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■第一章 時代の荒波
第七話 ビッグウッド商会
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男爵アッカーマンの朝は遅い。彼は昼前になってようやくベッドからのっそりと降り、メイドに服の着替えを手伝ってもらうのが日課だ。
「むむ、おい、ベルトがきついぞ」
「旦那様……また太られたようですね。少しは運動された方が」
「うるさい、文句を言うならクビだぞ」
「はあ、ではサイズの新しい服を買ってきます」
「そうしろそうしろ。それでいいんだ」
満足げに笑ったアッカーマンは遅い朝食に向かう。甘い物や肉ばかりを並べた贅沢な食事を心ゆくまで堪能したあと、執務室に入る。
「おお、ドアが軽い! やはりあのアッシュを追い出して大正解だったな」
ドアは新しく王都のビッグウッド商会に作り直してもらったのだ。
流行をいち早く取り入れるビッグウッド商会は、王都でも大人気の木工職人集団であり、数年先まで予約待ちになるほどだ。アッカーマンも本当は予約が取れていないのだが、そこは宰相にワイロを渡して割り込ませてもらった。
やはり世の中は金と地位が物を言うのだ。アッカーマンはニヤァとあくどい笑みを浮かべた。
「失礼します、旦那様。ビッグウッド商会の方がお見えです」
「おお、そういえば今日は家の改築を相談する日だったな。よし、すぐ通せ」
「は」
執務室にやってきたのは、二人。地味な格好をした頑固そうな職人と、派手なドレスを着た若い娘だ。
「どうも、男爵」
ニコリともせずに挨拶してくる職人は昔気質の男でどうも好きになれない。
「もう、お父様ったら。お久しぶりです、アッカーマン様」
娘のレジーナと言ったか、彼女は愛想も良くハイセンスでやり手に見える。なんでも異国で修行し、『エムバ』という有名で貴重な称号を取ってきたという。もっとも、アッカーマンはその称号のことはよく知らないのだが。
「よく来てくれたな、二人とも。さっそくだが、この家を早くプラスチックに建て替えたいのだ」
「ええ、ええ、お任せ下さい。異国で流行っている最先端のデザインで建てさせていただきますわ」
「おお」
「だが、レジーナ、あれは使いにくいぞ。外壁はともかく、中の間取りは今まで通り木が良いと思うが……」
「ダメダメ、お父様、何をおっしゃるのかしら、それでは最先端にならないではありませんの。ねえ、アッカーマン様」
「そうだな、やはり中も新しくしてもらおう。木は時代遅れだ!」
「むぅ、分かりました」
「毎度ありがとうございます。王都で一番ビッグウッドの名に恥じぬよう、最先端でアーバンに攻めていきますわ。楽しみにしていてください」
「任せたぞ」
どんな家になるか、今から実に楽しみだ。
ビッグウッド商会はさっそく、建て替え工事に取りかかった。数十人の職人と見習いを連れてきているので作業も一斉に行う。
だが、その中で一人、ノコギリを動かす手が止まっている者がいた。
「親方、どうかされましたか?」
「ああいや、実に良い家だと思ってな。見ろ、この柱は釘を一本も使っていない。錆びるから鉄の釘は少ない方が良いんだ」
「本当だ。でも、それだと固定できないのでは?」
「いいや、柱に穴を開けて、そこに通す組み合わせだけで固定は可能だ。トルキニア王国に古くから伝わる『ほぞ穴』と呼ばれる木造軸組構法だ」
「ああ、なるほど、パズルみたいに形を組み合わせて柱に柱をピッタリはめ込んであるのか」
「それだけじゃないぞ。廊下は広く取ってあるが、それでいて無駄がない。ドアから入る人の動き、『生活動線』まで計算し尽くされた配置だ。これは住みやすさを第一に考えている。さすがは神匠アッシュの腕前だと思ってな」
「んん? ですが、神匠アッシュは子供と聞きましたよ? この家は建ててから十年以上は経っているみたいですけど」
「ああ、そうだな、これを建てたのはおそらく彼の先々代だろう。だが、神匠もその先々代が教え込んだ職人だ。お前達もこの形や建て方はよく勉強しておけ」
「はい! 親方」
「もう、お父様、そんな古いやり方を教えていたら、いつまで経っても新しいやり方が身につかないではありませんか。時代はどんどん変わっていくものです。いかに早く、最先端に、効率よく、これがエムバの教えですわよ」
「そうは言うが、レジーナ、やはり住みやすさは、いつの時代も変わらぬのではないか?」
「それは……でも、新しいもののほうが良いに決まってますわ! とにかく手を止めないでくださいな」
「ああ、分かった。とにかく今は仕事だ。その話はまた後にしよう」
「ええ」
アッカーマン邸はたった一週間ほどでプラスチックの家に生まれ変わった。
「おお、素晴らしい! 見事だ」
アッカーマンが珍しく人を賞賛した。それだけの見栄えの出来だった。見た目はとにかくいいのだ。色の派手さは好みが分かれるかもしれないが。
「喜んでいただけてこちらも嬉しいですわ」
ビッグウッド商会としても、領主の家を手がけたことで大いに満足していた。このラピュドーラ領に領主の家よりも立派なものはない。それは地域の顔になり、一番の職人になったという証でもある。
一流の仕事をしたという充実感もあった。
客も職人も最高に満足する、それがビッグウッド商会の理念だ。名誉ある王城の改築も手がけ、トルキニア王国で最大手となり、国外からも注文が入るほどの規模になった。
――だが、この全員がそろって笑顔になるのはこれが最後だったとは……誰一人、予想もできないことであった。
「むむ、おい、ベルトがきついぞ」
「旦那様……また太られたようですね。少しは運動された方が」
「うるさい、文句を言うならクビだぞ」
「はあ、ではサイズの新しい服を買ってきます」
「そうしろそうしろ。それでいいんだ」
満足げに笑ったアッカーマンは遅い朝食に向かう。甘い物や肉ばかりを並べた贅沢な食事を心ゆくまで堪能したあと、執務室に入る。
「おお、ドアが軽い! やはりあのアッシュを追い出して大正解だったな」
ドアは新しく王都のビッグウッド商会に作り直してもらったのだ。
流行をいち早く取り入れるビッグウッド商会は、王都でも大人気の木工職人集団であり、数年先まで予約待ちになるほどだ。アッカーマンも本当は予約が取れていないのだが、そこは宰相にワイロを渡して割り込ませてもらった。
やはり世の中は金と地位が物を言うのだ。アッカーマンはニヤァとあくどい笑みを浮かべた。
「失礼します、旦那様。ビッグウッド商会の方がお見えです」
「おお、そういえば今日は家の改築を相談する日だったな。よし、すぐ通せ」
「は」
執務室にやってきたのは、二人。地味な格好をした頑固そうな職人と、派手なドレスを着た若い娘だ。
「どうも、男爵」
ニコリともせずに挨拶してくる職人は昔気質の男でどうも好きになれない。
「もう、お父様ったら。お久しぶりです、アッカーマン様」
娘のレジーナと言ったか、彼女は愛想も良くハイセンスでやり手に見える。なんでも異国で修行し、『エムバ』という有名で貴重な称号を取ってきたという。もっとも、アッカーマンはその称号のことはよく知らないのだが。
「よく来てくれたな、二人とも。さっそくだが、この家を早くプラスチックに建て替えたいのだ」
「ええ、ええ、お任せ下さい。異国で流行っている最先端のデザインで建てさせていただきますわ」
「おお」
「だが、レジーナ、あれは使いにくいぞ。外壁はともかく、中の間取りは今まで通り木が良いと思うが……」
「ダメダメ、お父様、何をおっしゃるのかしら、それでは最先端にならないではありませんの。ねえ、アッカーマン様」
「そうだな、やはり中も新しくしてもらおう。木は時代遅れだ!」
「むぅ、分かりました」
「毎度ありがとうございます。王都で一番ビッグウッドの名に恥じぬよう、最先端でアーバンに攻めていきますわ。楽しみにしていてください」
「任せたぞ」
どんな家になるか、今から実に楽しみだ。
ビッグウッド商会はさっそく、建て替え工事に取りかかった。数十人の職人と見習いを連れてきているので作業も一斉に行う。
だが、その中で一人、ノコギリを動かす手が止まっている者がいた。
「親方、どうかされましたか?」
「ああいや、実に良い家だと思ってな。見ろ、この柱は釘を一本も使っていない。錆びるから鉄の釘は少ない方が良いんだ」
「本当だ。でも、それだと固定できないのでは?」
「いいや、柱に穴を開けて、そこに通す組み合わせだけで固定は可能だ。トルキニア王国に古くから伝わる『ほぞ穴』と呼ばれる木造軸組構法だ」
「ああ、なるほど、パズルみたいに形を組み合わせて柱に柱をピッタリはめ込んであるのか」
「それだけじゃないぞ。廊下は広く取ってあるが、それでいて無駄がない。ドアから入る人の動き、『生活動線』まで計算し尽くされた配置だ。これは住みやすさを第一に考えている。さすがは神匠アッシュの腕前だと思ってな」
「んん? ですが、神匠アッシュは子供と聞きましたよ? この家は建ててから十年以上は経っているみたいですけど」
「ああ、そうだな、これを建てたのはおそらく彼の先々代だろう。だが、神匠もその先々代が教え込んだ職人だ。お前達もこの形や建て方はよく勉強しておけ」
「はい! 親方」
「もう、お父様、そんな古いやり方を教えていたら、いつまで経っても新しいやり方が身につかないではありませんか。時代はどんどん変わっていくものです。いかに早く、最先端に、効率よく、これがエムバの教えですわよ」
「そうは言うが、レジーナ、やはり住みやすさは、いつの時代も変わらぬのではないか?」
「それは……でも、新しいもののほうが良いに決まってますわ! とにかく手を止めないでくださいな」
「ああ、分かった。とにかく今は仕事だ。その話はまた後にしよう」
「ええ」
アッカーマン邸はたった一週間ほどでプラスチックの家に生まれ変わった。
「おお、素晴らしい! 見事だ」
アッカーマンが珍しく人を賞賛した。それだけの見栄えの出来だった。見た目はとにかくいいのだ。色の派手さは好みが分かれるかもしれないが。
「喜んでいただけてこちらも嬉しいですわ」
ビッグウッド商会としても、領主の家を手がけたことで大いに満足していた。このラピュドーラ領に領主の家よりも立派なものはない。それは地域の顔になり、一番の職人になったという証でもある。
一流の仕事をしたという充実感もあった。
客も職人も最高に満足する、それがビッグウッド商会の理念だ。名誉ある王城の改築も手がけ、トルキニア王国で最大手となり、国外からも注文が入るほどの規模になった。
――だが、この全員がそろって笑顔になるのはこれが最後だったとは……誰一人、予想もできないことであった。
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