婚約破棄された聖女がモフモフな相棒と辺境地で自堕落生活! ~いまさら国に戻れと言われても遅いのです~

銀灰

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【七】

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 しかしそうは卸さないのが、問屋と運命です。
 一度くらいお望み通りな要望を聞いてくれてもよさそうなものですが、しかし今回もこちらの願いなど素知らぬ顔で無視して、よりによっていらぬ波乱を持ってきてくれました。

 この生活も早いもので一年足すこと半年の節目であり、お祝いでもしましょうかとミハクと話し合っていた、ちょうどそんな折に、呼んでもいない彼等はここへやってきました。

 理不尽な虐げを向けて、私を追放に追いやった、あの国の人間でした。
 武装した兵士の、一小隊。

「……何用ですかな?」

 私を隠すように立ち塞がり、彼等に視線を飛ばしながら、ミハクは慎重な声色で問いました。

 彼等はそんなミハクへ気味の悪いものでも見るような視線を向けながら、厳かな雰囲気を醸し出す口調をもって、用件を口にしました。

「聖女ルールゥ。我々と共に、ただちに国へ帰還してください」
「…………は?」

 私はその宣告に、間の抜けた声を返してしまいました。

 彼等は表情一つ変えず続けます。
 曰く、私が国を去ってから、作物の生産性が著しく下落してしまったこと。
 改善の見通しが立たぬ不作に、国民が混乱してしまっていること。
 故に、私に即刻の期間命令が出た、と――そのような訳を、上から目線の高圧的な口調で捲し立てるのでした。

「聖女ルールゥ、これは命令です。さあ、我々と共にここを発つ準備を」
「……………………」

 思わず、押し黙ってしまいました。
 そういえば、こんな人たちだったなぁと、ぼんやりと思っておりました。

「帰還命令ねぇ……」

 私はその響きを転がすように呟いてから、彼等に芯のこもっていない視線を向けて――。

「嫌です」

 寝っ転がった体勢のまま、端的な拒絶を口にしました。

「――なんですって?」

 意外とでもいうような表情を浮かべ、にわかに臨戦の威嚇姿勢を見せた彼等に、私はだらーんと体を伸ばしながら言いました。

「いやぁ、今更お国の職務とかぁ、ちょっと無理っていうかー……。私は今の生活が気に入っているので、うん、無理。ここまでご足労頂いて大変恐縮ですが、そういうわけなので、ちょっと帰ってもらうしかないです、はい」
「…………」

 今度はあちらが押し黙る番でした。
 隊長さんと思わしき先頭に立つ男性はしばらく沈黙したまま私に視線を注いで――やがて肉体と視線から強い圧を放ち、こちらへ一歩詰め寄ってきました。

「ルールゥ、これは、命令です。あなたにはこの軍勢の多数が見えないのですか?」

 ……そう脅されましてもね。

 先頭の彼に倣い、槍を持つ手に力を込めた武装兵ご一行に――私は、今置かれた彼等の現状がいったいどんなものかということを、教えてあげました。

「貴方たちこそ、忘れてしまったのですか? 私があの国で担っていた役割は、大きく分けて三つ。国で育つ作物へ加護を与えることと、国民に教えを説くことと――そして、土地の力を利用し、外敵から国土を守ることでした。……思い出しました?」

 私が告げ終えるのと同時に。
 彼等の立っている土の地面が突然液状化して、形を失いました。

「なッ――!?」

 突然出現した底無し沼に、驚愕の声を上げるご一行。
 私はのんびりとそれを眺めながら、忠告を差し上げました。

「これくらいで済んでるうちが幸いですよー。次は急激に気分が悪くなって目を回したり、突然昏倒しちゃったりするかもですからー」
「こ、このッ――」

 忠告を差し上げても、彼等の核心めいた高慢も、烈火のような威勢も、削がれそうにありません。
 ……まあ、そうですよね。彼等も、お仕事ですものね。
 ご苦労様です。

 仕方なく、土地の力をかき混ぜるようにぐるぐる回して、彼等の感覚をしっちゃかめっちゃかに錯乱させてしまいました。

「――もはやこの地は私の掌握下です。最悪、地面から炎が立ち昇ってきたり、植物が毒を噴いてきたり――そちらにも事情がおありでしょうが、ここが引き時ですよ、皆さん」
「――国の通告だぞ」

 静かに宣告すると、隊長さんはふらふらと安定してきた地に膝をつきながら、恐ろしく目を剥いて恫喝の声を投げてきました。

「絶対に拒否することなどできん。――そんな権限など、お前は持っていないのだ」
「……いいから、撤退しちゃってくださいー」

 しっしと手で追い払う仕草を向けると、兵隊さんたちはぎりりと歯軋りを立てて、互いに肩を貸しながらよたよたと、来た方向へと撤退していきました。

 ――彼等の姿が視界から遠く消え、静かな辺境の地が戻ってきました。

「……大丈夫ですか?」
「…………うん」

 ミハクの心遣いに――私は、か細い返事を返しました。

 横たえた体は、細かに震えていました。
 本当は、余裕そうに見せていた表情の奥、間の抜けた声を上げていた私の口の中では、歯がガチガチと音を立てていました。

 どうやって、ここへ。
 やっと忘れ去ったはずの、あの悪夢が――再び現実として現れるなんて。

 暗闇が、この辺境の地を飲み込もうとしていたような心持ちだった……。

「大丈夫、貴方の言った通り、この地はもはや貴方の掌握下。何人で来ようと、恐ろしいことにはなりません」
「うん……。大丈夫、ちょっとびっくりしただけだから……大丈夫」
「……襲撃に対する策を立てるのは少し後にして、今日はもうゆったりとくつろぎましょう。――いや、いつも通り、ですか」
「ふふっ。うん、そうしよう。大丈夫、私はもう絶対に働かない“覚悟”を決めたから」
「……文字面通りに捉えると、それも問題なような気もしますけれどね……」

 ミハクの嘆息に私はふいと顔を反らして――そしてその日は言った通り、ゆっくりと時間の進みを楽しんで過ごしました。

 ――ここから、お国と私の全面戦争が始まるのですが……。
 しかしミハクの言った通り、それは恐ろしい現実を呼ぶ災いにはならず――ただ一方的な私のご活躍を疲労する場として、その喜劇は始まるのでした。

 
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