お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

あんたは私の彼女か何かなのか。

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 上杉の作戦に乗ってエリカちゃんの立場が悪くなるのは私が許せない。
 もしも上杉がそんなふざけた事をしなければ、エリカちゃんはあのバス停に降り立つこともなかったかもしれない。事件に巻き込まれることはなかったかもしれないのに。

 上杉は馬鹿じゃないのか。そういう風に陰で工作して、好きな子(仮)を孤立させるなんて。心の拠り所である婚約者と引き離すような真似するような男を、エリカちゃんが好きになるとでも思っているのかあの蛇男は!
 やり方が卑怯だし、最低すぎる。

 夢子ちゃんのことはエリカちゃんを傷つけた略奪女として、あまりよくは思っていないけど…ここで放置したら絶対またエリカちゃんに疑いが集中するに決まってる。
 …もう! 私はバレーに集中したいんだよ! 招待試合のことだけを考えたいのに次から次に面倒だな!
 セレブ面倒くさい! 面倒事ばっかり持ってきやがって!

 私はイライラムカムカと鼻息荒くさせながら、地面を蹴って駆け出した。
 手始めに体育倉庫に向かってみたが、そこにはいなかった。夢子ちゃんもこの間の件で内鍵の存在を知ったから、もうここに閉じ込められることはないか。内側から開けられない部屋とかこの学校にあるのだろうか?

【キーンコーンカーンコーン…】

 うーんと考えている間に予鈴が鳴った。という事は五時間目がもうすぐ始まるが…
 私は教室に戻らずに夢子ちゃん捜索を続けた。
 つまり、サボりだ。 

■□■

 1階から捜索を開始して、あちこち捜したけど彼女は見つからない。教室のある4階まで探し尽くしたが、もしかしたらもう既に脱出済なのかなと私は思い始めた。
 それにしても走り回って喉乾いたな。自販機にでも行こうか…と踵を返した。下に降りるために階段に近づくと、4階から3階に繋がる階段とは別に4階から更に上へ上がる階段があった。

 階段の上は確か…屋上だ。
 だけどそこは相次ぐいじめや自殺抑止のために封鎖されてると聞いたことがある。しっかり厳重に鍵が掛かってるらしいし、ここはないか…
 一旦は無視しようと思った私だったが、どうにもスッキリしないので念の為見て行くことにした。

 屋上のある5階の階段は電気が点いておらず薄暗い。重厚な扉の向こうには屋上があるのだが、当然のことながら鍵がかかっている。
 ガチャガチャッとドアノブを回して開かないことを確認すると、私はノックしてみた。扉を叩くとドンドンと重い音が跳ね返ってきた。
 ここに来るまでに鍵のかかった場所を捜索する際は、ノックをして中に人がいないかを確認して回ってきた。だから屋上のドアでも試してみたのだが…。

 いるわけないよね~。
 私はため息を吐いて踵を返したのだが、後ろからドン! と何かがぶつかる鈍い音がした。私はその音に驚いてビクリと震える。
 その直後にあちら側から聞こえてきた悲鳴のような大声に私は目を丸くした。

「開けて! ここから出してよう!」
「…!? え…夢子…違う。瑞沢さんここにいるの?」
「…その声、二階堂エリカ!? やっぱり二階堂さんがやったの!?」
「違う! 犯人は上杉だよ。1組の上杉。さっきあんたを閉じ込めたって話してるのを聞いたから探しに来たの」
「う、上杉君…? え、どうして…」

 また濡れ衣を着せられそうになったので、しっかり否定しておく。
 上杉の奴、今まで何してきたんだ。その度に疑いをエリカちゃんに向けていたのか。友達のいないエリカちゃんには親しい人間はいない。だから噂が出回ってもエリカちゃんは気づきにくかったのだろう。
 ていうか夢子ちゃんは違うクラスである上杉の存在も把握していたのか。違うクラスと言えば加納慎悟の事も知っていたし…金持ちの子息の名前は覚えてるのかな。
 
 そのことはさておいて。どんな事情があるにしても、夢子ちゃんをこのまま屋上に放置しておくのはよくない。もう11月だし、制服だけじゃ肌寒いであろう。

「職員室に鍵ないか聞いてくるからちょっと待ってて」
「…っやだ! 行かないで! ヒメをひとりにしないでよ!」
「5分くらいで戻ってくるから待ってなさいって」
「いやなの! ヒメはひとりになりたくないの!」

 鍵がないと出してあげられないんだけど。
 絶対に戻ってくる。マッハで戻ってくると念押しする。やだーびゃあ~と泣き出す夢子ちゃんをその場に残して私は階段を駆け下りる。
 ずっとそこに残っているより、一刻も早く脱出したほうがいいだろう。ちょっとくらい1人になっても死にはしないのになんて大袈裟な。
 学校内を走るのはマナー違反だが、緊急事態だし仕方がないよね。

 職員室に駆け込むと、中で書類仕事をしていた先生方がビックリした様子で一斉に振り返った。そこにいた学年主任の先生に授業中であることを指摘されたが、私は先生の話を遮るようにして事情を説明する。
 多分後でお説教くらいはもらうだろうが、致し方ない。
 
「屋上に人が閉じ込められてるんです!」

 私の必死の形相(ただ全力疾走して呼吸が苦しいから顔が険しいだけ)に気圧されたのか、先生はすぐに対応してくれた。
学年主任の先生同行の元、屋上へ向かった。職員室に厳重に保管されていた鍵で解錠されると、扉の向こうから夢子ちゃんが顔面ぐっしょり濡らした状態で飛び込んできた。
 学年主任の胸に飛び込むのかと思えば、何を思ったのか私の胸に飛び込んできたのだ。

 ちょっと、その顔面で私に飛び込んでくるのやめてくれないかな。
 絶対…制服の肩口に鼻水つけられたわ……
 私はチベットスナギツネのような顔をして宙を眺めた。

「ばかばかばかぁ! 寂しかったんだから!」
「………」
「ヒメをひとりにしないでよ!」
「あんたは遠距離恋愛中の彼女か」

 そして私はあんたの彼氏か。
 エリカちゃんと夢子ちゃんはそんなに身長差がないので、胸に飛び込むと言うか抱きつかれたって感じ。夢子ちゃんはそのままべそべそ泣き続けていた。
 閉じ込められたらそりゃ悲しいし怖いだろう。
 だけどさぁ、エリカちゃんの姿した私によく抱きつけるなこの人。自分がエリカちゃんに何したか忘れたのか?

 夢子ちゃんが落ち着くまでしばらく待っていたのだが、スンスン鼻をすすりながら夢子ちゃんが私から離れたのでちょっとだけホッとした。…あ、やっぱり制服に鼻水付いてるし…

「……なんで、閉じ込めたのが二階堂さんじゃないなら…どうしてヒメを助けたの? ヒメのこと、嫌いなんでしょう?」
「……好きじゃないけど、こっちにも色々あるんだよ。こういう時はまずはお礼でしょ。そんなこともわからないの?」

 先程からお礼のおの字もない発言しかしない夢子ちゃん。ちょっとイラッとしたのは仕方のないことだと思う。
 夢子ちゃんはせっかく泣き止んだのに、またうるっと目を潤ませていた。…泣かせるようなことは言ってないと思うんだけど。

「どうして、ヒメばかり…ヒメは皆と仲良くしたいだけなのに…」
「…夢子ちゃんがしてるのは、略奪行為だよ。親が決めた間柄とは言ってもね、少なくとも情はあるわけだよ。奪われて悲しんでいる人がいるのはわかってる? そんな人と仲良くしたいなんて人はあまりいないよ」

 いじめるのは褒められた行いではないけど、夢子ちゃんは敵を作りすぎだと思うんだ。夢子ちゃんだって相手を傷つけてきたんだから。
 見て見ぬ振りはいじめているのと同等とは言われるけど、いらぬ火の粉を浴びたくないという周りの人の気持ちも分からんでもない。

「だって! …こうすればパパはきっと喜んでくれるもの! …パパが言ってたの。お金持ちの男の子と仲良くなれば、瑞沢の家が大きく盛り上がるから仲良くしなさいって……」
「…は?」

 夢子ちゃんの発言に私は思考停止した。
 …なに? 親に言われたから仲良くしてるってこと? ……なんだそれ。

「…ママは、いつまでもヒメを見てくれなかった…だけど、パパに引き取られる時すごく喜んでた。…ママにとってヒメは邪魔だったから、居なくなってくれてよかったって…」
「…何言って…」

 何の話をしているのかが私にわからなかった。
 だけど困惑する私の様子が目に入らないのか、夢子ちゃんは再びぶわっと涙を溢れさせて、私にある話をしてきたのだ。
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