竜の巣に落ちました

小蔦あおい

文字の大きさ
54 / 64

54話

しおりを挟む


 やって来たのは二頭の馬に引かれた豪奢な造りの黒い馬車。
 御者が馬を停めて扉を開けば、ずんぐりむっくりした男が一人、降りてくる。

 身に纏っている立ち襟の黒い衣から、この場にいる誰もが彼は教会の司祭様だと気づいた。
「一体何の騒ぎですかな?」
 巨体を揺らしながら近づいてくる司祭様に、聴衆は自然と両側に割れて道をあける。

 できた一本道の先にはステージがあり、背の低い司祭様は漸くステージ上で捕縛されて横たわっている元恋人を目の当たりにし、顔を強張らせた。しかしそれはほんの一瞬で、直ぐに穏やかな微笑みを浮かべた。

 元恋人は司祭様の登場に気づくや否や、頭をもたげて必死に訴える。
「し、司祭様助けて下さい! こいつら俺に暴力を!」
「何言ってやがるこのクソ野郎っ。先に薬師の姉ちゃんに手ぇだそうとしたのは、おめぇだろうがよ! そこの兄ちゃんが瞬時に動いておめぇをいなしてなきゃな、今頃姉ちゃんが傷物になってたんだぞ」
 腕を組んで仁王立ちしている補佐さんは悲劇のヒロインぶる元恋人を睨み、一喝する。そのあまりの迫力に元恋人は短い悲鳴を上げた。

 やはり補佐というより彼は、ヤのつく仕事の方が性に合っているような気がする。
 それにしても私が目を瞑っている間にそんなことが起こっていたとは。
 シンティオが庇ってくれたことは分かっていたけど、そこまでしてくれていたなんて。
 毎回助けに来てくれた時、自分が目を閉じて見ていないことが残念でならない。
 自ずとシンティオに視線を向けると、真顔の彼は口を開く。

「安心するがよい。ルナには指一本触れさせぬ。守るだけでは追撃の可能性があるから、動きを封じさせてもらった。……女子供に手を出すような非道な輩など、雄の風上にも置けぬ」
 シンティオは冷ややかな視線を元恋人へ送った。今まで怒った姿を目にしたことはあったが、ここまで剣幕な姿はなかなかない。
 人間の瞳であるはずの瞳孔が竜のように縦長に鋭くなっていく。
 私は腕を掴んで首を横に振った。

 落ち着いて。ここで怒りに任せて力を使えば大変なことになる。
 私が眉根を寄せて訴えると、シンティオは瞳孔を緩めて短く息を吐いた。
「嗚呼……分かっておる、分かっておる。あれと決着をつけるのは我ではない」
 怒りを収めたことが分かると、私は再び補佐さんたちの方を見て、会話に耳を傾ける。


 補佐さんが先に手を出した元恋人が悪いと息巻いていると、司祭様は穏やかな声で窘めた。
「まあ落ち着きなさい。恫喝はよくありませんぞ? その者がどんな罪を犯そうと、悔い改めて心を入れ替えれば救われます。神はいつも全てを見ておられるのですから。……ところで、私をここに呼び出したのは、このためではありますまい?」

 額に青筋を立てる補佐さんが口を開く前に、ニコラが二人の間に割って入った。
「ええ勿論です。本日司祭様にお越し頂いたのは、この領の司教についてお話をするためです。前大司教様の遺言により、我が領全ての教会を指導していた司教様が数カ月前より後任として着任されたため、現在我が領には司教はおりません。ですが、この度漸くそれが決まりました」

 聖職者の階級は、この国の教会最高権力者である大司教、各領の司祭を指導する司教、教会の儀式や住人に説教をする司祭の三つ。
 この領の司教様が大司教として引き抜かれてしまったため、司祭を指導する者がいないのだ。
「ということは……もしや私がこの領の司教に? ははあ。年齢で言えば、何も不思議ではありませんなあ」
 顎に手を当てて独り言のように司祭様が呟くと、ニコラはこっくりと頷いた。
「そうですね。年齢で言えばあなたが就いても何らおかしくない話です」
「長年、神に捧げてきたこの身。どんな任に就こうとも、それは神が私に与えて下さる試練です。なので何があっても受け入れますとも」
「そうですか。それではあなたの司祭職を剥奪することに異論はないということですね。話が早くて助かります」

 司祭様はぽかんとして、はあ? と間の抜けた声を上げる。
 それから数秒遅れてニコラの言葉を理解すると激怒した。頭からは湯気が立ち上りそうなほど顔は真っ赤に染まっている。

「私は清廉潔白ですぞ! 何を根拠に剥奪など!!」
「その体たらくでよくそんなことが言えるな。飢えたる者にあんたがパンを分け与えているようには一切見えねぇぞ?」
 首を傾げる補佐さんは口元を曲げて司祭様の頭のてっぺんからつま先までをわざとらしく眺める。
 癪に障ったのか司祭様はさらに顔を赤くした。
「ええい、話になりません! たかだが役人のあなたがたには何の権限もありません。領主様をお呼びなさい! まあ、行方不明で無理でしょうがな!」


「私ならここにいるぞ司祭」
 その覇気のある声を聞いて誰もが振り向いた。
 前髪をオールバックにばっちりと決め、威厳に満ち溢れたアンスさんがお付きの者をぞろぞろと従えてやって来た。

 ニコラが役人だということから、薄々は気づいていたけど。
 やっぱりアンスさんがここの領主様だったみたい。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セレフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セレフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セレフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセレフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセレフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セレフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された皇后を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

偉物騎士様の裏の顔~告白を断ったらムカつく程に執着されたので、徹底的に拒絶した結果~

甘寧
恋愛
「結婚を前提にお付き合いを─」 「全力でお断りします」 主人公であるティナは、園遊会と言う公の場で色気と魅了が服を着ていると言われるユリウスに告白される。 だが、それは罰ゲームで言わされていると言うことを知っているティナは即答で断りを入れた。 …それがよくなかった。プライドを傷けられたユリウスはティナに執着するようになる。そうティナは解釈していたが、ユリウスの本心は違う様で… 一方、ユリウスに関心を持たれたティナの事を面白くないと思う令嬢がいるのも必然。 令嬢達からの嫌がらせと、ユリウスの病的までの執着から逃げる日々だったが……

天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎ ギルドで働くおっとり回復役リィナは、 自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。 ……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!? 「転ばないで」 「可愛いって言うのは僕の役目」 「固定回復役だから。僕の」 優しいのに過保護。 仲間のはずなのに距離が近い。 しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。 鈍感で頑張り屋なリィナと、 策を捨てるほど恋に負けていくカイの、 コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕! 「遅いままでいい――置いていかないから。」

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

前世で孵した竜の卵~幼竜が竜王になって迎えに来ました~

高遠すばる
恋愛
エリナには前世の記憶がある。 先代竜王の「仮の伴侶」であり、人間貴族であった「エリスティナ」の記憶。 先代竜王に真の番が現れてからは虐げられる日々、その末に追放され、非業の死を遂げたエリスティナ。 普通の平民に生まれ変わったエリスティナ、改めエリナは強く心に決めている。 「もう二度と、竜種とかかわらないで生きていこう!」 たったひとつ、心残りは前世で捨てられていた卵から孵ったはちみつ色の髪をした竜種の雛のこと。クリスと名付け、かわいがっていたその少年のことだけが忘れられない。 そんなある日、エリナのもとへ、今代竜王の遣いがやってくる。 はちみつ色の髪をした竜王曰く。 「あなたが、僕の運命の番だからです。エリナ。愛しいひと」 番なんてもうこりごり、そんなエリナとエリナを一身に愛する竜王のラブロマンス・ファンタジー!

処理中です...