お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

1年前のあの日に還る。

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 5月のゴールデンウィーク期間中も二階堂パパママはお仕事だった。飲食業関連のお仕事だから休み関係ないのだろうけど、2人の体は大丈夫か心配になる今日このごろ。
 私はと言うと連休中の部活もストレッチしたり、筋トレしたりしていた。バレーは勿論見学。特に何も変わりはなかった。
 連休を利用して実家に帰っても良かったけど、もうすぐ私の一周忌。実家の家族は法事関係でバタバタしているみたいなので、帰省は避けておいた。
 命日に当たる日は学校もあるし、自分も家族も複雑な心境になると思うので、私は実家には帰らないことにしている。

 1年前のあの日は…ゴールデンウィークが明けたばかりだった。私はユキ兄ちゃんの大学に忘れ物を届けに寄って、初恋を自覚した瞬間に失恋して…あのバス停に立った。

「…あと、3日か」

 命日が近づく度に私の心は暗くなっていった。だけど周りに気取られてはいけないから私は明るく振る舞っていたが、正直それがしんどくなってきたのが実情だ。
 命日を過ぎたら、多少は楽になれるだろうか…?
 
 私は先日二階堂パパママにあるお願いをした。命日の日、学校を早退させてほしいと。2人は私の気持ちを考慮してくれて、休んでもいいよ? と言ってくれたが、私はどうしてもしたいことがあった。それは学校からじゃないと意味がないから、早退をさせてもらうことにしたのだ。

 私がすることで特に何か収穫があるわけでもない。あくまで自己満足のためにするだけだ。
 …何かせずにはいられないのだ。


■□■


「で、宝生氏はここでビンタして、婚約破棄を宣言したのね?」
「…だから…悪かったって」
「今それはいいから…ここから学校を抜け出したんだよね多分…」

 私は、エリカちゃんが婚約破棄された1年前と同じ日、同時刻に、その現場で再現をしていた。すっかりおとなしくなった宝生氏を引っ張ってきて、現在の1年生のクラスが並ぶ廊下でそんなやり取りをしていた。
 新1年生達が私達を異様な目で見てくる。上級生がいるのが怖いのかな。ゴメンね、すぐに終わるから待っててね。
 宝生氏は今更になって罪の意識を感じ始めたようだが、それはエリカちゃんが戻ってから謝罪してね。

 …エリカちゃんがどういう風に学校を出たかわからないな。どのルートを通って正門を出たのだろう。あっちの階段から下に降りたのであろうか? それとも…まぁどっちでもいいか。

「ありがと」
「…おいエリカ?」

 私は自分の予想で、エリカちゃんが辿ったであろう道を歩んでみることに決めた。
 階段を降りて、下駄箱で靴を履き替えると、いつも通行している入門ゲートを通り過ぎる。守衛さんが不思議そうな顔してこっちを見てきたので、私が「家の事情で早退するんです」と言うと、納得してくれた。
 先生や友人にも家の事情で早退すると言ったら、すぐに察してくれたので誰も心配しないだろう。

 学校からそう離れていない位置にバス停があるが、ここは通学時間しかバスが来ない。なので少し距離はあるが、バスが運行している区域まで歩いていく。
 バス停に辿り着くと、時刻表を確認する。行き先を確認していると、私の地元のバス停に行くまでに途中で乗り換えをする必要があったのだと分かった。てっきりバス一本で辿り着いたのだと思ったら違ったのか。…乗り過ごさないようにしないと。
 しばらくしてバスが到着したので、私はそれに乗り込んだ。ICカードにはちゃんとチャージしておいたから大丈夫。目的地まで私は窓の外を流れる風景を眺めていた。 
 私の地元のあのバス停周辺は特に目立つようなものは何もない。終点でもないのに何故、あそこでエリカちゃんは降り立ったのだろうか? バス停すぐ側にあるユキ兄ちゃんが通う大学はそれなりに有名だけど、目立つものがそれくらいしかないしなぁ…
 乗り換え地点でバスを降りて、次のバスへ乗り換えると、どんどん自分の地元に近づいていった。
  

 乗り換えもあったので少々時間がかかったけど、なんとかあのバス停に到着した。1年前のあの日よりも、街の雰囲気は周りの建物が変わって少しだけ様変わりをしているように見えた。
 しかしバス停はあの時の悲劇が嘘のように変わらず…普通だった。
 だけど一部、違うところがあった。

 バス停の隅に置かれた花束だ。たくさんの花束に、お酒やコーヒー、お茶にジュース、有名な老舗の和菓子に私が好きだったスナック菓子…
 これは、サラリーマンのおじさんと、私の好きだったものが置かれているのだろう。花は色とりどりの花束が包装されたそのままの状態で、重なり合うように置かれていた。まだ瑞々しいままなので今日置かれた花達なのだろう。

 ……あの日の私は、失恋に浸っていた。ここで夕焼けを見てぼんやりしていて、すぐ目の前を犯人が通り過ぎたのだ。その時点では異変に気づかなかったけれど、その直後にエリカちゃんの悲鳴がバス停から少し離れたあそこから聞こえてきて…… 
 エリカちゃんはバスを降りてどこに行くつもりだったのだろう。…今更そんな事考えても仕方がないか。

 私はお供え物のある場所にひざまずいて、手を合わせた。エリカちゃんの歩いた道を辿って、気が済んだらすぐに帰るつもりだった。
 だけど私はそこから離れることが出来なかった。目からは熱い涙がとめどなく溢れ出してきて、地面に縫い付けられてしまったかのようにその場から動けなくなった。
 この街の匂いも、涙の熱さも、跪いている地面の硬さもわかるのに。私は死んだ人間なのだ。

「…うっ…うぅ……うあぁぁぁっ!」

 何度も何度も現実に打ちのめされて、その度に泣いてきた。だけど一度や二度泣いて、悩んで苦しんで楽になれることではない。
 私は泣いた。周りを通行している人にどんな目で見られているかとかそんな事を考える余裕もなくて、人目憚らずにひたすら泣いた。泣き叫んだ。
 泣いた所で私のこの苦悩は昇華されない。時間がいくら経過しても解決できるものじゃないのだ。私の肉体だけでなく、魂にも深く刻まれた傷はきっと癒える筈がない。
 苦しい。この苦しさから解放されたいのに。
 エリカちゃんが折角くれたチャンスだけど、私はあの時成仏してしまったほうがここまで苦しまずに済んだのではないかと思うことがある。

 いつかそのうち、世間だけでなく、家族や友人にまで私が忘れられてしまうんじゃないかって思うことがある。
 事件は風化するもの、世間から忘れ去られるものだと分かっていたけど…だけど、それが大切な人達だと考えたら…怖い。
 忘れてほしくないのに、皆が私を忘れてしまう日が来るのが怖い。

 どれだけ泣いていただろうか。私は地べたに座り込んでしまっていた。
 自分の中で渦巻く感情にしか意識が向いていなかった私は、自分の後ろに誰かが近づいてきたことに全く気づかなかったのだ。




■■■■■


【──数時間前・三人称視点】

「山本、…エリカは?」
「…ほら、今日あの事件の日でしょ。…家の事情で早退するって」
「……事件」

 エリカ…いや笑の友人であるひかりに声を掛けたのは、エリカの縁戚である加納慎悟だ。彼はひかりの返答に対して、形の良い眉をわかりやすく顰めた。

 彼には人を観察する癖があった。それは周りの大人達を幼い頃から見ている内に自然と身についたものなのだが、それでも見抜くことが出来ないこともある。
 この1・2週間、彼女は普通だった。
 不気味なくらいいつも通りだった。慎悟も四六時中彼女を監視しているわけじゃないから、絶対とは言い切れないが、彼にはどうにもそれが気になっていた。
 笑は事件の影響でたまに情緒不安定に陥ることがあるようだが、それでも苦難を乗り越えようとする強い人だと慎悟は感じていた。自分が出来る範囲でしっかりやり遂げようとする強い意志を持った人だから、多分大丈夫だろうと思っていた。
 だけど…慎悟の中で何かが引っかかった。

「加納、ちょっといいか?」
「…宝生…何?」

 疑問に思ったことを1人思案している所に珍しい来客があった。エリカの元婚約者である宝生倫也だ。
 相手はスッキリしない表情をしており、口元をモゴモゴさせていた。何が言いたいんだろうかと相手が口を開くのを待っていると、宝生はやっと語りだした。

「…あのさ…さっきエリカに聞かれたんだよ。1年前、どういう風に婚約破棄をしたのかって」
「…え?」
「それであいつ、そのまま学校を出ていったんだ……なんか、それが気になって……」

 どういう風に婚約破棄したか?
 …そんな事を知ってどうするんだ? という新たな疑問が慎悟の脳裏に浮かんだが、それはひとまず置いておいて…あの宝生が、エリカを煙たがっていた宝生が、エリカの事を気にすることに慎悟は驚いた。
 中身が松戸笑という全く違う人物なのは置いておいて、宝生の中で何があったのか…色々とよくわからない。

 この時間に婚約破棄の再現をして、ひとりで学校を出てどこかへ…
 今日はあの事件の日。
 松戸笑の命日。 

 確信はなかった。
 でもどうにも気になって慎悟は居ても立ってもいられなかった。ポケットからスマートフォンを取り出すと、何処かへと電話をかけ、車を手配するように頼む。
 通学鞄を手に取ると、慎悟はぼーっと突っ立っている宝生を無視して、事の次第を見守っていたらしいひかりにこう告げた。

「山本、俺は早退するから、その事を先生に伝えておいてくれ」
「えっ? なんて?」
「腹痛でも頭痛でもなんでもいいから…頼むぞ」

 慎悟はそのまま学校を出ると、手配された車に乗って、とある場所に向かった。
 絶対にそこにいるとは限らない。だけどどうしても彼女を見つけ出したかった。

 どうしてここまで気がはやるのかわからない。
 だけど今日この日この時間に、彼女えみを一人にしておいてはいけない気がしてならなかった。


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