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■第一章 時代の荒波
第五話 ムーンベア
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ムーンベア、別名『黒い悪魔』と呼ばれるこの熊は、トルキニア王国北部の開拓を阻んできた大きな理由の一つだ。この熊は凶暴で強力な上に、容赦なく人を襲う。
熊なんて逃げればいいじゃないか、と思う人もいるかもしれないが、肉食獣の熊は獲物となる草食動物よりも素早い。そうでなければ獲物を捕らえられない。彼らは人間よりも素早く動けるのだ。
「あんなに速く動けるなんて知らなかった」
「二本足で走ってくるんだ。あんな化け物、初めて見た」
「先回りしてきて、まるで人間のようだった」
ムーンベアと遭遇して運良く逃げ帰ることができた人々はその恐怖を口にする。だが、言葉では伝わらないこともある。
実際、僕もその巨体を見たときにはぎょっとしてしまった。
「こ、これがムーンベア。デカい……!」
体長は優に五メートルはあるだろう。人は本能的に自分より大きな生き物に恐怖する。
いや、そうではない。大きくとも牛や馬とは決定的に違う。
それはヘビに睨まれたカエルが動けなくなるように、天敵は相手を恐怖で支配してしまうのだ。恐怖してしまえば思考が鈍ってしまう。
ムーンベアは間違いなく人間の天敵であった。
大自然の無情な摂理、これこそがムーンベアと相対する場合に最大の難点なのかもしれない。
おっと、【鑑定】をしておかないと。僕の家系は普通の人が持っていない特別なスキルが使えるのだ。
〈名称〉ムーンベア 〈レベル〉72
〈HP〉12000/12000 〈状態〉通常
【解説】
体長五~十五メートルのモンスター。
名前の由来である胸の白い三日月が特徴。
性格は凶暴で、すべてに対してアクティブ。
力強い爪の打撃と噛みつきで攻撃してくる。
「レ、レベル72だ」
桁違いのモンスターに僕は驚愕した。王都の近くではせいぜいレベル7くらいのモンスターしかいないというのに。
「なにっ?!」「ええっ!? ボス級じゃないの、それ」
どうやら僕らはいきなり凄いのに出くわしてしまったようだ。
「GUOoOOOOOO――――!」
そんな僕らを威嚇するつもりか、大地をビリビリと震わせて咆哮するムーンベア。
胸の辺りには白い三日月型の毛が生えている。なで肩で首がなく、がっちりとした体格。二本足で仁王立ちしたその姿は、なるほど、人間のようにも見える。だが、漆黒の毛に覆われたその獣は、彼らのエサでしかない人間とは、根本的に異質の存在だった。
「何してる! 下がって!」
それまで温厚な振る舞いだったギルが、怒鳴り声を上げて僕らに指示する。
だが、彼と僕らの距離は二十メートルは離れているだろう。
そこまで心配しなくとも、そう思ったとき――
「GAU!」
ムーンベアが跳躍し、次の瞬間、僕の眼前にいた。
「なっ!」「くっ、しまった! 剣が」
防ごうとしたギルの剣は真っ二つに折れてしまっている。
と、とにかく逃げないと。
だが、そう思っても、体がまるで石になったように言うことを聞いてくれない。
「きゃあ! アッシュ! 逃げて!」
目の前が暗くなり、何かと思えばムーンベアの右手の爪が僕に向かって振り下ろされていた。
ドンッ! と大きな音を立てて衝撃が腹まで響いた。
直接食らっていないのに、この威力とは大したものだ。
「よく見ろ、レニア。アッシュはやられてなんかいねえぞ」
アイゼンさんが笑った。
「えっ?」
「GAU?」
ムーンベアも不思議そうに首を傾げた。
自分の右手を止めたそれを初めて目にしたからだろう。
「そ、それは、いったい……?」
ギルも怪訝な顔でそれを見る。僕は答えた。
「ムーンベアがここに出没することは調べて知っていたからね。もちろん、対策済みさ」
当然だ。木工職人はまずアイディアを練り、それを図面に起こしてから、加工に取りかかる。
木工職人が事前に何も用意しないなんてことはあり得ない。
「あっ、ウッドゴーレムね! 持ってきてたんだ。良かったぁ」
レニアがほっとした様子で胸をなで下ろしたが、馬車には二体のウッドゴーレムを積み込んであった。
起動からすべて全自動、自律型で危機を察知し、自己判断で動く木の人形だ。
「ですが、そんな細腕の木人形では、鋼鉄よりも硬いムーンベアの爪を防ぐのは無理ですッ!」
ギルが心配して警告するが、それも大丈夫。
「問題ないよ。この『一式』の外殻材料は『リグナムバイタ』。普通の木材は水に浮くけど、これは水に沈むほど重い木で、鋼鉄よりも硬い」
生命の木とも呼ばれる木材。それを火で炙りながら叩いて鍛え上げることによって、樹脂が内部から染み出し、さらに強力な外殻となる。
「GU、GUA!」
力負けしたムーンベアが、とまどいを見せて一歩下がる。
「マスター、攻撃対象ノ力量ヲ計測シマシタ。3522馬力、最高速度毎時780キロメートル。非常ニ危険デス。殺傷ノ許可ヲ求メマス」
パワーはドラゴンには遠く及ばないが、速度はほとんど変わらないか。面倒なモンスターだ。
「分かった。許可は出す。今後、ムーンベアは許可無しで始末して構わない。見つけ次第、殺せ!」
「了解デス」
それまで防御に徹していたウッドゴーレム『一式』が攻撃に転じた。
熊なんて逃げればいいじゃないか、と思う人もいるかもしれないが、肉食獣の熊は獲物となる草食動物よりも素早い。そうでなければ獲物を捕らえられない。彼らは人間よりも素早く動けるのだ。
「あんなに速く動けるなんて知らなかった」
「二本足で走ってくるんだ。あんな化け物、初めて見た」
「先回りしてきて、まるで人間のようだった」
ムーンベアと遭遇して運良く逃げ帰ることができた人々はその恐怖を口にする。だが、言葉では伝わらないこともある。
実際、僕もその巨体を見たときにはぎょっとしてしまった。
「こ、これがムーンベア。デカい……!」
体長は優に五メートルはあるだろう。人は本能的に自分より大きな生き物に恐怖する。
いや、そうではない。大きくとも牛や馬とは決定的に違う。
それはヘビに睨まれたカエルが動けなくなるように、天敵は相手を恐怖で支配してしまうのだ。恐怖してしまえば思考が鈍ってしまう。
ムーンベアは間違いなく人間の天敵であった。
大自然の無情な摂理、これこそがムーンベアと相対する場合に最大の難点なのかもしれない。
おっと、【鑑定】をしておかないと。僕の家系は普通の人が持っていない特別なスキルが使えるのだ。
〈名称〉ムーンベア 〈レベル〉72
〈HP〉12000/12000 〈状態〉通常
【解説】
体長五~十五メートルのモンスター。
名前の由来である胸の白い三日月が特徴。
性格は凶暴で、すべてに対してアクティブ。
力強い爪の打撃と噛みつきで攻撃してくる。
「レ、レベル72だ」
桁違いのモンスターに僕は驚愕した。王都の近くではせいぜいレベル7くらいのモンスターしかいないというのに。
「なにっ?!」「ええっ!? ボス級じゃないの、それ」
どうやら僕らはいきなり凄いのに出くわしてしまったようだ。
「GUOoOOOOOO――――!」
そんな僕らを威嚇するつもりか、大地をビリビリと震わせて咆哮するムーンベア。
胸の辺りには白い三日月型の毛が生えている。なで肩で首がなく、がっちりとした体格。二本足で仁王立ちしたその姿は、なるほど、人間のようにも見える。だが、漆黒の毛に覆われたその獣は、彼らのエサでしかない人間とは、根本的に異質の存在だった。
「何してる! 下がって!」
それまで温厚な振る舞いだったギルが、怒鳴り声を上げて僕らに指示する。
だが、彼と僕らの距離は二十メートルは離れているだろう。
そこまで心配しなくとも、そう思ったとき――
「GAU!」
ムーンベアが跳躍し、次の瞬間、僕の眼前にいた。
「なっ!」「くっ、しまった! 剣が」
防ごうとしたギルの剣は真っ二つに折れてしまっている。
と、とにかく逃げないと。
だが、そう思っても、体がまるで石になったように言うことを聞いてくれない。
「きゃあ! アッシュ! 逃げて!」
目の前が暗くなり、何かと思えばムーンベアの右手の爪が僕に向かって振り下ろされていた。
ドンッ! と大きな音を立てて衝撃が腹まで響いた。
直接食らっていないのに、この威力とは大したものだ。
「よく見ろ、レニア。アッシュはやられてなんかいねえぞ」
アイゼンさんが笑った。
「えっ?」
「GAU?」
ムーンベアも不思議そうに首を傾げた。
自分の右手を止めたそれを初めて目にしたからだろう。
「そ、それは、いったい……?」
ギルも怪訝な顔でそれを見る。僕は答えた。
「ムーンベアがここに出没することは調べて知っていたからね。もちろん、対策済みさ」
当然だ。木工職人はまずアイディアを練り、それを図面に起こしてから、加工に取りかかる。
木工職人が事前に何も用意しないなんてことはあり得ない。
「あっ、ウッドゴーレムね! 持ってきてたんだ。良かったぁ」
レニアがほっとした様子で胸をなで下ろしたが、馬車には二体のウッドゴーレムを積み込んであった。
起動からすべて全自動、自律型で危機を察知し、自己判断で動く木の人形だ。
「ですが、そんな細腕の木人形では、鋼鉄よりも硬いムーンベアの爪を防ぐのは無理ですッ!」
ギルが心配して警告するが、それも大丈夫。
「問題ないよ。この『一式』の外殻材料は『リグナムバイタ』。普通の木材は水に浮くけど、これは水に沈むほど重い木で、鋼鉄よりも硬い」
生命の木とも呼ばれる木材。それを火で炙りながら叩いて鍛え上げることによって、樹脂が内部から染み出し、さらに強力な外殻となる。
「GU、GUA!」
力負けしたムーンベアが、とまどいを見せて一歩下がる。
「マスター、攻撃対象ノ力量ヲ計測シマシタ。3522馬力、最高速度毎時780キロメートル。非常ニ危険デス。殺傷ノ許可ヲ求メマス」
パワーはドラゴンには遠く及ばないが、速度はほとんど変わらないか。面倒なモンスターだ。
「分かった。許可は出す。今後、ムーンベアは許可無しで始末して構わない。見つけ次第、殺せ!」
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それまで防御に徹していたウッドゴーレム『一式』が攻撃に転じた。
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