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22話
しおりを挟む迷路のような路地裏から通りに出ると、丁度正面に私の店が現れた。薄暗い路地裏から通りに出ると太陽の光が眩しく、目を細める。
徐々に目が慣れてある光景を目の当たりにした途端、私はとても困惑した。何故なら、店の前には数十もの人だかりができていて、何人かが窓から店の中を覗き込んでいるのだから。
商品のクレーム? 何かやらかしたっけ? と心の中で焦っていると、人だかりのうちの一人が私たちに気がついて声を上げた。
「見て! 店に帰って来たわよ!!」
その一声で人だかりがぐるりとこちらを向き、一斉に黄色い声が上がる。顔を見れば全員が女性。しかも、歳の若い娘からいい年をした婦人までいる。
彼女たちの視線の先は言わずもがなシンティオだった。町に帰って来た時にあれだけ人目を引いていたし、隣に私がいたとなれば行き先はここしかない。
当の本人は初めて私の店に来たから状況が分かっておらず、人気の薬屋なんだなといった感じで呑気な顔で眺めている。
「はあん、これはいい商売ができそうだねえ」
眉間に皺を寄せて不敵に笑うサンおばさんは傍から見れば身も縮むような狂気に満ちた面構えをしていた。その顔が大儲けしようと企んでいる時の顔だと私は知っている。
ただ、もとが強面な顔で、普段愛想もないので、客観的な第一印象は殺人鬼だ。これでは商売どころか蜘蛛の子を散らすように逃げられてしまう。
幸い、皆シンティオにお熱でサンおばさんを見ていなかったので私はホッとした。
「こんなにお客さまがいらしてるんだ。昼食はあとだよ!! シンティオ、病み上がりで悪いけどアンタには店を手伝ってもらうよ!」
シンティオは目を白黒させてサンおばさんを見た。
「わ、我が? それならルナの方がベテランだろう。寧ろ我にできるのか?」
「アンタにしかできないから頼んでんだよ。今度は呑まれないように今から月長石を使っておきな」
「路地裏を出る前から念のために月長石の力は使っている。また倒れでもしたら今度こそ黄金のリンゴの完成に遅れてしまう。そうなるとルナが困るからな」
爽やかな笑みと共に紡がれた気遣いの言葉に私の心臓が跳ねた。誰にも悟られぬように店の方へと視線を向ける。
嗚呼、もう。全ては私好みのファッションのせいだ! 恋をしたところで奴は爬虫類だしそれにこの関係は黄金のリンゴが完成するまでだ。
……あれ? そういえば、黄金のリンゴが完成して店を引き渡さなくて済んだらシンティオはどうするんだろう。竜の国には暫く帰れないって言っていたし。
今まで考えもしなかった疑問がわいてくる。
「ほら、いつまでも突っ立ってないでさっさと働くよ!!」
サンおばさんは人だかりをかき分けて玄関扉の鍵を開ける。それからシンティオを呼んで二人でお客さまを店の中へ誘導し始めた。
今はシンティオのことよりもお店を回すことを考えなくちゃ! 無理矢理言い聞かせると、私も店の開店準備を進めた。
早速接客をしようとした矢先、私はサンおばさんに裏手にある勝手口の前に呼び出された。渡されたものは糸と棒、小さなミミズの入った木椀、肩に下げられる蓋つきの小さな籠。
あら、魚釣りでもして来いってことですか? これでも結構腕は良いんですよ。なんてすっとぼけたことを言いたかったけれど、当然察しがついている私はサンおばさんに恨めしい視線を送る。
「仕方ないだろう。あれだけシンティオが目立っちまったんだ。皆、アレ目的で来ているし、アタシャ頼まれてる作りかけの薬を完成させないといけないし。こうなったらルナが一人でトカゲを釣って捕まえるしかないんだよ」
「いや、でも……」
「アタシャ忙しいんだよ。さっさと行った行った!」
強く背中を押され、反論する前に外へ締め出されてしまった。扉の閉まる音と同時に鍵のかかる音が無常に響く。
「サンおばさんの薄情者……」
諦めたように私は深いため息を吐くと、のろのろとした足取りで歩き始めた。
気が進まないまま、到着した場所は教会墓地。
町の大通りに接し、建物が密集している場所では緑がなくてトカゲが生息できる場所はない。よって大通りから少し離れた場所で、ある程度緑があるとなるとここしかない。
何度か母の墓に花を手向けに来た際、トカゲを見かけたことがあったから間違いないだろう。
敷地内に入ると早くも、墓石の上で日光浴をしている数匹のトカゲを発見した。
嗚呼、安らかに眠る死人の上で何くつろいでるんだあいつらは。悪態を吐いたけれど今、糸先にミミズをつけて釣りの準備をしている私も私で相当な罰当たりだと苦笑する。
嗚呼神様、これもすべては店のためなのです。どうかお許し下さい、アーメン。
ゆっくり近づくと、日の光を浴びるトカゲたちは鱗が白く光っていた。
今までの私ならこの段階で吐き気を催しただろうに、不思議と何も感じなかった。これは至近距離で執拗なまでにシンティオの鱗を見てきたせいなのか。何だろう、構えていたのに変に物足りない。
気を取り直してミミズのついた糸をトカゲの目の前に垂らした。ちょいちょいと糸を上下に動かせば、それに合わせてトカゲたちも頭を動かす。いい反応だ。あとは食いついて籠に入れて蓋さえしてしまえばこちらのもの。
しかし、そう上手くはいかなかった。
木に留まっていたカラスが鳴き声と共に飛び立つと、音に驚いたトカゲたちは俊敏な動きで草むらへと逃げだしてしまった。
「あともう少しだったのに!!」
「何があと少しだ?」
振り返ると、元恋人の友人二人組の姿があった。
「帰って来てるって聞いたから随分探したんだぜ?」
「今日はお前に贈り物を渡しに来たんだ」
ニヤニヤと笑う彼らに、私は片眉を跳ね上げて鋭い目つきで対峙する。
「贈り物? あなたたちから貰うものなんて何もない。寧ろ遠慮する」
間合いを取るように私は後ずさる。けれど、いつの間にか逃げられないように墓地の隅の方へと追い込まれていた。
「まあそう遠慮するなよ。女らしくないお前を今から可愛げのある女になれるように協力してやるんだからさ」
二人組のうちの一人が後ろ手に隠し持っていた桶を前に持って来ると、中身を私めがけて放り投げた。弧を描くようにして桶の中からあるものが飛び出す。大量のトカゲだ。
嗚呼神様、確かに私はさきほど物足りないって言いましたけど…………こんな状況は望んでいません!!
スローモーションで降り注ぐトカゲたちを眺めながら私は思う。
この二人組、報復の仕方が随分幼稚すぎるし、寧ろトカゲこんなに集めたとか暇人の極みだわ!
そしてそんな幼稚な報復で竦んで身動きが取れない私も私だ。
真っ青になった顔面に一匹の大トカゲが貼りついたことによってゆっくりと流れていた時間の流れがもとに戻った。
「ぎゃああああああ!! いやああああああ!!」
残念ながら、可愛げのある女にはまだなれそうにない。
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