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【物語の始まり】・2
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罠……?
私は一瞬そう思いましたが――その顔色が蒼白に染まった幼子は、私たちの視界に入ってすぐに、ふらりとよろめき、力無く倒れてしまいました。
「私が行きますッ! ルールゥは引き続き警戒を!」
「わ、分かった……!」
といっても、周囲に他の人の気配など一つもなく――。
幸いなことに、それは卑劣な罠などではなく、ミハクは無事その幼子を背に乗せて、私の元へ帰ってきました。
幼子――その年端も行かぬ少女は、ミハクの背から慎重に降ろされ横たわったまま、ぴくりとも動かなくなってしまいました。
「ちょ、ちょっと……! この子、過労とか栄養失調とか、そんな段階を超えてる……! 限界なんてとうに――」
「ルールゥ、治療を」
「うん。――ミハクは一応、周囲を警戒しておいてくれる?」
「分かりました」
深呼吸して、少女の胸に手を当てる。
土地の力を利用して、この子の中に気の流れを――。
「あんまりやりすぎてしまうと、器から力が溢れて悪化してしまいますよ」
「うん。慎重に……慎重に」
もう遠い昔に思える過去――村へ出向き、傷付いた民に癒しを与えていたあの頃の記憶、感覚を、必死で思い出します。
あまり思い出したい記憶ではないですが……四の五の言っていられません。
「――ていうかあそこまでしておいて、普通裏切りますかね!?」
「集中ッ!」
改めて思い返すと溢れてくる怒りを抑えながら、少女を手当てしました。
その甲斐あって――やがて、少女の胸が静かに、上下し始めました。
顔色も、まあ……先程よりかは、幾分良いように見えます。
「ふう……。あとは時間をかけて、かな」
「お疲れ様です」
「ありがとう。……でも、この子、一体何者だろう……?」
「ふむ。あるいは……何者でもないかもしれませんね」
「…………?」
私は首を傾げましたが――しかし、そのミハクの予想は当たっていたのでした。
それからは言った通り、時間をかけて少女の傷を癒しました。
「まだ目を覚まさない……。……土地の力だけで、生命を維持できるものなのかな……?」
「物を口にできるほど回復してはいませんから……仕方ありません、できることをしましょう」
最初は駄目かと思いましたが……。
「お、え、あ――! ミ、ミハクっ! この子今――ちょっと動いたッ!」
「――おお。女神の命運に、愛されましたか――」
次第に少女は、生命の証を多く見せるようになり――。
「液体の食事ならとれるようになったね……!」
「あまり一度に多くを含ませないようにお願いします。――ふむ、顔色も良くなってきましたね」
――順調に、活力を取り戻してゆきました。
そして――。
「う……う、うぁ…………」
「ん……? ――――ぎゃあああああああああミハクううううううう! この子が目を覚ましたあああああああああああ!」
「なんて声を上げているんですか、ルールゥ。さて、本当ですか? ――おお……」
ついに、目を覚ますまでに快復しました。
「う、うぅ…………」
少女は薄目を開けて、私とミハクを見上げました。
――私、今どんな表情を浮かべていますかね……?
「ミ、ミハクどうしよう……?」
「落ち着きなさい。――私が話しかけては、悪戯に驚きを与えてしまうかもしれません。ルールゥ」
「う、うん。お、お嬢ちゃん……大丈夫?」
「…………あな、あ、あなたは……?」
少女は焦点の合わない瞳で宙を見つめ、ぼんやりと呟いて――。
そして。
その瞳の焦点が合った瞬間、目を見開いて私の顔を凝視しました――。
「せ――聖女、様……?」
――ずきりと。
胸の内に、鈍い痛みが走りました。
その呼び名を、他者の口から耳にした途端に――。
胸の痛みを堪え、できるだけ優しく聞こえるよう祈る声で、少女に語りかけました。
「……あなたのお名前は?」
「…………セラ」
「セラ……そう、良いお名前です。セラ……あなたはどこから来たの?」
「…………私は」
そして少女セラが口にした場所は。
果たして、あのお国の名でした。
「…………」
それきりセラはまた目を瞑り、眠り込んでしまいました。
私は彼女の寝顔を見つめながら、しみじみと、呟きました。
「あのお国の人間かぁ……」
「ルールゥ、どうするのです?」
「……どうしようか」
――などと悩み、決めあぐね、決断を先延ばしにしているうちに。
少女はついに、起き上がれるまでに快復したのでした――。
「どーしよ……」
私は一瞬そう思いましたが――その顔色が蒼白に染まった幼子は、私たちの視界に入ってすぐに、ふらりとよろめき、力無く倒れてしまいました。
「私が行きますッ! ルールゥは引き続き警戒を!」
「わ、分かった……!」
といっても、周囲に他の人の気配など一つもなく――。
幸いなことに、それは卑劣な罠などではなく、ミハクは無事その幼子を背に乗せて、私の元へ帰ってきました。
幼子――その年端も行かぬ少女は、ミハクの背から慎重に降ろされ横たわったまま、ぴくりとも動かなくなってしまいました。
「ちょ、ちょっと……! この子、過労とか栄養失調とか、そんな段階を超えてる……! 限界なんてとうに――」
「ルールゥ、治療を」
「うん。――ミハクは一応、周囲を警戒しておいてくれる?」
「分かりました」
深呼吸して、少女の胸に手を当てる。
土地の力を利用して、この子の中に気の流れを――。
「あんまりやりすぎてしまうと、器から力が溢れて悪化してしまいますよ」
「うん。慎重に……慎重に」
もう遠い昔に思える過去――村へ出向き、傷付いた民に癒しを与えていたあの頃の記憶、感覚を、必死で思い出します。
あまり思い出したい記憶ではないですが……四の五の言っていられません。
「――ていうかあそこまでしておいて、普通裏切りますかね!?」
「集中ッ!」
改めて思い返すと溢れてくる怒りを抑えながら、少女を手当てしました。
その甲斐あって――やがて、少女の胸が静かに、上下し始めました。
顔色も、まあ……先程よりかは、幾分良いように見えます。
「ふう……。あとは時間をかけて、かな」
「お疲れ様です」
「ありがとう。……でも、この子、一体何者だろう……?」
「ふむ。あるいは……何者でもないかもしれませんね」
「…………?」
私は首を傾げましたが――しかし、そのミハクの予想は当たっていたのでした。
それからは言った通り、時間をかけて少女の傷を癒しました。
「まだ目を覚まさない……。……土地の力だけで、生命を維持できるものなのかな……?」
「物を口にできるほど回復してはいませんから……仕方ありません、できることをしましょう」
最初は駄目かと思いましたが……。
「お、え、あ――! ミ、ミハクっ! この子今――ちょっと動いたッ!」
「――おお。女神の命運に、愛されましたか――」
次第に少女は、生命の証を多く見せるようになり――。
「液体の食事ならとれるようになったね……!」
「あまり一度に多くを含ませないようにお願いします。――ふむ、顔色も良くなってきましたね」
――順調に、活力を取り戻してゆきました。
そして――。
「う……う、うぁ…………」
「ん……? ――――ぎゃあああああああああミハクううううううう! この子が目を覚ましたあああああああああああ!」
「なんて声を上げているんですか、ルールゥ。さて、本当ですか? ――おお……」
ついに、目を覚ますまでに快復しました。
「う、うぅ…………」
少女は薄目を開けて、私とミハクを見上げました。
――私、今どんな表情を浮かべていますかね……?
「ミ、ミハクどうしよう……?」
「落ち着きなさい。――私が話しかけては、悪戯に驚きを与えてしまうかもしれません。ルールゥ」
「う、うん。お、お嬢ちゃん……大丈夫?」
「…………あな、あ、あなたは……?」
少女は焦点の合わない瞳で宙を見つめ、ぼんやりと呟いて――。
そして。
その瞳の焦点が合った瞬間、目を見開いて私の顔を凝視しました――。
「せ――聖女、様……?」
――ずきりと。
胸の内に、鈍い痛みが走りました。
その呼び名を、他者の口から耳にした途端に――。
胸の痛みを堪え、できるだけ優しく聞こえるよう祈る声で、少女に語りかけました。
「……あなたのお名前は?」
「…………セラ」
「セラ……そう、良いお名前です。セラ……あなたはどこから来たの?」
「…………私は」
そして少女セラが口にした場所は。
果たして、あのお国の名でした。
「…………」
それきりセラはまた目を瞑り、眠り込んでしまいました。
私は彼女の寝顔を見つめながら、しみじみと、呟きました。
「あのお国の人間かぁ……」
「ルールゥ、どうするのです?」
「……どうしようか」
――などと悩み、決めあぐね、決断を先延ばしにしているうちに。
少女はついに、起き上がれるまでに快復したのでした――。
「どーしよ……」
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