨の顔を、雪哉がそっと覗き込んでくる。

「俺は愛梨以外の人に『好き』なんて言った事ない。でも愛梨は、俺以外の人に『好き』って言った事あるんだもんな」

 ずるいな、と耳元で囁かれる。突然の刺激に驚く前に、全身の皮膚表面のすべてに鳥肌が立ったように痺れて、

「んん…!」

 と声が震えてしまった。思わず閉じた瞳をゆっくり開くと、雪哉の指先が愛梨の唇を優しく撫でてきた。

「それに愛梨以外とキスしたことない」
「!? ……いや、それは絶対嘘でしょ」
「何で?」
「だってユキ、すごいキス上手…」

 言ってしまってから、慌ててハッと我に返る。急いで口元を押さえてそろりと顔を上げると、雪哉が意地悪を思い付いた時の顔をしていた。でもその表情は、いつもより少し嬉しそうで。

「愛梨は俺とキスするの好き?」
「え、いや……っ」
「でもこれから、キスよりもっと気持ちいいこと教えるから―――ほら、おいで」

 あんなに怖くて嫌だったはずなのに、雪哉に囁かれると少しの無理なら頑張れそう、と思ってしまう。ためらいの気持ちを押し込んで、ドキドキしながら出された手の上に指を乗せると、その指先をくいっと引っ張られる。雪哉の指先が愛梨の手のひらの中心をスルスルと撫でると、気恥ずかしさとくすぐったさからまたピクリと身体が跳ねた。

 さらに手を引いてベッドの上まで愛梨を誘導した雪哉は、愛梨の肩を抱き寄せてそのまま唇を重ねてきた。ちゅ、ちゅっと小さな音を立てて口付けながら、たまに唇を甘噛みされる。

 優しいキスの雨をなすがまま受けていると、指先で顎を持ち上げられ、今度は更に深く口付けられた。

「ん…、っふ…」

 顎を上げられて自然に開いた口の中に、雪哉の舌が滑り込んできた。柔らかい舌と自分の舌が触れ合うと、なにかいけない事をしている気分になり、つい身体に力が入ってしまう。

「っ…、ふぁ、…ぅ」

 雪哉が息継ぎのために角度を変えるたび、口の端から水と空気を含んだ恥ずかしい音が漏れる。愛梨だってちゃんと息継ぎがしたいのに、雪哉は動きを拘束していつまでも離してくれない。自由を奪う舌の動きが歯の根や舌の裏にまで浸食すると、頭がぼーっとしてつい呼吸をする事さえ忘れてしまう。

「はぁ、…ぁ、」

 息苦しくなって雪哉のシャツの上から胸をトントンと叩くと、その唇が名残惜しそうに離れていく。混ざり合った2人の唾液は互いの唇の間から細く糸を引いて、愛梨のルームウェアの上につつ、と零れた。

 離れた雪哉が熱を帯びた視線のまま笑うと、恥ずかしさでまた全身に火が灯ったような気がした。

 愛梨の右肩を抱いていた手がそっと離れ、首の後ろや鎖骨の上をゆっくりと滑っていく。そして胸のラインを撫でるように触れてきた雪哉が、急に驚いたような顔をした。

「愛梨?……下着どうしたの?」

 びっくりしたように問い掛けられ、愛梨の方が驚いてしまう。雪哉に言われるまで忘れていたが、今の愛梨はお風呂あがりで、かなりリラックスした格好だった。就寝時間にはまだ早いが、再び身体を締め付ける下着を身に着ける訳もなく、ルームウェアの下は当然、裸だった。

「あ、お風呂上がり……だった、から」

 愛梨はそこまで胸が大きい訳ではないので、厚さのあるルームウェアを着てしまえばその下がどうなっているかなど、一見して分かるわけがない。胸に触れたら下着の感覚がなかったので、雪哉も驚いたのだろう。

 普段からすごくだらしない生活を送っていると思われたかも、と恥ずかしくなってくる。

「……ほんと、もう」

 1人でいたたまれなくなっていると、雪哉に耳元で溜息をつかれてしまった。呆れられたと思って、言い訳を紡ごうとした瞬間に雪哉の両手が同時に動いて愛梨のルームウェアの前ボタンを外し始めた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

【完結】僕ら二度目のはじめまして ~オフィスで再会した、心に残ったままの初恋~

葉影
恋愛
高校の頃、誰よりも大切だった人。 「さ、最近はあんまり好きじゃないから…!」――あの言葉が、最後になった。 小島久遠は、新たな職場で、元カレとまさかの再会を果たす。 若くしてプロジェクトチームを任される彼は、 かつて自分だけに愛を囁いてくれていたことが信じられないほど、 遠く、眩しい存在になっていた。 優しかったあの声は、もう久遠の名前を呼んでくれない。 もう一度“はじめまして”からやり直せたら――そんなこと、願ってはいけないのに。 それでも—— 8年越しのすれ違いは、再会から静かに動き出す。 これは、終わった恋を「もう一度はじめる」までの物語。

甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・

希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!? 『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』 小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。 ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。 しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。 彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!? 過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。 *導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。 <表紙イラスト> 男女:わかめサロンパス様 背景:アート宇都宮様

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...