生き抜くのに必死なんです。〜パンがないならカエルを食べたらいいじゃない〜

スズキアカネ

文字の大きさ
4 / 66
生き抜くのに必死なんです。

スラムで雑魚寝はスタンダードです。

しおりを挟む
 こちらに背中を向けていた野うさぎに向かってスリングショットを構える。多くを教えずとも彼は覚えが早かった。
 後頭部に石がぶつかった野うさぎは意識を失い、前のめりに倒れ込む。私達はすぐさま傍に近寄った。躊躇うようであれば私が代わりに仕留めてあげようと思ったけど、それは無用だった。
 ヴィックはまだ生きている野うさぎの首筋に刃を当てる。

「そうそう、苦しまないように早く息の根を止めてあげてね」

 私の指示通り、ヴィックはギュッと目を閉じて見ないようにして、捕らえた野うさぎにとどめをさした。
 命を仕留めた彼はあふれる血液を見て顔面蒼白になっていたが、これに慣れなければならない。私達が頂いている食べ物は皆こうして命を刈り取っている行為なのだ。スラムで生きるからには今までのおきれいな生活には戻れないのだ。

 うん、狩りスタイルもなかなか様になってきたんじゃない? 次は皮をひん剥いて内臓を取り出すことをマスターしなきゃね。

 鴨を与えたからか、説教したからかは知らないが、ヴィックはゆっくり心開き始めた。
 まぁ当初の印象があまりよろしくなかったため、彼に関わろうとする人間はそう多くなかったが、少なくとも私には心開いてくれるようになったと思う。相変わらず口数は少ないし無愛想だけど、彼にはだいぶ変化が起きた。
 このスラムで生き抜くという覚悟が生まれたようにも思える。

 私が水浴びついでに狩りに行くと言えば黙ってついてきて、頼んでないのに見張りをする。
 残飯を探しに行くと言えば、私が襲われないように傍で護衛みたいなことをしてくれる。残飯漁りをする私のようなスラムの人間は理不尽な暴力を受けることもあるので、それをガードしてくれているのだ。
 …背中を守ってくれるのは助かるけども、彼は辛くないのだろうか。同じ目で見られることになるが、彼は耐えられるのだろうか。

「これは悪くなってるから止めたほうがいいよ。私は昔から食べてるから平気だけど、ヴィックは止めたほうがいい」
「大丈夫だ、食べる」

 身の上話はやっぱりしてくれないけど、私の前ではちょっとずつ会話が増えてきた。

「だからさぁ腐りかけだからお腹壊すって…」

 スラムの住民は慣れてるけど、ここに来たばかりの推定坊っちゃんのヴィックにはきついって。医者とかお金なくて呼べないから無難なもの食べたほうがいいと説得したのだが、彼は私の手から奪って食べた。

「う゛っ…!」
「ほらぁ」

 案の定彼はその場で嘔吐していた。
 だから止めとけって言ったのに。
 私と同じものを食べると言って実際に行動に移した彼はお腹を壊した。慣れないと身体が拒絶反応おこすんだよね。馴染もうとする姿勢はいいが、出来ないことを無理しなくていいんだよ。

 その後ヴィックは熱を出して早々に床についていた。ちょっと責任を感じた私は看病を申し出て枕元で彼のおでこに冷たい布切れをのせてあげた。
 熱のせいで彼はうんうんとうなされていた。悪い食べ物は吐き出していたし、それはあんまり心配しなくていいと思う。この発熱はおそらく環境の変化によるストレスがあるんじゃないかなぁ。

 月明かりが差し込む粗末な小屋の粗末な寝具に横になったヴィックはやっぱりスラムに似つかわしくない美しい少年だった。ここに来たときよりも汚れてしまったし、一着しかない服はつんつるてんになりつつあるけど、それでも彼の輝きは収まらない。
 望めば金持ちのツバメになれそうだが、そういうのヴィックが嫌がりそうだな。たとえ今よりも楽な生活が出来るのだとしても、彼なら自分の矜持のために厳しい道を選びそう。

「父上、母上……」

 小さく彼の口元が動いたかと思えば、寝言で両親を呼ぶ声が聞こえてきた。つぅっと目尻から溢れた雫が顔の横を流れて耳の穴に流れ込んでいる。

 ──泣いている。
 夢の中で悲しいことがあったのだろう。苦しそうな表情を浮かべてヴィックは泣いていた。

 彼に何があったんだろう。
 どこから来たんだろう。
 14歳の子どもがひとりでこんなスラムに潜り込むとか、彼の親はどうしたんだろう。
 …本当に何者なんだろうなぁ。

 彼を起こさぬよう、頭をそっと撫でる。だけどそれだけじゃ彼の悪夢は晴れないみたいだ。どんどん流れる涙を布切れで拭ってやるが泣きやまない。

 どんなに悪環境でもヴィックはここから離れなかった。そして剣の手入れは欠かさず行っており、傭兵のおっちゃんに指導してもらっているのも見たことがある。
 なにか、ここを離れられないわけがあるんだろうな、と私も察していた。
 もしもスラムの住民に危害を加えるなら、と観察していたけど今の所私達に危害を加える気は毛頭ないらしい。

 眠ったまま、しくしくと泣き続けるヴィックを見ていると放置するのも気が引けたので、私は彼のお腹を叩いて落ち着かせることにした。幼子を寝かしつける作戦で彼の涙を止めるのだ。ゴロンと彼の寝具の隣に寝転がると、片腕を枕にしてポンポンとお腹を一定の速度で叩く。

 苦しげだった寝息が徐々に正常に戻り、彼は穏やかな呼吸をはじめた。
 彼が落ち着くまで傍にいようと思っていたのだが、なんだか私まで眠くなってきてしまった。
 襲い来る睡魔に負けて彼に寄り添う形で共寝したのだった。


□■□


「うわぁっ!?」

 ひっくり返った悲鳴に私は飛び起きた。

「なに!?」

 すわ事件かと思って飛び起きると、寝具の掛け布団をはねのけて転がっているヴィックの姿がそこにあった。

「あ、良かった。調子は戻ったみたいだね」

 それにしても朝から元気なことで。

「な、なんで、一緒に」
「あんた熱があったから、看病してあげようと思ったらついつい私も寝ちゃったんだ」

 えへへと照れ隠しに後頭部をかいてごまかす。
 あぁ、私と一緒に寝ていたのに驚いたんだね。スラムじゃ雑魚寝は当然だから、いつもの調子で寝てたよ。
 顔色がもとに戻ったヴィックを見ていると、なんだか熟れたトマトのように赤く色づき始めた。

 ……もしかして、照れているのか。
 そんな顔してシャイボーイなんだね。


 すぐに起きようとしていたヴィックをそのままにして、私は食べ物を取りに出かけた。今の彼に必要なのはアレしかない。…もらうのは癪だが仕方ない。
 炊き出しの食事をもらおう。
 古い教会前で行われている炊き出しの行列に並んでスープとパンと果物をもらうと、そのままとんぼ返りした。


「はいこれ、きれいな食べ物あげる」

 私が差し出した食事を見たヴィックは目をまんまるにしていた。

「これは?」

 あ、もしかして炊き出しの存在知らなかった? 教えてあげればよかったね。私が施し受けるのが嫌で、炊き出しに通わなかったんだけど、彼には教えてあげるべきだったかもしれない。

「あぁ、この領地のお優しい姫様が下々のものに与えられている施し」

 でも、毎回通っている幼馴染いわく最近あの女いないらしいし、回数も減ってきてるけどね。多分そのうち炊き出し自体無くなるでしょう。
 スープが入った容器を受け取ろうとしたヴィックの手がピクリと動いた。

「…サザランド伯爵の娘のことか」

 それは低く重々しい声だった。
 異変を感じて顔を上げると、ヴィックの目の色が変わっていた。

「…そう。…知り合いだったりする?」

 やんごとない生まれっぽいヴィックのことだ。貴族の知り合いがいてもおかしくないと思って尋ねたのだが、その反応は思っていたのと違った。
 ぎりりと歯を噛み締めた彼の表情は憎悪そのもの。

「……知り合いも何も……! 奴らは私の両親と国を…!」

 憎悪をぶつけられた私は目を丸くして固まっていた。
 悪意をぶつけられたことはあっても、下手したら殺されてしまいそうな憎悪をぶつけられたことはなかったので、命の危機を感じて後退りしてしまった。

 私の怯えに気づいた彼は口元を抑えた。
 気まずそうな表情で目をそらすと、バツが悪そうに言った。

「悪い。…君には関係ないことなのに怒鳴ってしまった」
「う、うん…」

 目こわっ。殺されるかと思った……
 まずいこと聞いちゃったな……そうか、敵の娘、ってことか……うわぁ重い事情…

「とにかく食べな」

 ずずいとパンを差し出すと、ヴィックはムッとした顔をする。
 憎い女の手のものが差し出した炊き出しに口をつけるのが嫌だって顔に描いてある。

「どうせ、庶民らからむしり取った税金からこの施ししてんだし。食べとかなきゃ損だって」

 身体弱ってるあんたはこれを食べるべきなんだ。今は強がっている場合じゃない。

「作ったのはあの女じゃないよ」

 ねっ、と言い聞かせて、スープをすくった匙を彼の口元に持っていく。
 一口、渋々口にした彼は「…自分で食べる」と言って黙々食事を始めた。悔しそうに食べていたが、残さず完食していた。



 サザランド伯爵の娘、キャロライン。
 貴族の娘なので、政治などに介入することはないけど……ヴィックに恨まれるような何かをしでかした……
 でもあの女、庶民が収めた税金で贅沢してるからなぁ。私みたいによく思ってない人間は他にも居ると思うんだ。

 ……ヴィックはただならぬ憎しみを抱いている。なにか深い訳がそこにある。
 それに私がどうこう言うことは出来まい。
 ここのスラムの人間に影響が出ない限りは、この事を私は自分の胸の中にしまっておくことにするよ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~

ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。 しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。 やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。 そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。 そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。 これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...