お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

凶行に及ぶまで【幾島要視点】

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『要、何だこの点数は。いい大学を出ないと父さんみたいにはなれないぞ。…俺の子だっていうのになんでこんな…』

 世間で言う大手企業の出世戦争で勝ち進んで重要なポストに付いた父はプライドの高い人だ。幼い頃からエリート街道を駆け上がり、挫折を知らない人だった。
 だから他人にも同じ水準を望む。父から見て、自分は怠け者に見えていたはずだ。顔は父そっくりなのに、頭の中身は母親譲りなんじゃないかと父に扱き下ろされては、その後母にも叱責されることが多々あった。


『要? お兄ちゃんが出来ることをどうしてあなたには出来ないの? 本当に恥ずかしい子…お母さんに恥をかかせないで』

 母は高校卒業してすぐに父とお見合い結婚をしたらしい。
 箱入り娘が専業主婦になったので、一度も外で働いたことのない人だった。だからなのか、昔から父には逆らうことがなかった。
 父に逆らわず、右に倣え。口を開けば「夫のため子のため」だ。完璧主義で、家事や育児に手抜きは一切しない。良妻賢母を掲げていた。
 だが、外では良い母親ヅラしているが、家に入れば躾と称して僕に手を上げることも少なくなかった。


 …兄は、僕と違って優秀な兄は。
 そんな母親を止めたり、慰めてくれたけど…出来の良い兄は僕にとっては妬みの対象で、…そのうち兄の言葉を聞き入れることができなくなった。
 兄を見ていると自分が惨めに思えてきて…兄を無視するようになり、会話することも無くなっていった。



『…幾島、これじゃ進級は厳しいぞ? お前…お兄さんと同じ大学を志望していると聞いたが、こんな成績じゃ…』

 死に物狂いで努力して、兄の母校である名門高校に入学した僕だったが、入学してからが地獄だった。
 レベルが違いすぎたのだ。兄と同じ習い事をして、同じ様に勉強しているのに、僕はそれについていけなかった。 
 何故だ、同じ様に努力しているのに。
 遊ぶこともしないで、必死に勉強しているのに何故ついていけない。

 僕は決して怠けてはいなかった。だけど結果を重んじる両親の当たりは更にきつくなり、高校1年の終わり頃には担任から進級が難しいと宣告を受けた。

 その事が家に連絡が行き渡った日、僕は母から張り倒され、罵倒された。
 父はそれを黙って見ていた。見下すような冷たい視線を向けて、ただ僕が殴られる姿を見ていた。
 僕は決してやり返さなかった。母よりも背が高くなって、力もあるのに決して母に手を上げることはなかった。
 ……この年になっても、母が怖かったから。

『何してるんだよ! 母さんやめろって!』
 
 帰宅した兄がリビングで行われている暴力に顔面蒼白になって慌てて止めたが、母は止まらなかった。
 母は兄に羽交い締めにされながら、鬼の形相でヒステリックに怒鳴り上げてくる。

『お前なんて産むんじゃなかった!』

 何度も言われたその言葉。
 言われるたびに自分の中の何かが死んでいく気がした。



『幾島~金貸して~? お前の父ちゃん金持ちだから沢山お小遣い貰ってんだろ?』

 なんとか2学年に進級できた僕だったが、文理選択で行われたクラス替えで同じクラスになった数人の生徒から嫌がらせを受けるようになった。
 始めは金を貸してくれとせびられる程度だったが、金を貸せないと断るとそれは言葉の暴力に代わり…僕はクラスで孤立していった。

『おい、ここから飛び降りてみろよ』
『出来ねーのかよ、だっせぇ』

 なぜ、そんな事を強要されなくてはならないのか理解できなかった。
 言葉の暴力がただの暴力に変わるまで時間はかからなかった。奴らは巧妙で他の生徒や教師の目を盗んで暴行を加えるようになった。 

『…死ねよお前』
『ぐっ…』
『生きてる価値なしってか! 言えてる!』

 殴られたせいで胃の内容物が飛び出してきそうなのをなんとかこらえた。僕の前では、苦しがる僕を見てクラスメイト達が笑っていた。

 どいつもこいつも死ね死ねとうるさいな。…お前が死ねよ。

 もう何もかもが嫌だ。この世に生きているのが嫌だ。息苦しい。なんで僕がこんな目に合わなきゃならないんだ。

 …だけど自殺はしたくない。コイツらに負けてしまったことになる。たとえ名指しで自殺しても、コイツらには全くダメージにならない。むしろ裏側で僕の死を笑って、そして罪悪感も感じずに忘れてしまうんだ。

 だけど見返してやりたい。
 クラスの奴らを。父を、母を……
 世間に知らしめるようにするにはどうしたらいいんだ?

 そんな時、テレビで見た大量殺人事件のニュース。
 これだ、と思った。全国放送で復讐してやればいいんだ。

 有名になればきっと。


 人が多い所が良い。隣市の方が人が多いはずだからそっちで事件を起こそう。
 相手は誰でも良い。できるだけ残虐に。殺せば殺すほど、目立つはずだから。

 そしたらあいつらも……

 決行と決めた日は学校の創立記念日で休みだった。だからその日に決めた。昼過ぎになって僕は、鞄の中に財布とスマホの他にネットで購入したサバイバルナイフを詰めて家を出た。
 家を出る時、母親にどこに行くのか聞かれたが「図書館」だと答えた。
 今夜にはこの女の顔が歪むであろうことを想像するとおかしくて笑いそうになったが、不自然に思われて止められたら計画が水の泡だ。
 バレないように家を出ると最寄りのバス停から、隣市中心部へと向かうバスへと乗り込んだ。


■□■

 隣市に降り立った僕は降りる場所を間違ったと後悔した。
 県内だけでなく、全国に名の通っている有名大学付近なら沢山人間がいるであろうと思ったのだが、時間が悪かったのかそんなに人がいなかった。…繁華街のほうが良かったのかもしれない。
 仕方無しにアチコチぶらついていたのだが、先程自分が降り立ったバス停に新しくバスが到着したのが見えた。それは僕が乗って来たのとは違う方面からやってきた高速バスだ。停留所にはバスを待つ複数の人間が群がっている。
 そのバスから降りてきた人間を見て僕は閃いた。

 その人物は裕福な子息子女の通う有名な私立学校の制服を着ていたからだ。これは目立つであろう。あの美少女がどこぞの令嬢なら尚更、大きく報道されるに違いない。
 僕は鞄の中からゆっくりとナイフを取り出して、標的に狙いを定めた。
 周りの人間は僕がナイフを持って歩いているなんて気づきもしないのであろう。通り過ぎても声もあげない。…その美少女はボーッとしながら歩いていた。だから捕まえやすかった。
 
「きゃぁぁぁ!」

 後ろから羽交い締めにして捕獲すると美少女は悲鳴を上げた。するとバス停近辺にいた人間がこちらを一斉に注目してくる。
 その視線を受けた僕は、全身の血液が沸騰したような恍惚感を味わった。

 なんだろうこれは。初めて感じる感覚だ。…注目されるのがなんだか楽しくなってきたので、大声で要求してやった。

「警察を呼べ! いいかお前ら…変な動きしてみろ! この女殺すからな!」

 できるだけたくさん人を殺して、アイツらを見返してやるんだ。
 そしたら皆が僕を恐れる。
 もうバカにしたりしないし、暴力を振ってこようとは思わないはず。僕だって怒ったら怖いってことを知らしめてやるんだ…!

「こら! 何をしてるんだお前、そんな事をして何になる! 今すぐに人質を解放しなさい」

 少し遅れて警察官が到着したが、自転車での到着でちょっと拍子抜けした。ここは刑事ドラマのようにパトカーで来てほしいのに、1人だけって…なんだかなぁ…
 でもまぁいいか。警察官は警察官なんだし。
 
「あぁ、やっときた。遅いよ。…先に始めちゃおうかと思ってた」
「……え?」

 ぽかんとする警察官の間抜け顔をまだまだ見ていたい気もしたけど、僕は捕まえていた美少女を地面に放り投げると、ナイフを大きく振りかぶった。

 ──ザシュッ
 さっきからうるさかったサラリーマンをナイフで斬りつけてやった。こいつ、父親と年格好が似ていて…あの父親に怒られているようで気分が悪かったんだ。
 さっきまで喧しかったけど、斬ってやったら大人しくなって地面に倒れ込んでいた。地面には血溜まりが出来ていて…意外と呆気なかったな。

「うわぁぁ!」
「人が斬られた!」

 蜘蛛の子を散らすようにしてバス停から人間が走って逃げていく。その姿が滑稽でなんだか楽しかった。

「…なっ! なんてことを! 今すぐナイフを下ろしなさい! でなければ発砲する!!」

 警察官はホルダーにセットしていた拳銃を取り出して、僕に向けて警告してきた。
 …銃を構えているけど、なんですぐに撃たないんだろう? そんな脅し文句、僕には通用しないよ?
 
「撃てるもんなら撃てよ! …僕は死ぬのなんて怖くないんだから」 
「……何を言っているんだ」

 僕には失うものがなにもないのだから。
 死ぬことなんて何も怖くない。
 犯人射殺でも名前は全国に轟くかな? いや…僕は未成年だから実名報道はないか…それは残念だなぁ…

「殺すなら誰でも良かったんだ。ただ僕は死にたいんだよ。だけど自殺じゃ意味がない。有名になってから死にたい。あいつらを見返してやる必要があるからね……その為にはこうするしかなかった」

 そう言い切った僕は最初に標的としていた美少女を殺害しようとナイフを振り上げていた。
 腰を抜かして青ざめている美少女は固まっていた。この可愛い顔なら死んでも人形みたいに綺麗なんだろうな。ちょっと勿体無いけど、ここにいた運の悪さを憎めばいい。
 手に伝わってくる肉の刺さる感触。僕が刺したのは別の人間だった。背が高い女だったが、背を向けているから顔は確認できない。
 ナイフが肉を貫通する音は耳障りの悪い音だが、僕は嫌いじゃない。

「あはっ、ははは、あははははは!!!」
「きゃぁぁぁぁぁあぁあぁ!!」 

 背中からめった刺しにしてやった。
 返ってくる血が服や顔に降り掛かってきたが、その赤を見ると僕は興奮した。
 人間から出た血液はこんなにも温かいのか。…もっと血が見たい。

 赤の他人を殺しながら僕は、この背の高い女を母親に見立てて刺していた。
 全く似ていなかったけど、母親への恨みをこの女に向けて刺していた。

 ていうか、この女じゃなくて母親を殺せばよかったのかな? 

 計算外だったのは、美少女を庇いに来た背の高い女を刺すのに夢中になってしまって、2人しか殺せなかったこと。
 あの美少女を狙っていたのに、邪魔した女は、決してどかなかった。美少女を守るようにして絶命したその女を蹴り飛ばしたが、そこで僕は応援に来た警察官たちに捕まってしまった。

 手錠を掛けられ連行されていく間に、自分が手にかけた人間たちに目をやると血溜まりができていた。

 …もう死んだんだろ。救護しても無駄だって。
 クックッと僕の喉奥から押し出されるような笑い声が漏れ出してきた。

「…残念。2人しか殺せなかった」

 僕が小さく呟くと、連行される際に握られた肩が酷く痛んだ気がした。横を見上げると、僕を捕まえている警察官が僕を殴り殺さんばかりの形相で睨みつけてきていた。
 そのまま、警察車両に乗せられると僕はこれからのことを考えた。
 ニュースでどんな風に報じられるんだろう?
 死刑になるだろうか?
 …アイツらはどう思うだろうか?

 …これで、アイツらを見返せただろうか。
 実際にこの目でその顔を見られないのが残念でならない。
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