生き抜くのに必死なんです。〜パンがないならカエルを食べたらいいじゃない〜

スズキアカネ

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公妃になるなんて無茶難題過ぎます。

窃盗は万国共通の犯罪でしてよ!

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 新しくやってきたハンナ・コールというメイド。
 彼女の行動は目に余る部分があり、いろんな人から苦情が出ていたのだろう。メイド長が注意してくれたおかげであの一件以降、ハンナさんと遭遇することはなくなった。
 きっとこれでもう大丈夫。──そう思っていた矢先に私の私物が忽然と姿を消した。部屋の宝石箱にちゃんと納めていたんだけど、それだけがなくなってしまったのだ。
 おかしいな、と首をかしげていると、「その髪飾り可愛いね」と男性使用人が誰かを褒めている声が聞こえてきた。換気のために開いていた窓の外をそっと覗き込むと、そこにはミルクベージュの髪の上でキラキラ輝く髪飾り。
 私は洗濯物をしているハンナさんと男性使用人のいる洗濯場に足を踏み入れると声をかけた。

「ハンナさん」

 私が呼びかけると笑顔だった彼女の顔は真顔になり、こちらをジロリと見てきた。当初から違和感があったけど、彼女…私のことを完璧に見下しているな。私がスラム出身だからだろうか。
 まぁいい、今はそれを咎めるつもりはない。私が気になるのは彼女の髪で輝くそれだ。

「ハンナさん、その髪飾りのことですけど」
「酷い! 私を疑われるんですか!」
「え」

 相手を刺激しないようにそっと問いかけるつもりが、彼女は噛み付くように反論してきた。
 いやだってそれうちのお姉ちゃんが私のために作ってくれたものとそっくりなんだもの……私はまだ盗んだでしょって聞いていないのに、あなたの反応は盗みましたと自供しているようなものだよ…

「…その髪飾りはどこで入手したものか聞こうとしただけなんですけど」
「そんなの知ってどうするんですか! あなたはたくさん宝石を持っているじゃないですか!」

 確かにヴィックから贈られた宝飾品は沢山ある。最初はもったいないからと宝石箱にしまい込んでいたが、ヴィックがつけてほしいとお願いしてきたから日常でもドレスに合わせて身に着けることもある。
 しかしこれとそれは全くの別の話だ。人のものを窃盗しといて開き直りはどうかと思うぞ?

「どうしたんだ、リゼット。なんの騒ぎ?」
「ヴィクトル様!」

 ハンナさんがキャンキャン騒ぐからヴィックが様子を見に来た。それに目を光らせた彼女はあろうことがヴィックの胸に抱きついた。
 彼女の行動に私は唖然としてしまった。流石のヴィックも驚きに硬直していた。
 いや流石に不敬すぎないか。いくらヴィックが上流階級の人間としては寛容な人でもそれはまずいと思うのだけど。

「リゼット様が私を責め立てるのです!」

 ブワッと涙を溢れさせ、いかにもいじめられた可哀想なメイドを演じているハンナさん。女優の才能があると思います。ヴィックは困惑した顔で彼女を見下ろしている。
 私の好きな人に抱きつかないでキィィ! と嫉妬する以前に、私はハンナさんの変貌ぶりにドン引きしていた。怖い何この人。これはあのキャロラインぶりの逸材かもしれないぞ。

「メイド長や執事頭にも私が盗人だと告げ口みたいな真似をして、私を追い詰める真似をしてひどいです!」

 キッと私を睨みつけてきたハンナさん。
 盗人とは言及してないよ。主の部屋に正当な理由もなく侵入という不審者ムーブする怪しすぎるあなたが悪いんだよ。メイド長らにハンナさんの行動を報告したのは間違っていないけど、私以外の目撃者もいるし、多分ヴィックも諸々のことを知ってると思う。いくら被害者ぶろうとしても無駄だと思う。

「あのそれ…私のお姉ちゃんが作ってくれた髪飾りなんですけど…。非売品だから私以外の人間が持ってるはずもないし」

 なぜ私のものを盗んだのだ。しかも堂々と身に着けてバレないとでも思ったのであろうか。
 その髪飾りに比較的安い宝石を使用したとはいえ、材料費としては私のために奮発したと言っていた。お姉ちゃんが開いているお店に並べる分は平民が手出しできる金額設定にしているので、この髪飾りは実際に販売するとなるとそこそこお高めな金額になると思われるんだ。
 お姉ちゃんに確認すれば似たものを販売したかとかわかることだし……早いうちに罪を認めて謝罪してくれれば多めに見るから…そう言おうとした次の瞬間。

 真顔になったハンナさんは髪につけていた髪飾りを取り払った。髪飾りを持った手が前に伸びてくる。
 あ、返してくれるんだと私が手を伸ばそうとすると、ハンナさんはそれを私に渡すふりをして地面に落とした。一歩踏み出した足の下でバキリ、パキッと割れる音が響く。
 私は手を伸ばした体勢のまま固まっていた。

「申し訳ございませんリゼット様。手が滑ってしまいました」

 にっこり微笑むその姿は美人なだけあって美しかった。
 だけどやっていることが性悪過ぎた……

 ハンナさんに踏み潰された髪飾りは変形し、壊れてしまった。
 お姉ちゃんがくれたのに。こっちに入植してちょっとずつ貯めたお金で購入した材料で作ってくれた世界で唯一の髪飾り。私の鳶色の髪に映えるようにとデザインから考えてくれたものなのに。中央の石はペリドットと言って、私の目の色と同じ色なのだ。これを作るのにどれだけのお金が必要だったんだろう。そのお金でスラムではどれだけ食料が食べられただろう。お金を稼ぐ大変さを身にしみて理解している私は悲しくなった。
 無惨な姿になってしまった髪飾りを見下ろすと、私はぎゅっと唇を噛み締めた。

「リゼット様は他にも宝石がお有りですもの。寛大なお心で許してくださいますよね?」

 反省の色が全く見えない彼女の言動。信じられない。自分のやっていることがどんなことか理解しているのだろうか。なんで私この人に嫌がらせされてるんだろう…
 じわじわ涙が滲んできて視界が歪んできた。私は泣き虫ってわけじゃないのに、憤りに襲われて涙腺が壊れてしまったようだ。ぽろりと頬を涙が滑る。

「サリー」

 それは冷たい冷たい声だった。
 彼がこんなに冷たい声を出したのは、先日強襲しに来た何処ぞの第23王子に剣をむけた時以来だ。ヴィックはメイド長を呼びつけると、深々と礼をした彼女を無表情で見下ろしていた。

「この娘の教育に関してはお前に任せていたはずだぞ。今回の件、お前の監督不行き届きだ。──次はないぞ」

 ヴィックはハンナさんの直属上司に当たるメイド長にすべての後始末をつけるように命じていた。頭を下げたメイド長は「申し訳ございません…!」と苦しそうに謝罪していた。
 私がはらはら涙を流しながらそれをぼうっと眺めていると、ヴィックはしゃがみこんで地面でぐちゃぐちゃになった破片を拾ってハンカチに乗せていた。

「リゼット、お姉さんにもう一度作ってくれとお願いしよう。今度は正当な代金を支払って。そうすればお姉さんの負担も重くならないだろう?」

 いつもの優しいヴィックが私の顔を覗き込んで提案してくれた。
 私は潰れた髪飾りを見て、お姉ちゃんの顔を思い浮かべる。きっと悲しむだろうなって申し訳ない気持ちに襲われる。

「お姉ちゃん怒らないかな?」
「大丈夫、理由を話せば許してくれるさ。私が一緒にお願いしてあげるから」

 ハンカチで優しく包んだそれを私の手に持たせたヴィックは私の顎を持ち上げた。そして涙に濡れる瞳にキスする。

「泣かないで、リゼット」

 泣くつもりはなかったんだよ。だけど涙が止まらなかったんだ。
 メイド長から叱責を受けている彼女はそんな私を腹立たしそうに睨みつけてくる。それを察したヴィックが私を腕の中に隠してくれた。
 真面目に説教を聞いていなかったハンナさんの態度はメイド長の怒りにさらに火を付けたらしい。メイド長のガミガミ声がどこまでも聞こえてくるようであった。

 ヴィックに守られるようにして私はその場を後にして、彼の執務室に連れて行かれた。ソファに腰をかけると後から入ってきた侍従さんが私を気遣ってお茶を持って来てくれた。

「ヴィクトル様が買ってきてくださったおみやげのお菓子です」

 とお皿に並べられたクッキーを私にすすめてくれた。とても美味しそうだ。視察先で一番有名なお菓子屋さんのクッキーなのだそうだ。

「こんなに食べたら太っちゃうよ」
「リゼットはもう少し太っていいんだよ」

 こんなに華奢なんだから、と言ってヴィックは私の口元にジャムクッキーを持ってきた。なんか餌付けされている感半端ないけど、私はおとなしくクッキーを口にする。…おいしい。
 さくさくと咀嚼していると、ヴィックが私の耳元に口を近づけて囁いた。

「リゼット、今晩寝る前に一人で私の部屋においで」
「え?」
「大切な話があるんだ。…ふたりきりで話したい」

 彼の薄水色の淡い瞳はとろりと甘く、私はその美しさにぽうっとして素直にコクリとうなずいていた。
 …今じゃ駄目なの? と聞きたかったが侍従さんがいる場では話しにくいことなんだろうと判断して、私は夜になったら部屋を抜け出す算段を立てたのである。 
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