17 / 29
■第三章 大地の中に
プロローグ 癒やしの家
しおりを挟む
極寒の地、ノースオーシャン。
僕はそこの領主になることを国王から命じられた。
領民がちゃんと暮らしていけるようにしていくのが僕の役目であり、同時に、それが僕の望みでもあった。
人々が笑って安心してのんびり暮らせるのが一番なのだから。
「でも、畑が作れないのは痛いわねえ」
囲炉裏に手を伸ばして暖を取りながら、レニアが肩をすくめた。
「そうだね。でも、野菜作りはもう始めてるから」
僕はニッコリ笑って教えてあげた。
「えっ、でも、外は雪よね?」
「うん」
ノースオーシャンは積もる雪によって外出などはできない。
「ちょっとぉ、アッシュ、早く種明かしをしなさいよ。いつも手品みたいなことをするんだから」
「はは」
手品ではない。それは知識である。
それも異世界の知識。
うちの祖父が伝えてくれた大切なもの。
「じゃ、レニア、この部屋を見て」
僕は奥の小部屋のドアを開ける。
「暗くてよく見えないわ」
「明かりを灯すね」
壁のスイッチを入れると、天井に設置された魔石灯が部屋を照らした。同じ魔物から取れた魔石のかけら同士は近い場所だと共鳴する。だから配線なしの照明にはもってこいだ。
「あっ、何か育ててるわね。これって、もやし!」
「当たり。これなら室内で育てられるからね」
黒小豆を綿に植え、少量の水をしませた皿を棚にたくさん置いてある。
各家に一部屋、栽培室を設けたので冬でも新鮮な野菜が食べられる仕組みだ。
しかも、外に出ずに。
「うん、美味しい」
「あっ、ダメだよ、レニア。それは洗うか加熱しないと」
「大丈夫よぉ、少しくらい。アッシュは心配性ねえ」
いや、君が大胆なんだと思うけど。祖父の話では有機栽培したもやしは生で食べると死ぬことがあるという話だった。ま、これは肥料を与えていないので大丈夫だ。
「でも、お昼ご飯にはまだ早いし、蜜柑もあるから、そっちにしなよ」
「ああ、そうね。蜜柑もたくさん持ってきたものね!」
祖父は種なしの蜜柑を育てようと頑張っていたが、これはまだ種が少しある蜜柑だ。極上の蜜柑は酸っぱくなく、種も一つもないそうで、さらに桐箱や紙の袋に入れると高級感が出るそうだ。ま、別に箱や袋に入れなくても食べられるけど。
「領主、話がある。緊急だ」
ドンドンと強めのノックとともに村長のバドが家にやってきた。
これは何かあったな。
「はい、すぐ行きます」
僕はレニアと真剣な顔でうなずき合い、玄関へと急いだ。
「オレは今から外に出る」
熊の毛皮を着込んだバドが、開口一番にそう言った。
「なっ、どうしてですか」
僕は驚く。何しろ昨日、バド自身が「不要不急の外出はここでは避けろ。外で寝ると死ぬぞ」と言ったばかりなのに。
「部下の家で病人が出た。薬草が必要だ。それを採取しにいく」
「なるほど。でも、薬なら僕も多めに持ってきています。まずは病人を診てみましょう」
「おお、それはありがたい。では頼む」
「薬箱、持ってくるわね!」
僕らは家の渡り廊下を通って、その病人がいる家へと向かった。
十棟の家はすべて、壁と屋根付きの渡り廊下で接続されているから、外に出なくてもお隣さんへ行ける仕組みだ。
隣の家では囲炉裏の隣で、まだ幼い女の子が粗末な布を被せられていた。顔が赤く、汗も掻いていて、見るからに苦しそうだ。
「ちょっと、どうしてこんな寝かせ方をしてるの! 服を着替えさせないと」
レニアが怒るが。
「服はそれしかないのです」
父親らしき男が肩を落として言った。この人がバドの部下だろう。
「もう、アタシがいいのを持ってくるわ。待ってて!」
レニアがすぐに走って取りに行く。
「熊の毛皮は、着せてあげないのですか?」
僕は部屋の端に置いてある毛皮が気になった。この父親も毛皮を着ているのだ。
「それが……うちの娘はどうしてか、毛皮を着ると咳が出て、着ていられないのです」
「ああ、体質ですね」
「軟弱だ」
バドが言うので、僕は強く首を横に振った。
「いいえ、体質が人によって少しずつ違うだけですよ。それに、こんな幼い子に鍛えろと今言ったところで病気は治りません」
「むう、確かに、余計な事を言った。すまん」
「「 いえ 」」
「布団も持ってきたわ、さあ、着替えるわよ! 男どもはあっち向いてて!」
レニアは特製のよく水を吸うタオルでその子を拭いてやり、彼女が持ってきた服を着させた。
「下着は二枚。薄い綿と二枚目は厚手の羊毛よ。これなら肌が弱い子でも大丈夫。背中にタオルを入れておくから、汗を吸ってきたら取り替えてあげて」
「タオル?」
「ああ、この小さな輪っかを織り込んだものよ」
「な、なるほど、どうやってこんな細かいものを」
「そこは裁縫師だもの、と言いたいけど、アッシュが造ってくれた特注の機織のおかげ」
「分かりました。それにしても、こんな上質で滑らかな布ができるとは……」
「それはレニアの腕前ですよ」
僕は苦笑しながら言う。彼女は布の特性を活かしながら色々工夫して、さまざまな服を造りあげる。木くずを酢酸に浸け、そこから布を造り出したりと、まるで錬金術のようなこともやってのけるのだ。
あとは粉の薬を溶いたものを飲ませてやり、頭の熱を冷やしてやることしかできない。
回復を祈るだけだ。
「今夜はアタシが看病してるから、アッシュは戻ってていいわよ」
「分かった。レニアも無理しないでね」
「うん、分かってる」
僕は彼女にこの場を任せ、早めに寝ることにした。明日の朝、まだ容態が良くなっていなければ、今度は僕が交代して看病するのだ。
僕はそこの領主になることを国王から命じられた。
領民がちゃんと暮らしていけるようにしていくのが僕の役目であり、同時に、それが僕の望みでもあった。
人々が笑って安心してのんびり暮らせるのが一番なのだから。
「でも、畑が作れないのは痛いわねえ」
囲炉裏に手を伸ばして暖を取りながら、レニアが肩をすくめた。
「そうだね。でも、野菜作りはもう始めてるから」
僕はニッコリ笑って教えてあげた。
「えっ、でも、外は雪よね?」
「うん」
ノースオーシャンは積もる雪によって外出などはできない。
「ちょっとぉ、アッシュ、早く種明かしをしなさいよ。いつも手品みたいなことをするんだから」
「はは」
手品ではない。それは知識である。
それも異世界の知識。
うちの祖父が伝えてくれた大切なもの。
「じゃ、レニア、この部屋を見て」
僕は奥の小部屋のドアを開ける。
「暗くてよく見えないわ」
「明かりを灯すね」
壁のスイッチを入れると、天井に設置された魔石灯が部屋を照らした。同じ魔物から取れた魔石のかけら同士は近い場所だと共鳴する。だから配線なしの照明にはもってこいだ。
「あっ、何か育ててるわね。これって、もやし!」
「当たり。これなら室内で育てられるからね」
黒小豆を綿に植え、少量の水をしませた皿を棚にたくさん置いてある。
各家に一部屋、栽培室を設けたので冬でも新鮮な野菜が食べられる仕組みだ。
しかも、外に出ずに。
「うん、美味しい」
「あっ、ダメだよ、レニア。それは洗うか加熱しないと」
「大丈夫よぉ、少しくらい。アッシュは心配性ねえ」
いや、君が大胆なんだと思うけど。祖父の話では有機栽培したもやしは生で食べると死ぬことがあるという話だった。ま、これは肥料を与えていないので大丈夫だ。
「でも、お昼ご飯にはまだ早いし、蜜柑もあるから、そっちにしなよ」
「ああ、そうね。蜜柑もたくさん持ってきたものね!」
祖父は種なしの蜜柑を育てようと頑張っていたが、これはまだ種が少しある蜜柑だ。極上の蜜柑は酸っぱくなく、種も一つもないそうで、さらに桐箱や紙の袋に入れると高級感が出るそうだ。ま、別に箱や袋に入れなくても食べられるけど。
「領主、話がある。緊急だ」
ドンドンと強めのノックとともに村長のバドが家にやってきた。
これは何かあったな。
「はい、すぐ行きます」
僕はレニアと真剣な顔でうなずき合い、玄関へと急いだ。
「オレは今から外に出る」
熊の毛皮を着込んだバドが、開口一番にそう言った。
「なっ、どうしてですか」
僕は驚く。何しろ昨日、バド自身が「不要不急の外出はここでは避けろ。外で寝ると死ぬぞ」と言ったばかりなのに。
「部下の家で病人が出た。薬草が必要だ。それを採取しにいく」
「なるほど。でも、薬なら僕も多めに持ってきています。まずは病人を診てみましょう」
「おお、それはありがたい。では頼む」
「薬箱、持ってくるわね!」
僕らは家の渡り廊下を通って、その病人がいる家へと向かった。
十棟の家はすべて、壁と屋根付きの渡り廊下で接続されているから、外に出なくてもお隣さんへ行ける仕組みだ。
隣の家では囲炉裏の隣で、まだ幼い女の子が粗末な布を被せられていた。顔が赤く、汗も掻いていて、見るからに苦しそうだ。
「ちょっと、どうしてこんな寝かせ方をしてるの! 服を着替えさせないと」
レニアが怒るが。
「服はそれしかないのです」
父親らしき男が肩を落として言った。この人がバドの部下だろう。
「もう、アタシがいいのを持ってくるわ。待ってて!」
レニアがすぐに走って取りに行く。
「熊の毛皮は、着せてあげないのですか?」
僕は部屋の端に置いてある毛皮が気になった。この父親も毛皮を着ているのだ。
「それが……うちの娘はどうしてか、毛皮を着ると咳が出て、着ていられないのです」
「ああ、体質ですね」
「軟弱だ」
バドが言うので、僕は強く首を横に振った。
「いいえ、体質が人によって少しずつ違うだけですよ。それに、こんな幼い子に鍛えろと今言ったところで病気は治りません」
「むう、確かに、余計な事を言った。すまん」
「「 いえ 」」
「布団も持ってきたわ、さあ、着替えるわよ! 男どもはあっち向いてて!」
レニアは特製のよく水を吸うタオルでその子を拭いてやり、彼女が持ってきた服を着させた。
「下着は二枚。薄い綿と二枚目は厚手の羊毛よ。これなら肌が弱い子でも大丈夫。背中にタオルを入れておくから、汗を吸ってきたら取り替えてあげて」
「タオル?」
「ああ、この小さな輪っかを織り込んだものよ」
「な、なるほど、どうやってこんな細かいものを」
「そこは裁縫師だもの、と言いたいけど、アッシュが造ってくれた特注の機織のおかげ」
「分かりました。それにしても、こんな上質で滑らかな布ができるとは……」
「それはレニアの腕前ですよ」
僕は苦笑しながら言う。彼女は布の特性を活かしながら色々工夫して、さまざまな服を造りあげる。木くずを酢酸に浸け、そこから布を造り出したりと、まるで錬金術のようなこともやってのけるのだ。
あとは粉の薬を溶いたものを飲ませてやり、頭の熱を冷やしてやることしかできない。
回復を祈るだけだ。
「今夜はアタシが看病してるから、アッシュは戻ってていいわよ」
「分かった。レニアも無理しないでね」
「うん、分かってる」
僕は彼女にこの場を任せ、早めに寝ることにした。明日の朝、まだ容態が良くなっていなければ、今度は僕が交代して看病するのだ。
0
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
無自覚チートで無双する気はなかったのに、小石を投げたら山が崩れ、クシャミをしたら魔王が滅びた。俺はただ、平穏に暮らしたいだけなんです!
黒崎隼人
ファンタジー
トラックに轢かれ、平凡な人生を終えたはずのサラリーマン、ユウキ。彼が次に目覚めたのは、剣と魔法の異世界だった。
「あれ?なんか身体が軽いな」
その程度の認識で放った小石が岩を砕き、ただのジャンプが木々を越える。本人は自分の異常さに全く気づかないまま、ゴブリンを避けようとして一撃でなぎ倒し、怪我人を見つけて「血、止まらないかな」と願えば傷が癒える。
これは、自分の持つ規格外の力に一切気づかない男が、善意と天然で周囲の度肝を抜き、勘違いされながら意図せず英雄へと成り上がっていく、無自覚無双ファンタジー!
異世界転生してしまった。どうせ死ぬのに。
あんど もあ
ファンタジー
好きな人と結婚して初めてのクリスマスに事故で亡くなった私。異世界に転生したけど、どうせ死ぬなら幸せになんてなりたくない。そう思って生きてきたのだけど……。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる