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フツメンとペンペン草
珠里亜が原因で失恋する。
何もこれが初めてではない。小学生の時も、中学生の時も、いいなって思った男の子は皆、珠里亜に惚れた。
クラスの人気者だった彼も、隣のクラスのサッカー部の彼も、学年一位だった先輩も、みんなみんな珠里亜の彼氏になっていった。
その度に珠里亜との差を見せつけられた。地味で暗い、告白も何もしなかった自分に嫌気が差した。私が勇気を出さずに影から見守っていただけだったから、彼らは珠里亜のものになった。ただそれだけのこと。悪いのはちんたらしていた私だ。
だから高校では卑屈にならずに自分から頑張ろうと思っていたのに、いい感じになった男の子はことごとく珠里亜に惹かれていった。
彼らの前で珠里亜の話題を出しているわけでも、紹介してるわけでもないのに、いつの間にか彼らは珠里亜と接触しているのだ。
たくさんおしゃべりして、連絡先を交換して、途中まで一緒に帰って、好きなものをオススメしあって……デートの約束をした人だっていた。──なのに、徐々に距離を置かれ、珠里亜と一緒にいる姿を見かけたり、さっきみたいに珠里亜との仲を取り持てと言い出したり……
その度に泣いて落ち込んで、再度奮起してきた。
だけどもう、私は立ち直れそうにない。
あふれる涙と鼻水を抑えていたら時々「フゴッ」と豚みたいな音を鳴らしてしまったが、逸見君は突っ込むことなく静かに私のこれまでの恋愛遍歴を聞いていた。
要するに珠里亜が原因で全部駄目になったってことなんですけどね!
「笑いたければ笑うがいいさ! 私は負け犬なのさ!」
ヤケクソ気味に叫ぶと、逸見君は自分のブラックコーヒーを傾けて「んー」と気のない返事をしてきた。
「まぁ、よくある話だな。容姿のいいダチがそばにいると引き立て役になるというか」
「珠里亜は友達なんかじゃない!」
やめてよ、あんな尻軽女が友達とか冗談じゃない。どうせ珠里亜にとって私はその辺に生えてるペンペン草みたいな存在である。
……友達なら、私の側にいる男の子に近づいて思わせぶりな態度をとったりしない。
珠里亜はきっと狙って近づいて来たんだ。私と親しい男の子に興味を持って、私の恋の妨害をするべく色仕掛けしたに違いない…!
今までは気の所為だと思ってきたが、ここまで回数重ねると流石に……薄々感じていたことが真実だったのだろう。
珠里亜ならもっとお金持ちでイケメンな彼氏を作ることは容易いのに、私の側にいる平々凡々な男子に近づいてくる。
あの女は、私が幸せになることが気に入らないのだ。私が嫌いとかそういうものではなく、雑草に等しいペンペン草が幸せになるのがつまらないのだ。だから、こんな……
私は涙と一緒に、中身の入った加糖コーヒーの残りを飲み込む。
「まぁ、元気出せよ」
完全なる部外者な逸見君はやっぱり興味なさそうな言葉を掛けてくる。
ムカついたので彼の持っているブラックコーヒーをぶんどって残り全部飲んでやった。
「ウォェエ…! 苦い!!」
「……そりゃそうだろうな、無糖だもん」
口を抑えて悶絶していた私はキッと逸見君を睨むと、空になった缶を投げた。放射線状を描いたそれらはガションと音を立ててゴミ箱にinした。
ベンチに腰掛けている逸見君はさっきから、可愛げや遠慮の欠片もない行動ばかりとっている私をじっと静かに見ている。その瞳が穏やかに凪いでいて、どきりと心臓が跳ねた。
「ん。元気が出たようで良かった」
私の失恋は彼にとっては他人事だ。他人の失恋とか、腐れ縁のモテ女の策略とかそんなのどうでもいいことだろう。無視することだって出来たのに……私の愚痴を最後まで聞いてさ。コーヒーぶんどられたのになんでそんな穏やかでいられるのさ。
「ああいう男は例え煉が粉掛けなくても、どっかで下心出してお前のこと裏切っていたかもしれないだろ。深入りして傷つく前にわかってよかったじゃん」
逸見君の言葉に私は素直にうなずけるわけもなく、唇をへの字に歪めると、ぷい、と目をそらした。
……私はただ、普通に恋愛がしたいだけなのにどうしてこうなってしまうのだろう。
いつまで、珠里亜の引き立て役にならなくてはならないのか。どうしたら、私を選んでくれる男の子と出会えるのか。
所詮顔なんだ。
私がどんなに身だしなみに気を遣って少しでも可愛く見せようと努力しても天然物には勝てない。笑顔を維持して性格良く見せても、わがままな珠里亜には勝てないのだ。
──逸見君だって、珠里亜に迫られたらすぐにクラッとするんでしょ?
「あーいたぁー」
男に媚びを売るような甘えたその声に私は自然と顔をしかめていた。うんざりするほど聞き飽きたその声。今はできれば聞きたくなかった。
「…珠里亜」
「千沙ってば探したんだよー」
彼女が身を乗り出すようにして私の顔を覗き込むと、ウェーブの掛かった髪が揺れていい匂いがした。平均身長よりも少し高い程度の私よりも小柄で手足の細い珠里亜は長いまつげをこさえた瞳をゆるりと細めた。
「また泣いてたのー? あ、わかったぁ失恋したんでしょー」
目敏い奴め。
この女の嫌なところはこうして人の傷をほじくり返す所。私が悲しみの淵にいるところにやってきて神経を逆なでするようなことを口にする。
言い返したいところだが、図星なので言い返せない。私は拳を握りしめて我慢した。
なぜ私はこの女との縁が切れないのか。
別の高校に通えていればまだなにか違ったはずなのに、珠里亜の存在のせいで…!
「煉、お前無神経すぎ」
ずいっと前に出てきた逸見君が珠里亜をたしなめるように指摘すると、珠里亜は目を丸くしていた。大きな瞳が更に大きく見えて、ちょっと怖い。
まじまじと逸見君を物珍しそうに観察しているなと思ったら、彼女は真っ赤な唇をニヤリと歪めた。
私は嫌な予感がした。
「だって本当のことじゃなぁい? 珠里亜は間違ったことひとつも言ってない」
無邪気に聞こえるその言葉は容赦なく私の心にチクチク刺さる。
否定できないから余計に苦しい。
珠里亜は私の何が気に入らないのだ。どうしてこうも毎回私を貶そうとするのか…!
「そうだとしても言っていいことと悪いことがある。…それとお前、高校生にもなって自分のこと名前呼びとか痛いぞ。真面目な話してるんだからやめろよ」
「えー可愛いからいいじゃん。男の子みんな可愛いって言ってくれるよ?」
逸見君が気分を害した様子でしかめっ面をすると、珠里亜は自分の頬に手を添えて上目遣いをしてみせた。
悔しいけど可愛い。
私は珠里亜には勝てない。お姫様に地味で暗いドブネズミが勝てるわけがないのだ…!
「お前から若さと顔を取ったらただのわがまま女しか残らねーだろ。そういう考え方改めねーと将来後悔するぞ」
私はてっきり、逸見君も珠里亜に落ちると思っていた。
「なにそれしつれーい」
珠里亜は頬を膨らませて怒ったふりをしているが、逸見君は興味なくしたように素っ気なくフイッと顔を背けると踵を返していった。
……逸見君は、珠里亜に見惚れることも、頬を赤らめて恥じらうこともしなかった。
珠里亜のあれに引っかからない男がいるの…? いや、もしかしたら彼は感情表現が下手くそなだけかも……
私は目の前の珠里亜よりも、クールに立ち去っていくフツメン逸見君のドライな反応が気になって彼のことを目で追いかけていた。
──だから気づかなかった。
逸見君の後ろ姿を困惑の眼差しで見つめている私のことを、珠里亜が目を細めて観察していたことを。
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