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■第三章 大地の中に

プロローグ 癒やしの家

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 極寒の地、ノースオーシャン。
 僕はそこの領主になることを国王から命じられた。
 領民がちゃんと暮らしていけるようにしていくのが僕の役目であり、同時に、それが僕の望みでもあった。
 人々が笑って安心してのんびり暮らせるのが一番なのだから。

「でも、畑が作れないのは痛いわねえ」

 囲炉裏に手を伸ばして暖を取りながら、レニアが肩をすくめた。

「そうだね。でも、野菜作りはもう始めてるから」

 僕はニッコリ笑って教えてあげた。

「えっ、でも、外は雪よね?」

「うん」

 ノースオーシャンは積もる雪によって外出などはできない。

「ちょっとぉ、アッシュ、早く種明かしをしなさいよ。いつも手品みたいなことをするんだから」

「はは」

 手品ではない。それは知識である。
 それも異世界の知識。
 うちの祖父が伝えてくれた大切なもの。

「じゃ、レニア、この部屋を見て」

 僕は奥の小部屋のドアを開ける。

「暗くてよく見えないわ」

「明かりを灯すね」

 壁のスイッチを入れると、天井に設置された魔石灯が部屋を照らした。同じ魔物から取れた魔石のかけら同士は近い場所だと共鳴する。だから配線なしの照明にはもってこいだ。
 
「あっ、何か育ててるわね。これって、もやし!」

「当たり。これなら室内で育てられるからね」

 黒小豆を綿に植え、少量の水をしませた皿を棚にたくさん置いてある。
 各家に一部屋、栽培室を設けたので冬でも新鮮な野菜が食べられる仕組みだ。
 しかも、外に出ずに。
 
「うん、美味しい」

「あっ、ダメだよ、レニア。それは洗うか加熱しないと」

「大丈夫よぉ、少しくらい。アッシュは心配性ねえ」

 いや、君が大胆なんだと思うけど。祖父の話では有機栽培したもやしは生で食べると死ぬことがあるという話だった。ま、これは肥料を与えていないので大丈夫だ。

「でも、お昼ご飯にはまだ早いし、蜜柑みかんもあるから、そっちにしなよ」

「ああ、そうね。蜜柑もたくさん持ってきたものね!」

 祖父は種なしの蜜柑を育てようと頑張っていたが、これはまだ種が少しある蜜柑だ。極上の蜜柑は酸っぱくなく、種も一つもないそうで、さらに桐箱や紙の袋に入れると高級感が出るそうだ。ま、別に箱や袋に入れなくても食べられるけど。

「領主、話がある。緊急だ」

 ドンドンと強めのノックとともに村長のバドが家にやってきた。
 
 これは何かあったな。

「はい、すぐ行きます」
 
 僕はレニアと真剣な顔でうなずき合い、玄関へと急いだ。
 
「オレは今から外に出る」

 熊の毛皮を着込んだバドが、開口一番にそう言った。

「なっ、どうしてですか」

 僕は驚く。何しろ昨日、バド自身が「不要不急の外出はここでは避けろ。外で寝ると死ぬぞ」と言ったばかりなのに。

「部下の家で病人が出た。薬草が必要だ。それを採取しにいく」

「なるほど。でも、薬なら僕も多めに持ってきています。まずは病人を診てみましょう」

「おお、それはありがたい。では頼む」

「薬箱、持ってくるわね!」

 僕らは家の渡り廊下を通って、その病人がいる家へと向かった。
 十棟の家はすべて、壁と屋根付きの渡り廊下で接続されているから、外に出なくてもお隣さんへ行ける仕組みだ。

 隣の家では囲炉裏の隣で、まだ幼い女の子が粗末な布を被せられていた。顔が赤く、汗も掻いていて、見るからに苦しそうだ。

「ちょっと、どうしてこんな寝かせ方をしてるの! 服を着替えさせないと」

 レニアが怒るが。

「服はそれしかないのです」

 父親らしき男が肩を落として言った。この人がバドの部下だろう。

「もう、アタシがいいのを持ってくるわ。待ってて!」

 レニアがすぐに走って取りに行く。
 
「熊の毛皮は、着せてあげないのですか?」

 僕は部屋の端に置いてある毛皮が気になった。この父親も毛皮を着ているのだ。

「それが……うちの娘はどうしてか、毛皮を着ると咳が出て、着ていられないのです」

「ああ、体質アレルギーですね」

「軟弱だ」

 バドが言うので、僕は強く首を横に振った。

「いいえ、体質が人によって少しずつ違うだけですよ。それに、こんな幼い子に鍛えろと今言ったところで病気は治りません」

「むう、確かに、余計な事を言った。すまん」

「「 いえ 」」

「布団も持ってきたわ、さあ、着替えるわよ! 男どもはあっち向いてて!」

 レニアは特製のよく水を吸うタオルでその子を拭いてやり、彼女が持ってきた服を着させた。

「下着は二枚。薄い綿と二枚目は厚手の羊毛よ。これなら肌が弱い子でも大丈夫。背中にタオルを入れておくから、汗を吸ってきたら取り替えてあげて」

「タオル?」

「ああ、この小さな輪っかを織り込んだものよ」

「な、なるほど、どうやってこんな細かいものを」

「そこは裁縫師だもの、と言いたいけど、アッシュが造ってくれた特注の機織はたおりのおかげ」

「分かりました。それにしても、こんな上質で滑らかな布ができるとは……」

「それはレニアの腕前ですよ」

 僕は苦笑しながら言う。彼女は布の特性を活かしながら色々工夫して、さまざまな服を造りあげる。木くずを酢酸に浸け、そこから布を造り出したりと、まるで錬金術のようなこともやってのけるのだ。
 
 あとは粉の薬を溶いたものを飲ませてやり、頭の熱を冷やしてやることしかできない。
 回復を祈るだけだ。

「今夜はアタシが看病してるから、アッシュは戻ってていいわよ」

「分かった。レニアも無理しないでね」

「うん、分かってる」

 僕は彼女にこの場を任せ、早めに寝ることにした。明日の朝、まだ容態が良くなっていなければ、今度は僕が交代して看病するのだ。
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