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03話
しおりを挟む――姫は、未だに行方不明。犯人の……も同じく逃走中でどこかに潜伏している模様。当時事故に巻き込まれたメルボーン国王陛下は……辛い表情を見せながらも、必ず彼女を見つけ出しこの手で犯人から救い出すと改めて表明した。
今後は宮廷魔法使いや王立騎士の部隊数を増やして近隣領都や辺境の森林まで捜索範囲を拡大する予定だ。
最初や文章のところどころの内容はすり切れて読めませんでしたが、お姫様が誘拐されてしまったという内容でした。メルボーン国王陛下は、ここウィンザリー王国を治める君主です。
この三年、領土拡大のために隣国である複数の小国へ侵攻し、次々と王朝を滅ぼして取り込んでいきました。
四十路で未だに野心を燃やす彼は世界に冠たる大国を目指し、国民の安寧など顧みず、血税を使って他国へ侵攻しています。自分と対立する者は家族も含めて処刑する、傍若無人な人間だといいます。その結果、彼の周りには首を縦に振ることしかできない役人ばかりだとか。
一般市民の私ですら知っているので、恐らくは有名な話なのでしょう。
でもメルボーンという名前を見た途端、胸の奥がどきりとして、いてもたってもいられない気持ちになりました。
一体どうして……? 国王陛下は、私が記憶をなくしたことと何か関係があるのでしょうか? 国王陛下と一般市民の私が?
判然としない感情に動揺していると、突然手にしていた新聞紙が上へ引っ張られました。驚いて頭を動かせば、いつの間にか旦那さまが私の後ろに立っていました。
いつも家に帰ってきたら、真っ先に私の名前を呼んで「ただいま」と言ってくれるのに。今日の彼は私を咎めるような目つきで一言も発さずに仁王立ちしています。
私は困惑して、身が竦んでしまいました。
あのう、旦那さま……?
不安げな目つきで旦那さまをじっと見れば、突然彼は新聞紙を握りつぶし、手のひらの上で跡形もなく燃やしてしまいました。
――――怖い。
自分でも分かるくらい青ざめていました。
どうしていつものように優しく私の名前を呼んでくれないのか。何が気に入らなくて旦那さまの機嫌を損ねてしまったのか。見当もつきません。
ほどなくして沈黙を破ったのはラプセルさんでした。
「シェリル~いい加減待ちくたびれましたよ~。ドーナツ、食べていい?」
テーブルの隅にちょこんと留まっていたラプセルさんはいつの間にか私の目の前まで移動していて、こちらを向くようにと翼を羽ばたかせます。すると口を閉ざしていた旦那さまが、ピョコピョコと飛び跳ねておねだりをするラプセルさんを見て、漸く口を開きました。
「……昨日こっそり角砂糖を食べていたでしょ? 砂糖の摂りすぎは身体に毒だし、食い意地張りすぎでは?」
「まったく。これだから青二才は~。こっそり食べる角砂糖と堂々と食べるドーナツの味は別物なんですよ~? それに、私は主にこき使われてるんだから甘いものを食べないとやってられないですよ~。少しは労ってもらいたいくらいです~」
講釈を垂れるラプセルさんに対して旦那さまは苦笑交じりにやれやれと肩を竦めました。ドーナツを食べやすい大きさに割ると差し出します。
ラプセルさんは嬉しそうにピョコピョコ跳ねながら旦那さまの手に近づくと嘴でつついて食べ始めました。
良かった。いつもの旦那さまです。私はほっと胸をなで下ろしました。
ラプセルさんがドーナツを食べ終わる頃合いを見て、銀の万年筆を使って空中に伝えたい言葉を書きます。
『今日 いつもより 早いです』
「久しぶりに仕事が早く終わったんだ。最近は帰りが遅くて食事もろくに一緒にできなかったね。これはちょっとした罪滅ぼし」
旦那さまは私の腕に植物がモチーフの金の腕輪をはめてくれました。私の髪と同じ金色の腕輪には、同じく私の瞳と同じ緑の貴石が一つ埋めこまれています。
『こんな高価なもの 受け取れません』
「大したものじゃない。これはお守りみたいなものだから肌身離さずつけておいて。月光に当てるともっといい。シェリルに精霊の加護があらんことを」
旦那さまが呪文を唱えるとぶかぶかだった腕輪の大きさが私の腕にぴったり合うように収縮してしまいました。これでは外すことはできません。
いつも贈り物は日用品以外断っていたので今回は先に手を打たれました。腕輪から旦那さまへと視線を移すと、してやったりな微笑みを浮かべています。
こうなってしまえばお礼を言うより他はありません。
『ありがとうございます 大切に扱います それと今日の晩ご飯はミートパイです』
旦那さまはミートパイという字を見て、ぱっと目を輝かせました。
「それはとても楽しみだなあ。今日の俺はツイている。だからできれば……隠し味に唐辛子は入れないで欲しいな」
「っ!?」
旦那さまは私の耳元に顔を寄せると悪戯っぽい口調で囁きました。
私の顔は火を噴いて、耳の先まで真っ赤になってしまいました。
パクパクと口を動かしながら、慌てて万年筆を取って空中に走り書きします。
『それ 半年以上前 意地悪です!』
半年以上前はまだ料理の基本すらまともにできない頃で、たくさんやらかしたのです。熱い頬を手で押さえて俯いていると旦那さまが私の頭を撫でてきました。
「揶揄ってみただけだよ。シェリルが俺のために頑張って作ってくれたものは、すべて俺にとってかけがえのない宝物だよ。いつもありがとう」
ああ、旦那さまの私を慈しむ眼差しが、どうしようもなく私の胸を焦がします。
もしも、声を発することができるなら旦那さまの名前を、私の想いを伝えたい。声が出せないのがもどかしくて、私はきつく目をつむって彼に抱きつきました。
けれどそれも束の間。旦那さまは私を優しい手つきで離すと、調べることがあると言って書斎に引きこもってしまいました。
いつもなら、帰宅したらまずはお茶の一杯を飲んで寛ぐのに。やはり、今日はどこか様子が変です。
そのことが気がかりで尋ねてみましたが、はぐらかされるだけでした。私は小さく息を吐くと仕方なく晩ご飯の支度を始めました。
きっとただの杞憂だろう、そう思って……。
けれど、その日を境に旦那さまの表情はどんどん険しくなっていきました。何かに追いつめられている様子で仕事へ行って帰ってきても以前のような柔和な雰囲気はなく殺伐としています。
少しでも力なりたくて私が何かあったのかそれとなく尋ねますが、やはりはぐらかされるだけでした。
私は旦那さまの奥さんなのに。私は旦那さまの力になりたいのに。
夫婦というものは病めるときも健やかなるときも、お互い支え合って生きていくものではないのでしょうか……?
結局何もできず、悶々とする日々が過ぎていきました。
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