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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。
クリスマスパーティ? ごめん私仏教式で葬式挙げたんだ…
しおりを挟む走っても、走っても、あいつは私を追いかけてくる。
今日もあいつは私を殺そうと楽しそうに笑いながら追いかけてくる。
「──!!」
叫んでも声が出ない。
助けてほしいのに誰も助けてくれない。
最後はいつも決まって、私は殺されるのだ。
■□■
「…クリスマスパーティ?」
【クリスマスパーティのお知らせ】と書かれた掲示物を見上げて、私はポツリと呟いた。
なんだ、皆でプレゼント交換とかしちゃうのか。チキンとかケーキとか食べちゃうのか。はたまたミサとかやっちゃうのか。賛美歌でも歌うのか。
でもこの学校、別にキリスト教の学校じゃないよね。
「ダンスタイムもございますから、パートナーを見つけておかなければなりませんわね」
阿南さんにそう声を掛けられて私はふーん、と気のない返事をした。
英学院では中・高・大それぞれでクリスマスパーティが行われるそうだ。ダンスタイムって…いきなり西洋っぽいな。ていうかモテない男女にとってダンスって罰ゲームじゃない? やだわぁ。
だってダンスってヒップホップダンスとかじゃなくて、社交ダンス的なやつでしょう? なにその気取った感じ。あ、セレブ校だからなの?
「二階堂様がお困りでしたら、私の従兄をパートナーとしてご紹介いたしますけど…」
「あ…いや大丈夫。私…この日学校休むんだ」
「え…?」
「…授業遅れるからもう行こう」
阿南さんの気遣いは嬉しいが、紹介されても私はその日参加できないんだ。パーティがクリスマス当日とかならいいけど、これ、12月22日の金曜日じゃないの。
…私はそれどころじゃないんだ。
初公判の日が近づくにつれて、悪夢を見る回数が増えた。それは私の…いや、エリカちゃんの体が憶えている記憶なのかもしれない。
私を刺殺した犯人が、楽しげにナイフを振り下ろす姿が目に焼き付いていて……夢の中でも私を殺そうと追いかけてくるのだ。夢だってわかってる。だけど私は夢の中でもあいつから逃げて逃げて藻掻き苦しんでいた。
いつも決まって、ナイフを振り下ろされた瞬間に目が覚めて、二階堂家のエリカちゃんの部屋の天井が目に映る。
目覚めた私は酷い汗をかいていて、ここが現実だと、あいつはいないのだと安心する。だけど…私が死んでしまった事実を思い出しては苦しくなるのだ。
何度葛藤しても、どんなに痛いほど理解していても、私がこの世からいなくなってしまった事は変わらない事実。
なのになぜ私はここにいて、エリカちゃんの身体で二階堂エリカとして生きているのかと自問自答する。
これはエリカちゃんが身体を引き渡したからだというのはわかっている。でもそう簡単に整理できないのだ。頭の中で色んな事がごちゃまぜになってそれを処理しきれないのだ。
私はこの葛藤を誰にも吐き出せずにいた。ひとり抱え込んで、人知れず苦しんでいた。
だって吐き出してどうなる? 相手には理解できないし、困るだけじゃないか。同情の眼差しを向けられるだけ。…それで私が楽になれるはずがない。
考えても考えても私の心はスッキリしない。
連日の悪夢と葛藤を抱え込んで、私は慢性的な睡眠不足に陥っていた。
あーねむい。さっきの授業中もついウトウトしてしまって、ノートが大変なことになっていたし。
「二階堂さぁーん! ねぇねぇクリスマスパーティのドレスの色、わたしとおそろいにしなーい?」
私があくびを噛み殺しながら廊下を歩いていると、キャッキャッキャと楽しそうに声を掛けてきたのは瑞沢姫乃だ。たまに遭遇すると私のことをまるで心の友のような目で見てくる。
…この人綺麗サッパリ忘れてやがるな、エリカちゃんの恋敵だってこと。私は瑞沢姫乃に対していつも雑な応対しかしてないのに、彼女はそれに気づいていないらしい。
…瑞沢嬢の高い声は睡眠不足の私にはちょっときつい。ズキッと頭が痛くなった気がした。いや、目の奥が痛いのかな…?
「…着ないから無理」
「えぇー!? あっもしかして、倫也君とペア組めないから?」
なんでやねん。宝生氏に頼まれてもペア組まないから。お断りだ。
「…違うよ。参加できないの」
「なんでぇ?」
「……初公判があるの。女子高生とサラリーマンが殺害された事件の…目撃者だから」
本当は被害者本人なんですけどね。
あまり噂になりたくないから、敢えて口にしなかったけど、瑞沢嬢しつこいし、ハッキリ言ったら静かになると思って言ってやった。
どうせこの人にとっては他人事だろう。会った事もない松戸笑の事件とか過去の話だろうし、どうでもいい話だろう。言ってもそんなに関心もないだろうと思っていた。
少し苛ついた様に私が言うと、瑞沢嬢はその瞳を大きく見開いた。猫のようにパッチリしたその瞳が悲しげに歪み、そしてしょぼんと項垂れた。長く伸ばしている前髪で彼女の目は隠れてしまった。
「…瑞沢さん?」
「…ごめんなさい、ヒメ無神経だった」
「え? …いや、皆知らないことだし、別に…」
「二階堂さんも辛い目にあったのに……ヒメ浮かれてた…」
……こういう反応が帰ってくるとは思わなかった。この人相手の身になって考えること出来るんだ…
ていうか赤の他人の事件の件で無神経だったと凹めるくせに、婚約者奪取したことに関して申し訳なく感じていないように見えるのは何でだ? 人の生死に関わることだから重く受け止めるの?
「……えーと、まぁそんな訳だから」
「あっそうだ、ヒメがパーティの写真送ってあげる!」
「いやいいよ要らない」
「なんで? 倫也君の写真送るよ?」
「心底要らない」
私が宝生氏の写真で喜ぶ人間だと思ったら大違いだよ。要らんわ。
あの日以降、瑞沢姫乃の周りは静かになったらしい。相変わらず逆ハーレムを築いてイケメンセレブ男子3人を侍らしていて、周りに睨まれているようだが……彼らはそれでも幸せらしい。
宝生氏は瑞沢嬢に本当に夢中なんだな。…今は良くても将来的にどうするか考えているのだろうか? 3人の共有彼女にでもなるのか瑞沢嬢は。日本では重婚できませんけど。
「じゃあご馳走の写真でも撮影して見せて。じゃあね」
そう言い捨てると私は歩き始めた。
わかったー! と後ろから瑞沢嬢の元気な返事が帰ってきたが私は振り返らなかった。
「二階堂様…」
「てなわけだから。でもあまり知られたくないから内緒にしててね」
話の流れで一緒にいた阿南さんにも裁判のことを知られてしまった。
阿南さんが気遣わしげにこちらを見てくるが、そういう目で見るのはちょっと止めてほしいな。だから言いたくなかったのに。
彼女の視線から逃れるように目を逸らすと、逸らしたその先に慎悟の姿があった。
奴はいつもの加納ガールズじゃない女子と何やら話しており、私は「おや珍しい」と眉を上にひょこっと上げた。
「ふん、一般生風情が…慎悟様がお優しいからって調子に乗って」
「気に入りませんわね」
「身の程知らずね」
加納ガールズが不機嫌そうに慎悟と楽しげに会話する女子を睨みつけていた。相手は一般生らしい。ふーん。結構可愛い子じゃないの。慎悟ってモテるよね。女子に優しいわけでもないのに。
さては顔か? 家柄か? 成績か? 天は慎悟に二物も三物も与えてしまったのだな。
「あらそこにいるのは二階堂さんではありませんこと?」
「はいはいゴキゲンヨウ」
巻き毛が私の存在に気がついて、いつものように高圧的に声を掛けてきたのだが…急にハッとした顔をして来た。
「まさかあなた! 慎悟様のパートナーになろうだなんて思ってないでしょうね!」
「……ごめん、なんで急にそこに辿り着いた?」
私そんな話振ってないよ。通り過ぎただけじゃないの。突拍子もないな。
パートナーとか…私がダンスしてはしゃぐように見えるのか? そういうリア充なイベントは馴染みがないから例え用事がなくても、パートナーとか作らんわ。
「私が慎悟様のパートナーになると決めてますの! 邪魔はさせませんわ!」
「いいえ私よ!」
「パートナーになれなくても、ダンスタイムに踊ってもらうと決めてますの」
「へぇ、そうなん…まぁ頑張れ、あと私は不参加だから心配しないで」
それじゃと手を振って彼女たちから離れた。
彼女たちは「え?」と三人三様の反応をして固まっていた。
私は再びあくびを噛み殺した。
初公判の日が怖い。ここ最近そのことで頭がいっぱいだった。
しかし私は向き合わなければならないのだ。
…だけど、エリカちゃんとして証言するというのがどうにも……私が殺されたのに、目撃者として証言するというのは‥…嘘をついているようで……
複雑な思いが残ったまま、初公判の日は刻一刻と近づいていった。
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