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39話
しおりを挟む「そこまで思い詰める必要はない。黄金のリンゴは普通のリンゴと同じでいずれ腐るし、食べなければ害はない。…………我としては元恋人やらが食べることを望むがな」
「え?」
最後に何かをぽつりと呟いた気がして、隣にいるシンティオを見上げる。
彼は目で笑うと何でもないと応えた。
「さて、我もいただくとしよう」
シンティオは黄金のリンゴを口で咥えると、器用に取り上げる。
黄金のリンゴが木から離れると、それまで引っ張られてたわんでいた枝が反動で大きく揺れ、黄金の葉が数枚舞い散った。
太陽の光を反射させて煌めくそれは、まるで妖精がダンスをしているようだ。
シンティオはそのまま木から数歩下がると、空を仰ぐ様にして黄金のリンゴを丸呑みした。ゴクンという音と共に食道を通っていく。
ほどなくして、黄金のリンゴがシンティオの体内で強烈な光を放った。というよりも体内で爆発した。
固そうな鱗を貫かんとするような閃光がほとばしり、間近で見ていた私の目は眩む。
堪らず目を閉じたけれど、瞼の裏からでも確認できるほどの光源だった。逃れたい一心で私は腕で顔を覆って身体を捻る。
だんだん光が納まって辺りが薄暗くになると、私は慎重に瞼を開ける。
「ルナ」
名前を呼ばれて徐にシンティオの方を見ると、彼は竜の姿から人間の姿になっていた。
いつもならここで私は顔を真っ赤にして、服を着るように叱咤する。ところが、今回は違った。
目の前にいるシンティオは素っ裸――ではなく、私に預けていたはずの服を纏っている。
「ええと、シンティオ?」
訳が分からなくて説明を求めると、シンティオは顎に手をあてて口を開いた。
「黄金のリンゴを食べれば全てが手に入れられる。その真意は竜の本来持つ力が回復するということだ。今の我は無敵だ!」
心なしか誇らしげに胸を張っている。
私は目を細めると両手を合わせて感嘆の声を上げた。
「わああっ! それって凄く、物凄く……地味だね」
初代竜王の空恐ろしい話や現竜王の偉業を果たした話を聞いていただけあって、シンティオのレベルがどのくらいなのか良く分からない。
正直、人の姿になった時に自動で服が着られるようになっただけなんて小物な気がする。
「なっ、何を言うか! ルナよく見るのだ! ほら、指輪を外しても我の意に反して竜の姿に戻ることはないぞ!!」
躍起になったシンティオは指に嵌めていた指輪を外し、どうだと訴えてくるが私の答えは変わらない。
「うん、それも地味」
笑顔でばっさりと切り捨てると、シンティオはしゅんとなった。
しかし、悲し気なその表情はすぐに真顔になる。
彼が引きずらなかったのは、辺りが随分明るくなっていることに気づいたからだろう。
耳を澄ませば鳥たちが朝を告げるために歌声を響かせている。
これではいつアンスさんが目覚めていてもおかしくない。
シンティオは再び指輪を嵌めると、こちらに手を差し伸べてきた。
「早くアンスの元に戻るとしよう。我の手に手を乗せてくれ」
「うん?」
私は首を傾げた。さっきは自動で服を着て人の姿になったから、てっきり今回も自動で服を脱いで竜になるものだと思っていた。
どうやら見当違いらしい。
眉を顰めて怪訝な視線を向けてみるが、シンティオはそれを無視してさっと私の手を取った。
「やれば分かるのだ」
そう言うとすぐに私とシンティオを中心にして足元から円を描くようにそよ風が巻き起こる。
野原に咲く草花は揺れ始め、その揺れは風の強さと共に大きくなっていった。
強い風が顔に直接当たっているわけではないけれど、風圧に耐え兼ねて私は目を瞑った。
耳元でびゅうびゅうと唸るような風で鳥の鳴き声も草花の擦れる音も聞こえない。
やれば分かるって何!? こっちは知らないんだから何が起こっているか分からないし、ちゃんと口で説明してよね!!
心の中でぼやくものの、これから何が起ころうとしているのか分からなくて身が竦む。
すると、私の気持ちを察してかシンティオの握る手に力が籠った。大丈夫だと言い聞かせるようにもう一方の手が私の頭をぽんぽんと叩く。
嗚呼、だからちゃんと口で言って欲しい! とは言え、おかげで私の気は楽になった。
やがて吹き荒れていた風がぴたりと止んだ。
「終わったぞ」
そう言われ、再び目を開ける。
え? ……ええ!? 何が起こったの!?
私は口を半開きにして立ち尽くした。
いつの間にか私が落ちた穴から少し離れた場所に移動している。
あれだけシンティオが使える力を地味だ地味だと言ったけれど、これは地味じゃない!
興奮した眼差しをシンティオに向けると、彼は手を握ったり開いたりして感覚を確かめていた。
「やはり力が使えるのは良いものだな。使えぬと不便で仕方なかった」
その独り言を聞いて、不意に私の中で疑問が湧いてきた。
竜の力って言っているけど、これってつまり魔法のことだよね? 竜は日常的に魔法を使ってるってこと?
そういえばサンおばさんが魔法を使ってるの一度も見たことないけど……あれ、これ掟に抵触なんてしないよね?
ハッとすると同時に、遠くの方からシンティオの声が聞こえた。
「何をしておる、早く来るのだ」
いつの間にシンティオとは随分距離ができてしまっていた。
「待って、今行くから!」
そうだ、竜の雄は抜けている節がある。もしかしたら……。
うん、さっきのは見なかったことにしよう。そうしよう。私が見なければ掟を破ったことにはならないんだし!
私はそう決め込むと、彼のあとを追いかけた。
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