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最終章 Side:愛梨
19話
しおりを挟むこれまでの2度の口付けとは異なる優しい触れ合いを感じ、そのままそっと目を閉じる。力を抜くと、背もたれにしていたベッドがギギッと小さな音を立てた。重なった唇から熱が伝わると、15年前の小さなキスを思い出す。
まるであの頃に戻ったような。
純粋で、健気で、可愛らしいキス。
「ちょ、ちょっと、待って!」
15年前の出来事を思い出していた愛梨のルームウェアの裾から、成長した雪哉の長い指先がするりと入り込んできて、急に現実に引き戻された。可愛かった雪哉と素直だった愛梨の幻が消え、声に驚いた顔をしている雪哉と目が合う。
「や、やだよ……?」
雪哉の肩に手をついて身体を離し、反対の手で口元を覆いながら拒否の言葉を紡ぐ。何が『嫌』なのか察した雪哉が、少し遅れて呆れた顔をした。
「愛梨、それ本気で言ってる?」
「……え…、えっと……」
雪哉が何を言いたいのか、この先何をしようとしているのか、いくら恋愛経験に乏しい愛梨だって流石にわかる。わかるからこそ、更に詰め寄ってくる雪哉の事はここで止めておかなければいけない。
「俺は今すぐ愛梨としたい。これ以上待てる気がしないし、待つつもりもない」
「えっ、いや、でも……。私………経験ない、から、その……」
もにょもにょと口籠って徐々に声が小さくなった末の『経験がない』。雪哉は言葉の意味をすぐには理解出来ず、そのままピタリと動きを止めてしまった。そしてかなりの時間を費やして、愛梨が口にした言葉を吟味したらしい。
「いや、彼氏としたことあるだろ。何で俺が相手だとダメ?」
眉間を押さえながら困惑と苛立ちの言葉を発した雪哉に、愛梨の方が狼狽えてしまう。嘘をついたわけではない。誤魔化そうとしたわけでもない。愛梨は本当に、雪哉が望む『この先』がわからないのだ。
「愛梨、彼氏と何年付き合ってたの? 何もないとか流石に嘘だってわか……」
「さ、3か月……」
ささやかな抵抗を塗り替えようとしていた雪哉に、ぼそりと呟く。
8月末の玲子の結婚式の帰りに、弘翔に告白されて付き合い出した。その1か月後に雪哉と会社のエレベーターで遭遇してから、約2か月が経過している。だからおおよそ、3か月。
「3か月……? たったの?」
雪哉は愛梨の言葉を信じてくれないらしい。全く納得していない顔でじっと瞳を見つめてくる雪哉に、愛梨も思わず黙り込んでしまう。
「泉さんと付き合う前とか、大学の時の彼氏は?」
「そ、そんな人いないよ」
「……いない? なんで?」
「えっ、だって……いつかユキが迎えに来てくれるんだ、って思ってたから……。その、今まで彼氏が欲しいと思ったことも、なくて……」
しどろもどろに説明しながら、気まずい心地を味わう。愛梨は実家で彼氏がいる理由を雪哉に訊ねられ、それなりの恋愛経験があるように語ってしまっていた。実はそれがただの見栄でした、と自分の口から説明するのは中々に恥ずかしい。
愛梨の様子と状況を再考し、雪哉はようやく本当の話だと信じてくれたようだ。黙って何かを考え込んでいる雪哉の顔を恐る恐る見上げる。
「………重い?」
「そんな訳ないだろ。ただ……無理させない自信がなくなってきた」
雪哉が口元を押さえながら目を逸らしてしまう。無理、ということは……やっぱり痛いんだ。それなら今日じゃなくて、もう少し時間を空けてからにして欲しい。雪哉は経験豊富かもしれないが、愛梨には心の準備が必要だから……
「まぁ、俺は恋人なんていたことないから、重さに関しては愛梨以上だろうけど」
「えっ……?」
雪哉の何気ない呟きに、驚きの声が出る。
確かに『昔も今も愛梨だけ』と語る目が嘘をついているとは思っていないが、雪哉が健全な男子なら15年の間に恋人がいた期間ぐらいあっただろうな、と勝手に思っていた。『迎えに来る』と言ってはくれたが、それまでの間に1度も恋人を作らないとも、誰の事も好きにならないとも言っていなかったから。
思わぬ告白に困惑した愛梨の顔を、雪哉がそっと覗き込んでくる。
「俺は愛梨以外の人に『好き』なんて言った事ない。でも愛梨は、俺以外の人に『好き』って言った事あるんだもんな」
ずるいな、と耳元で囁かれる。突然の刺激に驚く前に、全身の皮膚表面のすべてに鳥肌が立ったように痺れて、
「んん…!」
と声が震えてしまった。思わず閉じた瞳をゆっくり開くと、雪哉の指先が愛梨の唇を優しく撫でてきた。
「それに愛梨以外とキスしたことない」
「!? ……いや、それは絶対嘘でしょ」
「何で?」
「だってユキ、すごいキス上手…」
言ってしまってから、慌ててハッと我に返る。急いで口元を押さえてそろりと顔を上げると、雪哉が意地悪を思い付いた時の顔をしていた。でもその表情は、いつもより少し嬉しそうで。
「愛梨は俺とキスするの好き?」
「え、いや……っ」
「でもこれから、キスよりもっと気持ちいいこと教えるから―――ほら、おいで」
あんなに怖くて嫌だったはずなのに、雪哉に囁かれると少しの無理なら頑張れそう、と思ってしまう。ためらいの気持ちを押し込んで、ドキドキしながら出された手の上に指を乗せると、その指先をくいっと引っ張られる。雪哉の指先が愛梨の手のひらの中心をスルスルと撫でると、気恥ずかしさとくすぐったさからまたピクリと身体が跳ねた。
さらに手を引いてベッドの上まで愛梨を誘導した雪哉は、愛梨の肩を抱き寄せてそのまま唇を重ねてきた。ちゅ、ちゅっと小さな音を立てて口付けながら、たまに唇を甘噛みされる。
優しいキスの雨をなすがまま受けていると、指先で顎を持ち上げられ、今度は更に深く口付けられた。
「ん…、っふ…」
顎を上げられて自然に開いた口の中に、雪哉の舌が滑り込んできた。柔らかい舌と自分の舌が触れ合うと、なにかいけない事をしている気分になり、つい身体に力が入ってしまう。
「っ…、ふぁ、…ぅ」
雪哉が息継ぎのために角度を変えるたび、口の端から水と空気を含んだ恥ずかしい音が漏れる。愛梨だってちゃんと息継ぎがしたいのに、雪哉は動きを拘束していつまでも離してくれない。自由を奪う舌の動きが歯の根や舌の裏にまで浸食すると、頭がぼーっとしてつい呼吸をする事さえ忘れてしまう。
「はぁ、…ぁ、」
息苦しくなって雪哉のシャツの上から胸をトントンと叩くと、その唇が名残惜しそうに離れていく。混ざり合った2人の唾液は互いの唇の間から細く糸を引いて、愛梨のルームウェアの上につつ、と零れた。
離れた雪哉が熱を帯びた視線のまま笑うと、恥ずかしさでまた全身に火が灯ったような気がした。
愛梨の右肩を抱いていた手がそっと離れ、首の後ろや鎖骨の上をゆっくりと滑っていく。そして胸のラインを撫でるように触れてきた雪哉が、急に驚いたような顔をした。
「愛梨?……下着どうしたの?」
びっくりしたように問い掛けられ、愛梨の方が驚いてしまう。雪哉に言われるまで忘れていたが、今の愛梨はお風呂あがりで、かなりリラックスした格好だった。就寝時間にはまだ早いが、再び身体を締め付ける下着を身に着ける訳もなく、ルームウェアの下は当然、裸だった。
「あ、お風呂上がり……だった、から」
愛梨はそこまで胸が大きい訳ではないので、厚さのあるルームウェアを着てしまえばその下がどうなっているかなど、一見して分かるわけがない。胸に触れたら下着の感覚がなかったので、雪哉も驚いたのだろう。
普段からすごくだらしない生活を送っていると思われたかも、と恥ずかしくなってくる。
「……ほんと、もう」
1人でいたたまれなくなっていると、雪哉に耳元で溜息をつかれてしまった。呆れられたと思って、言い訳を紡ごうとした瞬間に雪哉の両手が同時に動いて愛梨のルームウェアの前ボタンを外し始めた。
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