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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。
笑顔の素敵な子になりますようにと願かけられた私は今や亡霊である。
しおりを挟む新学期というものは何度迎えてもドキドキするものだ。
学校には初々しい新入生が入ってきたばかりだし、クラス替えで入れ替わったクラスメイト達と新しい教室は新鮮に感じる。一学年進級したというのもあるのかもしれない。
私の場合、2回目の高校2年生なのだけど、英学院は誠心高校と全く違うから別物だと考えている。
【ピロリン♬】
「あ…」
二階堂家の運転手さんが運転する車で学校まで送ってもらい、車を降りたその時、ポケットに入れていたスマホが鳴った。いけない、音を消すのを忘れてた。
スマホを取り出して液晶を確認すると、ポップアップ通知に【誕生日おめでとう!】と依里からメッセージが入っていた。
4月10日の今日は私の18歳の誕生日だ。…私は死んでるんだけどこれ、年齢をカウントしてもいいのだろうか…
自分の誕生日に頓着していなかったけど、私を知っている人からのお祝いの言葉は純粋に嬉しい。ちなみに宿主のエリカちゃんは7月7日の七夕生まれだ。
よく見たら他にもメッセージが届いている。お祝いのメッセージをくれたのは両親に弟、依里とそれに…ユキ兄ちゃん。
ホワイトデーの前に玉砕した私だけど、告白して振られてよかったと思える。吹っ切れた今なら以前のように妹分としてユキ兄ちゃんと話せるはずだ。
それにしても18歳か…なんだか大人な気分…
「不気味だから、道のど真ん中で1人ニヤニヤ笑うのを止めてくれないか」
スマホを眺めながら精神年齢(?)が18歳になった事をニコニコ笑って喜んでいた私をドライに指摘してきたのは慎悟だ。
おい、まずは挨拶だろうが。不気味とは失礼な…
私はお手本になる様に彼に気持ちのいい挨拶をしてみせた。
「おはよう慎悟君! 今日もいい天気だね! お姉さんは今日また一つ大人になったのだよ! もう少しお姉さんの扱いを丁寧にしようか!」
「…はぁ?」
慎悟の誕生日は知らないけど、多分今の私は彼の2歳年上なのだ。さぁ、敬いなさい。
「私は今日18歳になりました。まだ16歳であろうお子ちゃまの慎悟君はお姉さんを敬うことを命じます」
「…バカなこと言ってないで、早く学校に入れよ。遅刻になるぞ」
「あっそれだよそれ! あんた私のことすぐにバカにするんだから!」
先にスタスタと歩いていく慎悟を追いかけるようにして、私は早歩きで奴の隣に並ぶ。
「馬鹿にされるような言動や行動をするからだろうが」
「そんな事してないよ! …一応私だって傷つくんだよ? 私は決して鋼鉄のハートを持っているわけじゃないんだよ? むしろハートは火葬されて燃えて無くなったけどさ」
ウケるかなと思って自虐ネタを発したが、慎悟にはウケなかったらしい。捨て身のネタなのに。
慎悟は眉間に皺が寄る一歩手前くらいの絶妙なしかめっ面で私を見下ろして来た。何だダメ出しでもしてくるのか?
「…全然笑えないからな、それ」
「そっかーウケないかー」
一度でいいから慎悟が腹を抱えて大笑いしている姿を見てみたいんだけど、どんなことで笑うんだろうな。…慎悟の純粋な笑顔ってかなりレアな気がする。人をバカにしたような皮肉げな笑みは何度か目撃したけども。
冥土の土産にと頼んだら馬鹿笑いしてくれるだろうか。
私が肩をすくめて「ごめーん」と小さく謝罪していると、慎悟はボソリと小さく呟いた。
「…誕生日おめでとう」
「あ、お祝いは言ってくれるんだ」
てっきりアホらしいとスルーされると思ったけど、お祝いコメントをくれた。嬉しいな。
慎悟は鼻を鳴らすと、私をジロリと見てきた。ちょっと驚いたから呟いただけなのだけど、それがプレゼント催促しているように聞こえたらしい。
「…なにか欲しいのか?」
「いやいや、私が慎悟の誕生日まで現世にいるとは限らないから、プレゼントのお返しできるかもわからないもん。何もいらないよ。…そういえば慎悟は誕生日いつなの?」
8月にインターハイがあるけど、それまでにはエリカちゃんに体を返すつもりでいる。予定通りなら依里と対戦することになるであろう、インターハイ予選…5月末~6月辺りには多分、約束を果たすことができるはずだ。
早く未練を果たして、元の持ち主に体を返さなくてはね。
慎悟の誕生日を聞いたのは特に意味はない。話題を広げるために聞いただけ。
慎悟は私の問いに対して、難しい表情をしていた。どうしたそんな顔をして。私の話が重くてコメントに窮しているのか?
「…笑さん」
「な~にそんな顔して。何もかも元通りに戻るだけ、私は本来の場所に還るだけだよ! あんたがそんな重く考える必要はないの!」
元気づけるために慎悟の背中をバシッと叩いたら、相手は呻いていた。力入れすぎたわ。ごめん。黄金の右手がつい、ね。
「私は一足先に逝くけど、あんたは私の分まで長生きしてから来なさいよ。……ごめんけど、エリカちゃんが戻ってきたら、彼女のことをサポートしてあげてね」
私はいつ逝くことになってもいいように準備はしていた。
エリカちゃんに向けて、情報共有のために作ったマニュアルもとい日記帳にはこれまであったことをメモしている。注意事項にはエリカちゃんに悪意を向けてきた人間のリストも事細かに書いてある。友人たちのリストも書いてあるし、私なりのアドバイスも記しておいた。
あとはエリカちゃん自身が自力で人生を切り開いていくだけだ。
…もしもエリカちゃんの体から私の魂が切り離される時は…どんな感じなのだろうか。できれば眠るようにして離れるといいな…
私は憑依が解ける時のことを想像しながら歩いていたのだが、隣を歩いていたはずの慎悟が着いてきていなかった。
後ろを振り返ると、慎悟は数m後ろで立ちすくんでいた。慎悟は俯いていたが、その表情が浮かないのは察することが出来た。
どうしたんだ。早くおいで。
「慎悟? 遅刻するよ?」
「笑さんは…」
「二階堂さぁん、おはよぉ~」
ガッバァーと勢いよく抱きついてきた瑞沢嬢の声に掻き消された為、慎悟が私に何かを言いかけた事に私は気づかなかった。
「ちょっと、いきなり抱きつかないでよ瑞沢さん」
「だって二階堂さんの姿が見えたんだもん♬」
「はいはい、おはよう。…宝生氏にやってあげなよ。きっと喜ぶ」
歩きにくいので離せと言ってみたら、瑞沢嬢は体に抱きつくのを止めてくれたのだが、今度は腕に抱きつかれた。
天真爛漫もここまで来るとなぁ…これ、エリカちゃんが知ったら混乱するだろうなぁ…どうしたものか。私は決して懐かれるような態度はとっていないのよ。
「2人で何のお話してたの?」
「え? …あー誕生日の話?」
「お誕生日! 二階堂さんのお誕生日は七夕の日よね♪」
「…うん、そうね」
それはエリカちゃんの誕生日なので、若干私の反応が微妙なものになってしまったが、瑞沢嬢はそれに気づかずに「あのね、わたしの誕生日は9月30日なの!」と聞いてもいないのにアピールしてきた。
「へーそうなん」
「慎悟君は9月7日! わたし、お金持ちの男の子の情報には詳しいの♪」
「…そういう事あまり自慢気に言わないほうがいいと思うよ」
瑞沢嬢はドヤ顔で慎悟の誕生日まで答えていたが、セレブ男子の情報に詳しいって…あまり胸を張って言えることじゃないような…いや、情報収集はセレブの任務だって阿南さんも言っていたし、役に立つのか…?
そうか慎悟は9月生まれなのか。
入門ゲートに学生証をかざして入場すると、私は瑞沢嬢を腕にくっつけたまま昇降口に向かった。
てっきり慎悟は先に教室へ向かったと思っていたが、その後私よりも後から来ていた。
教室に入ってきた時、ぼんやりとなにか考え事をしているようで、友達から声を掛けられてハッとしていたように見える。
慎悟にはあまり迷惑を掛けたくはないけど、この学校で私とエリカちゃんの事情を知っている人は彼ひとりだ。エリカちゃんをサポートできるのは彼だけだと思うのだ。
だからさっき、私がいなくなった後のことを彼に頼んだのだ。慎悟は真面目なやつなので、先程の言葉を重く受け止めたであろう。…彼はしっかりしているし、年齢の割に大人びた考えを持っている。面倒に思っても彼はきっと縁戚のエリカちゃんのことを放っておけないであろう。
慎悟には面倒をかけて悪いが、後のことは頼むよ。
…あと、どのくらい私は生きていられるのだろうか。
また大切な人たちと別れることになってしまうのは寂しいけど…これですべて元通りになるだけ。
私は、贅沢者なのだ。
死んでも尚、夢の欠片だけでも叶えられる立場なのだから。まだまだ生きたいだなんて、これ以上のワガママはエリカちゃんに申し訳が立たない。
……それまで、私はしっかり今を生きよう。
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