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嘘愛スパイラル
Good-Night in your arms.
しおりを挟むお風呂から上がって部屋に戻ると、ベッドの上にいたはずの彩斗の姿が消えていた。
トイレかな? と意識の片隅で思いながら自分のベッドに近付いて、驚く。言葉を失った視線の先――深月のベッドの上に、彩斗がうつぶせで眠っていた。
「え、ちょっと!? なんで私のベッドで寝てるの!」
さっきまで自分のベッドにいたはずなのに、どうして深月のベッドに移動しているのか。
確かに帰宅した彩斗はどことなくウトウトしていて、眠たそうな顔はしていた。相当疲れているのか、食事と入浴を短時間かつ一気に終えると、さっさと自室に引っ込んでしまった。だから今日はすぐに寝ると思っていたのに。
いや、確かに予想した通り寝てはいる。でもどうしてそうなる!? 寝る場所がおかしい!
「ここ私のベッドだから! 彩斗のベッドはあっちでしょ!?」
慌てて身体を揺すっても迷惑そうな唸り声を出すだけで、彼に起きる様子はない。辛うじて顔は横に向けてくれたが、すぐにすーすーと小さな寝息を立てはじめる。
一緒の部屋で過ごすようになって知ったが、彩斗はうつ伏せで寝るのがクセらしい。疲労感からベッドの上に倒れ込むと、そのまま眠ってしまう様子をよく目にする。肺や喉を圧迫して呼吸や発声に影響するからあまりいい寝方じゃないんだけどな、と笑っていたので身体に良くない自覚はあるようだ。けれどその寝方は直せないらしい。
なにそれ可愛い、とただのファンでは知り得ないプライベートを知った当初は、思わずきゅんとしてしまった。だが自分のベッドでそれをやられるとは思ってもみなかった。シーツに身体を沈めて、首だけをこちらに向けている寝顔を見つめている場合ではない。
「彩斗、起きてってば!」
「んー、うるせー……」
本格的に眠ってしまう前にちゃんと起こさなきゃ、と再度声を張り上げて、身体を揺らす。けれど安眠に介入する深月が鬱陶しいとでも言うように、彩斗は深月の手を払いのけるとすぐにまた寝息を立て始めてしまう。
疲れて眠っているのであれば、起こすのは可哀そうだ。けれどベッドを占領されてしまっては深月も寝れない。明日は早番だから、今日は夜更かしせず早く寝たかったのに。
起こしたいけど、起こすのは可哀そう。寝たいけど、寝れない。その2つの間で悩んでいると、ふと彩斗の目がうっすらと開いた。
身体はうつぶせのまま顔だけを横に向けた彩斗は、伸ばしてきた手で深月の手首を掴んだ。
「…………一緒に寝よ」
「!!」
どっ、どんな誘い方!?
え、寝ぼけてる?
これは破壊力がすごい。人気俳優として名を馳せる彩斗の整った顔と、甘ったるくて低音の声と、色気があるのにあどけない視線で『一緒に寝よ』と甘美な誘い方をされて断れる女子なんているのだろうか。いない―――いないと思うけれど!
びっくりして身を引くと、一切力が入っていない彩斗の指先はそのままポスッとベッドの上に落ちた。糸が切れたマリオネットのように脱力した彩斗の顔を確認すると、再びその眼が閉じられていることに気付く。
「もおおぉ」
欲と理性が戦争をした結果、理性が勝った。『一緒に寝よ』と口にした彩斗は、深月を誰かと間違っているのか、それとも深月だと認識したうえで誰でもいいから一緒に寝ようと言っているのか。
真実はわからないが、再び穏やかな寝息を立てる彩斗を起こすことは、その時点でもう諦めた。はあぁと溜息をついて、仕方がないので彩斗のベッドを拝借することにする。
「けどこのベッドで寝るって……」
自分のベッドから離れ、彩斗のベッドに近付いて考える。
「これバレたらファンに袋叩きだよね?」
誰もいないとわかっているのに、思わず不安を感じて辺りを見回してしまう。だが、深月も寝ない訳にはいかない。部屋の明かりをリモコンで消灯して、そっと彩斗のベッドに腰を下ろす。流石に布団の中には入れないので、掛け布団の上に身体を横たえた。
不意に覚えのある香りが鼻腔をくすぐる。
(彩斗の、香水)
一緒の部屋で過ごしているだけではあまり感じないが、近付くと彩斗の肌から時折感じることがある。ハーブのような爽やかな香りと、ムスクのような甘い香り。表情や声はテレビの画面越しでもわかるが、香りは本物じゃなければ感じない。生身の人間だからこそ知ることが出来る感覚。
(いい、匂い)
彩斗は男の割にいい香りがする。近距離で動くといつも感じる爽やかで甘い香り。異性を魅了して誘惑する香り。
(って、寝れるわけない……!)
寝れるわけがない。
本人が至近距離にいるわけではないのに、妙にその存在を感じてしまう。各部屋は完全防音なので聴覚からの情報は一切ない。消灯しているので視覚からの情報もない。だから嗅覚からの情報をより鮮明に感じてしまう。彩斗の香りに包まれている気がしてしまう。
「彩斗……?」
どぎまぎとしていると、暗闇の中で彩斗がもぞもぞと起き上がったのがわかった。彼は深月のベッドの端に腰掛けたまま少しの間ぼんやりとしていたが、ゆっくりと立ち上がると徐ろに部屋を出て行った。
トイレか、喉が渇いたのか。
いや、どっちでもいい。今がチャンスだ。
「よしっ」
深月は部屋を出て行った彩斗の隙をついて、自分のベッドに戻った。彼も深月のベッドの上に倒れ込んでいただけなので、布団の上は温かかったが、布団の中までは体温が移っていない。許容範囲内だ。
程なくして戻って来た彩斗が、パタンとドアを閉める。外から漏れていた明かりが消え、再び真っ暗になった部屋の中でひたひたと自分のベッドに戻っていく気配がする。
―――いや、そんな気配はしない。
なぜか彩斗は、また深月のベッドに近付いてきた。
「いや、彩斗のベッドあっちだから、向こうに戻っ………て!?」
深月が最後まで言い終わらないうちに、布団をがばっと捲った彩斗は、そのまま深月のベッドにもぞもぞと入り込んできた。びっくりして
「ちょっ、と! いい加減にして!」
と声を張り上げるが、彼に深月の意見を聞き入れる様子はない。
「ん……深月……」
彩斗は仰向けには眠れないが、横向きには眠れるらしい。布団の中で深月の身体を抱き寄せると、片腕を首の下に入れ、深月の髪の中に指先を突っ込んでふわふわと撫でてきた。
「……あや、と」
その優しい指遣いに、抗議の言葉が引っ込んでしまう。最初のうちは手を動かしていた彩斗も、だんだんとその動きが緩慢になり。
とうとうそのまま、停止する。
こてん、と脱力した彩斗はまた静かな呼吸を繰り返しながら夢の世界へ旅立った。けれど今度は、深月の下半身に長い足を絡め、首の下に自分の腕を入れ、反対の腕は深月の横っ腹の上に置かれている。完全に、抱かれた状態になってしまった。
(よ……余計に寝れなくなった!!)
匂いだけの方がまだマシだった。今度は肌の香りも、寝息も、体温も鮮明に感じ取れてしまう。
当り前だ。こんなに至近距離で、抱きしめられているのだから。もし今この瞬間に彩斗が目覚めてしまったら……どんな言い訳をすればいいのだろう。そんなことを考えると身動きも発声も出来なくなってしまう。
いや、悪いのは間違えた彩斗だ。明かりを灯せばここが深月のベッドだとすぐに分かるはずだから。
ちゃんとわかっているのに、動けない。もう少しだけ、このままでいたいと思ってしまう。
「……おれの、もの」
抱き枕のように深月の身体に腕を絡めた彩斗が、ふと耳元で呟いた。はっきりと聞こえたそんな言葉に、また戸惑ってしまう。
え……寝言……?
……誰かと間違えている?
でも ―――いいな……。
彩斗に『俺のもの』って言ってもらえる人。羨ましい。
どれだけ可愛い顔に生まれて、完璧なスタイルを持って、性格のいい子だったら彩斗のものになれるのだろう。どこをとっても平凡な深月には夢のような話だ。自分が彩斗のお眼鏡に適う筈がない事は、自分自身が1番よくわかっている。
いや、単に所有物になりたいだけなら、深月にだって可能性がある。彩斗が求めるような完璧な女性じゃないけれど、一晩だけなら嘘でも愛の言葉を囁いてくれるかもしれない。
(彩斗は私のものにならない、けど)
芸能人である彩斗が、深月のこと『だけ』を見てくれることはない。
だから頑張ったところで、一晩だけの相手が限界だ。けれどこうやって優しく抱きしめられて、耳元で甘い言葉を掛けてもらえるなら『それでもいいか』と思ってしまう。ただの思い出でも、と思ってしまう。
いつもそんな馬鹿な事を考えてしまう。
けれど今夜は違う。
そんな大それたことをいつも以上に『本気』で考えてしまうのは、きっとここが好きな人の腕の中だから。
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