生き抜くのに必死なんです。〜パンがないならカエルを食べたらいいじゃない〜

スズキアカネ

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公妃になるなんて無茶難題過ぎます。

貴方についていきますわ、私の大切な旦那様。

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「……これは、一体どういうことですか!」

 ヴィックと結ばれた私はそのまま彼の腕に抱かれて眠っていた。睡眠不足なヴィックも一緒になってぐっすり眠っていたのだろう。…それを使用人に発見された。夕食の時間になったので呼び出そうと部屋の外から呼びかけたが、応答はおろか物音もしない。不審に思って部屋に入れば、私達がベッドで裸になって眠っている。その他諸々で察したらしい。

「いつかやらかすとは思っていましたが……とうとうやってくださいましたね、ヴィクトル様…」

 メイド長が顔を手で覆ってため息を吐き出した。盛大に呆れられた。とうとうやりおった…って感じの反応であった。私はヴィックの胸に顔を隠しながら今更ながらに申し訳なくなった。すみませんすみません、私の脆弱な理性が本能に負けてしまいました…。本当は起き上がりたいけど、体中痛くて重くて動くのが億劫なんです…
 しかしヴィックは堂々としたものであった。私の髪を撫でながら、平然と言ってのけてみせた。

「今晩は軽食だけでいい。リゼットは起き上がれそうにないから」
「どなたがそうしたんでしょうね。あなたは加減というものをご存知ないのですか? ヴィクトル様」

 刺々しい言い方をするメイド長は「このまま夜を共にするのは見過ごせませんから」と言って私をヴィックから引き剥がした。ヘロヘロになった私はメイドさんにおんぶされて移動させられた。甲斐甲斐しくお世話されてお風呂に入れられ、そのまま自分の部屋で寝かされた。
 色事の痕跡が残った姿をメイドさんに見られて恥ずかしいやらなんやら。だけど使用人たちはプロであった。顔色1つ変えずに完璧な仕事を見せてくれたよ。


 一線を越えてしまったら、このままとはいかない。
 翌日から周りが大きく動き始めた。私達の結婚をあの手この手で邪魔しようとする横槍がこれ以上悪化する前に、そして私のお腹が大きくなる前に挙式をしたほうがいいからと急ピッチで結婚式の予定を組み立てられて、私の公妃教育も詰め込むように施された。足りない部分は結婚した後にまたじっくり復習する形で前倒しになった。本当エーゲシュトランドの使用人たちは仕事のできる人たちだ。
 自分たちのせいとはいえ一気に忙しくなって大変だったけど仕方ない。いずれはやらなきゃいけないことだった。
 ヴィックはこれを狙っていたのではないだろうか…と疑ってみても、拒絶しなかった私も私なので彼だけを責められまい。

 幸いすぐに妊娠ってことはなかったけど、あれからヴィックが私を寝室に連れ込む回数が格段と増えたので、妊娠するのも時間の問題だろうって言われている。周りの人たちには程々にと言われているのに、今では堂々と私を寝室に引き入れているヴィック。……私も一応口では止めているんだけど、毎回色仕掛けに陥落している。……結婚前なのに婚約者を色気で誑かすとは悪い大公様である。
 こっちって避妊らしい避妊はなくて、間違った避妊方法が広まっている。堕胎薬みたいなのは毒性もあるから薦められないと言われた。前世で読んだ雑学本に羊やら豚の腸で作った避妊具とやらを思い出したので、ヴィックにそういうのはないかと聞けば衛生的にどうだろう…って感じの反応だった。
 ていうかヴィックは早く子供がほしいと考えているみたいで避妊は全く考えていないみたいだ。家族を失ったから血の繋がった家族がほしいのかもしれない。

 でもさすがにお腹ポッコリでは現在製作中のウェディングドレスのサイズに困るからせめて式の前は控えない? 結婚すればひと目を気にしなくても良くなるんだからと彼に提案したこともあるが、ヴィックは「なんて酷いことを言うんだ」と言わんばかりの表情を浮かべたので私はそれ以上何も言わなかった。
 その日の晩は寝室に引っ張りこまれて焦らしプレイみたいなことされて大変だった。私から求めるように仕向けられて、激しく乱れてしまった。そんな私を見てヴィックは満足そうな顔をしていた。
 私の脆弱な理性を試されても、いとも簡単に崩れるからやめて欲しい。


■□■


 あの最底辺のスラムを出て、エーゲシュトランドに入植してから1年と半年後、様々な障害と妨害を跳ね除けて、私とヴィックは夫婦となった。
 私は16歳、ヴィックはもうすぐ19歳になる頃であった。

 私達の挙式には中立派、穏健派であるヴィックの知人貴族たちと、個人的交流をしている相手のみ招待したので、式は平和に取り仕切ることができた。
 ちなみにこれは社交とか以前に戦になりかねない火種を結婚式に持ち込みたくないヴィックの考えでもある。その中立・穏健派にも私達の結婚をよく思っていない人たちもいたし、ヴィックの危機に手助けせずそっぽ向いたって人もいるけど、そこは政治ってものだ。貴族の付き合いってことで招待したのだ。

 ちなみに以前のパーティで知り合ったお嬢様方もお祝いに来てくれたよ。私はもう会わないだろうなぁと思っていたんだが、あちらからお手紙が来て何度か文通みたいなことをしたんだ。彼女たちが何を思って私と接触してきたのかはわからない。裏があるのかもしれないがそれはそれとして、あっちが牙を剥かない限りは友好的に接するつもりである。
 そのうちにはエーゲシュトランドと仲良くない王侯貴族とも会わなきゃいけないだろうが、その辺も上手く流せるようになれたらいい。最初から認められるとは思ってないから地道にやってくしかない。
 きっと今まで浴びてきた侮蔑や差別以上のものをぶつけられることになるだろうが、私がこの道を進むと決めたのだ。サバイバルなハートで乗り切ってみせる。


 この日のために仕立ててもらった美しいウェディングドレスに身を包んだ私は王子様みたいにかっこいいヴィックと肩を並べた。浴びる視線は好意的ではないものも含まれているが、こんなときこそ堂々としてやるのだ。ヴィックに恥をかかせるわけにはいかない。
 こっちで言う教皇様のような偉い人に出張して来てもらった結婚式。彼の手から公妃の証であるネックレスを差し出された。台座に載せられたそれを受け取ろうとすると、ヴィックが横から手を伸ばして私の首につけてくれた。この国ではこのネックレスが結婚指輪のような役割があるみたいである。
 私の胸元で光の反射を受けて虹色に輝くブラックオパールのネックレス。エーゲシュトランド公妃だけが着けられる大切なもの。私はまだこのネックレスが似合う大人の女性ではないけど、いずれは見劣りしないレディになってみせる。

 ヴィックに腰を支えられながら後ろを振り向くと、エーゲシュトランドの家宝であるブラックオパールのネックレスをつけた姿を招待客にお披露目した。
 私はにっこり微笑んでやった。どんな視線でも受け止めてみせるぞ。私はもうただのスラムの娘じゃないのだ。その瞬間、私はスラムのリゼットから、エーゲシュトランド大公妃リゼットになったのだ。



 挙式を終えると、国民へのお披露目のために馬車に乗って街をパレードした。時折見知った顔がこっちを指差して騒いでいたので私は笑いながら手を振って応えた。
 道の端にいる国民がこちらに向けて花びらをふわっと投げてくる。まさしくロイヤルウェディングである。まさか私がこんな結婚の仕方をするとは思わなかった。だけどヴィックの大切な国民たちに祝福してもらえているようで嬉しかった。

「──初めて会った時、私は君のことを死から救い出してくれた天の使いかと思ったんだ」

 私と同じく国民に笑顔で手を振っていたヴィックがそんなことを口にした。

「スラム生まれの天使?」

 私は彼を見て笑った。
 またヴィックは大げさなことを言って…こんな時だから大げさに言ってるんだろう。キラキラの王子様みたいな彼は甘く微笑むと、私の顎を掴んで軽くキスをしてきた。

「君はあの時から私の光なんだ。君がいたから希望を失わずに済んだ。…愛してるよ、リゼット」

 私達がキスしたことでそれを目撃した国民たちがわっと騒いだ。
 何度も何度もキスを交わしたし、人前でキスされたこともたくさんあるのに、私は自分の顔に熱が集まってくるのを感じ取っていた。私が照れているのを見たヴィックは愛おしいと言わんばかりに見つめてきた。

「かわいいね、リゼット」

 また、キスをされる。
 たくさんの花びらが舞い散る中、私は大公様に愛され、幸せを噛み締めた。

「…あなたについていくよ、私の愛しい旦那様」

 私も負けじとヴィックを口説くと、ヴィックは幸せそうに微笑んでいた。



 ──スラムで生まれ育った11歳の私が出会ったのはスラムの路地で野垂れ死にかけていた公子様。
 彼はどんなに汚れてもその輝きを失わなかった。何かを深く憎み、誰も近づけまいと気を張っていた彼だが、そのうちスラムに馴染んだ。きっと屈辱に違いなかったのに、生きるためにプライドを捨て去ったのだ。
 いろんな事情を抱えて流れてきた彼は秘密裏に暗躍し、見事国を奪還してみせ、国一つを抱える大公様になった。

 そして何を思ったのか、みすぼらしくやせ細った私に求婚した。はじめは彼の心変わりを予想していたけど、その予想を裏切って彼はとてもとても私を愛してくれ、大切にしてくれた。
 彼は民のために、他でもない私のために飢えも極寒もない、安心して暮らせる世界を作ってくれた。

 私は彼のお嫁さんになったと同時に大公妃になり、生まれ変わったエーゲシュトランドが発展していく姿を彼と肩を並べて見つめ続けた。いろいろな困難に出会っても修羅場をくぐり抜けてきた私達は立ち向かってみせた。

 スラムで生きてスラムで死ぬはずだった私は、豊かな国で年老いて死ぬまで愛する人たちに囲まれて幸せに暮らしたのである。

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