竜の巣に落ちました

小蔦あおい

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20話

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 二人とも面識があるとはどういった関係なのだろう。
 竜は滅多に人前に姿を現さない。例え国の王様が会いたいと望んでもそう簡単には会えない者たちだ。
 いや、サンおばさんのことを考えれば竜に知り合いがいても不思議ではないのかもしれない。王宮からスラム街までいろんな世界を渡り歩いている彼女は、竜どころか下手をしたら魔女や悪魔の知り合いがいそうだ。

「二人とも知り合いなの?」
 控えめに尋ねると、今度はシンティオが驚きの声を上げる。
「ルナよ、それはこちらのセリフだ。知り合いも何も、この者は初代竜王の末妹だぞ」
「へっ!?」
 予想していなかった答えに私は間抜けな声を上げてしまった。
「待って、それってつまりサンおばさんも…………爬虫類」
 語尾になるにつれて私の声は強張っていく。自ずと横にいるサンおばさんから距離を取ってしまった。
 敬愛する師匠にこんな態度を取ることはいけないことだと分かっている。けれど、正直な身体は意思より先に拒否反応が出てしまった。

「竜だと黙っていたのは人間に正体を明かさないという竜族の掟があるからね。あと、いくら見てくれがトカゲやヘビと似ているからって高尚な竜をそいつらと一緒にするんじゃないよ!」
 サンおばさんは片眉を跳ね上げてぴしゃりと私に言うと、今度はシンティオの方を向いた。
「それからシンティオ。ちょっとばかし人間の欲にのまれて倒れるとは随分弱くなったもんだね」

 嫌味を言われるシンティオは肩をすくめていた。恐らく、普段の彼ならばそう簡単には欲にのまれることはないのだろう。現に少し不満そうにサンおばさんを見ている。
「あれはあのブルネット女の欲の念が凄すぎたのだ。その女と会うまで大勢の人間と会っても問題はなかった」
「ねえ、欲にのまれたってどういうこと?」
 いい加減、その言葉の真意が知りたくて私は話に割って入った。気になりすぎて心がむず痒くて限界だ。
 サンおばさんが顎をしゃくって答えるようシンティオに指示すると、説明が始まる。

「これは普通の竜が持たない力。……我は生まれつき知能が高い生き物の心の声が聞こえるのだ」
「それって仲間の竜だけじゃなくて人間もってこと?」
 言葉をさらにかみ砕いて訊けば、そうだと頷かれた。
 ということは今まで私の心の呟きはダダ漏れだったってこと!?
「無論、全部が聞こえるというわけではない」
 それを聞いて私はとても安堵した。最初の頃、心の中ではまあまあな頻度でシンティオのことボロカスに……いや、あれは初めて竜に会って周章狼狽だったんです、はい。

「聞こえる声というのは強い意思が伴っている。だが、それもあまりに強すぎると意思が念となって我の心の中に直接入ってくる。それは昔の記憶だったり、野望の想像だったりするな。これにのまれると心が食い潰されてしまうのだ」
 そう話すシンティオの目は茫洋としていて、どこを見つめているか分からなかった。
 耐え忍ぶようにきつく握り締める拳は震えていた。私の想像なんかよりも遥かに壮絶なものを目の当たりにしたに違いない。

 やがて、シンティオは疲れたという風に深く息を吐く。
「人間というのは時に竜よりも強い念を発する。それは大抵が欲にまみれた感情だ。あのブルネット女のそれは実に醜悪だった。そういった念に気づけば事前に月長石の力で遮断するのだが。今回は先にのまれてしまったのだ」
 すると今度はサンおばさんが口を開く。

「欲にのまれると深い眠りに落ちて心の底から凍えちまうのさ。薬を飲まなければ十年は目を覚まさないし、起きる前に心を食い潰されるから心臓が弱っちまってダメになる。だからアタシが薬を持ってやって来たことに感謝しな!」
 相変わらずふてぶてしい態度に苦笑いを禁じ得ない。しかし、いつものサンおばさんの態度がしんみりとした空気を打ち破ってくれた。
 シンティオを見れば、苦笑を浮かべるも、さっきより少し元気になったみたいだ。


 丁度、正午を告げる教会の鐘が鳴り響く。それを合図にサンおばさんは膝を叩いて立ち上がった。
「さーて、もう動けるようになっただろう? 店に帰って昼食にするよ」
 私とシンティオは二つ返事で立ち上がると先に歩き始めたサンおばさんの後ろに続いた。
 昼間となれば通りは雲霞の如く人が押し寄せ、ピークを迎える。それが嫌いなサンおばさんは大通りとは反対の路地裏の方へと歩みを進めていく。

 朝からいろいろあって今更ながら私の身体にはどっと疲れが押し寄せてきた。
 重たくなった足を動かしながら、ぼんやりとサンおばさんを見つめる。ふと、何気なく視線をシンティオの手に落とす。指には薄ぼんやりと光の筋が入った月長石が神々しく光っていた。

「ルナ」
 シンティオに呼ばれて顔を上げると、難しいような顔をしている。どうしたのかと不安そうにすると耳元で囁かれる。
「今回欲にのまれて確信したことがある。あのブルネット女には気をつけた方がいい。自分の身体を使って男を誘惑する技に非常に長けておるし、欲しいものを手に入れるためなら手段は選ばぬようだ」
 私は少し驚いた。
 ブルネット女は元恋人の婚約者となり玉の輿にまでのし上がったが、それは元恋人が先に惚れたわけだし彼女は何もしていないと思う。

 私が初めて彼女に会って抱いた印象は『美しく艶めかしい女性』だった。
 シンティオの言うような狡猾さは微塵も感じなかったけど。もしも彼女の本性がそれなのだとしたらとても厄介だ。

 まあ、どちらにせよトカゲの尻尾が手に入れば山に籠るし関係ないか。
 というより、これからトカゲの尻尾を採らなきゃいけない方がブルネット女よりもよっぽど厄介だ!
 私は深いため息を吐いて項垂れた。


 整備されていない路地裏は迷路のように入り組んでいた。右に曲がれば次は左、その次は右といった具合にくねくねと進むため、今どのあたりを歩いているのか分からなくなる。前を行くサンおばさんを頼りに黙々と歩き進めていると、シンティオに服の裾を引っ張られる。

「ルナ、バタバタして遅くなったが、服をありがとう。其方の新しい服もよく似合っている。あと服屋での其方は……可愛かった」
「はい?」
 聞き間違えたのかと思ったけれど、真顔のシンティオからしてそうではないようだ。
「うーむ少し違うか。正確には我の新しい姿を初めて見た其方の狼狽えっぷりが面白かったのだ! 我、そんなに其方好みの男になったのか?」

 そりゃあ、友人の手によって私好みの男性ファッションを身に纏ったんだ。否が応でも私の好きなタイプに当てはまるわ。
 って、あれ? なんで私好みって知ってるの? ん、もしかして私の心の声を――。

 辿り着いた答えに私の顔から火が出る。
「ひ、人の心の声を勝手に聞くなあああ!!」
「違う、我は聞いてない! 聞こえてもおらぬ! ルナの顔に書いてあったぞ!!」
「人の顔も読むなあああ!!」
「それは理不尽というものではないのか!?」

「あんたたち五月蠅いよ! 黙って歩きな!!」
 ぎゃあぎゃあと騒いでいると最後にはサンおばさんの雷が落ちた。
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