72 / 328
さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。
1年前のあの日に還る。
しおりを挟む5月のゴールデンウィーク期間中も二階堂パパママはお仕事だった。飲食業関連のお仕事だから休み関係ないのだろうけど、2人の体は大丈夫か心配になる今日このごろ。
私はと言うと連休中の部活もストレッチしたり、筋トレしたりしていた。バレーは勿論見学。特に何も変わりはなかった。
連休を利用して実家に帰っても良かったけど、もうすぐ私の一周忌。実家の家族は法事関係でバタバタしているみたいなので、帰省は避けておいた。
命日に当たる日は学校もあるし、自分も家族も複雑な心境になると思うので、私は実家には帰らないことにしている。
1年前のあの日は…ゴールデンウィークが明けたばかりだった。私はユキ兄ちゃんの大学に忘れ物を届けに寄って、初恋を自覚した瞬間に失恋して…あのバス停に立った。
「…あと、3日か」
命日が近づく度に私の心は暗くなっていった。だけど周りに気取られてはいけないから私は明るく振る舞っていたが、正直それがしんどくなってきたのが実情だ。
命日を過ぎたら、多少は楽になれるだろうか…?
私は先日二階堂パパママにあるお願いをした。命日の日、学校を早退させてほしいと。2人は私の気持ちを考慮してくれて、休んでもいいよ? と言ってくれたが、私はどうしてもしたいことがあった。それは学校からじゃないと意味がないから、早退をさせてもらうことにしたのだ。
私がすることで特に何か収穫があるわけでもない。あくまで自己満足のためにするだけだ。
…何かせずにはいられないのだ。
■□■
「で、宝生氏はここでビンタして、婚約破棄を宣言したのね?」
「…だから…悪かったって」
「今それはいいから…ここから学校を抜け出したんだよね多分…」
私は、エリカちゃんが婚約破棄された1年前と同じ日、同時刻に、その現場で再現をしていた。すっかりおとなしくなった宝生氏を引っ張ってきて、現在の1年生のクラスが並ぶ廊下でそんなやり取りをしていた。
新1年生達が私達を異様な目で見てくる。上級生がいるのが怖いのかな。ゴメンね、すぐに終わるから待っててね。
宝生氏は今更になって罪の意識を感じ始めたようだが、それはエリカちゃんが戻ってから謝罪してね。
…エリカちゃんがどういう風に学校を出たかわからないな。どのルートを通って正門を出たのだろう。あっちの階段から下に降りたのであろうか? それとも…まぁどっちでもいいか。
「ありがと」
「…おいエリカ?」
私は自分の予想で、エリカちゃんが辿ったであろう道を歩んでみることに決めた。
階段を降りて、下駄箱で靴を履き替えると、いつも通行している入門ゲートを通り過ぎる。守衛さんが不思議そうな顔してこっちを見てきたので、私が「家の事情で早退するんです」と言うと、納得してくれた。
先生や友人にも家の事情で早退すると言ったら、すぐに察してくれたので誰も心配しないだろう。
学校からそう離れていない位置にバス停があるが、ここは通学時間しかバスが来ない。なので少し距離はあるが、バスが運行している区域まで歩いていく。
バス停に辿り着くと、時刻表を確認する。行き先を確認していると、私の地元のバス停に行くまでに途中で乗り換えをする必要があったのだと分かった。てっきりバス一本で辿り着いたのだと思ったら違ったのか。…乗り過ごさないようにしないと。
しばらくしてバスが到着したので、私はそれに乗り込んだ。ICカードにはちゃんとチャージしておいたから大丈夫。目的地まで私は窓の外を流れる風景を眺めていた。
私の地元のあのバス停周辺は特に目立つようなものは何もない。終点でもないのに何故、あそこでエリカちゃんは降り立ったのだろうか? バス停すぐ側にあるユキ兄ちゃんが通う大学はそれなりに有名だけど、目立つものがそれくらいしかないしなぁ…
乗り換え地点でバスを降りて、次のバスへ乗り換えると、どんどん自分の地元に近づいていった。
乗り換えもあったので少々時間がかかったけど、なんとかあのバス停に到着した。1年前のあの日よりも、街の雰囲気は周りの建物が変わって少しだけ様変わりをしているように見えた。
しかしバス停はあの時の悲劇が嘘のように変わらず…普通だった。
だけど一部、違うところがあった。
バス停の隅に置かれた花束だ。たくさんの花束に、お酒やコーヒー、お茶にジュース、有名な老舗の和菓子に私が好きだったスナック菓子…
これは、サラリーマンのおじさんと、私の好きだったものが置かれているのだろう。花は色とりどりの花束が包装されたそのままの状態で、重なり合うように置かれていた。まだ瑞々しいままなので今日置かれた花達なのだろう。
……あの日の私は、失恋に浸っていた。ここで夕焼けを見てぼんやりしていて、すぐ目の前を犯人が通り過ぎたのだ。その時点では異変に気づかなかったけれど、その直後にエリカちゃんの悲鳴がバス停から少し離れたあそこから聞こえてきて……
エリカちゃんはバスを降りてどこに行くつもりだったのだろう。…今更そんな事考えても仕方がないか。
私はお供え物のある場所に跪いて、手を合わせた。エリカちゃんの歩いた道を辿って、気が済んだらすぐに帰るつもりだった。
だけど私はそこから離れることが出来なかった。目からは熱い涙がとめどなく溢れ出してきて、地面に縫い付けられてしまったかのようにその場から動けなくなった。
この街の匂いも、涙の熱さも、跪いている地面の硬さもわかるのに。私は死んだ人間なのだ。
「…うっ…うぅ……うあぁぁぁっ!」
何度も何度も現実に打ちのめされて、その度に泣いてきた。だけど一度や二度泣いて、悩んで苦しんで楽になれることではない。
私は泣いた。周りを通行している人にどんな目で見られているかとかそんな事を考える余裕もなくて、人目憚らずにひたすら泣いた。泣き叫んだ。
泣いた所で私のこの苦悩は昇華されない。時間がいくら経過しても解決できるものじゃないのだ。私の肉体だけでなく、魂にも深く刻まれた傷はきっと癒える筈がない。
苦しい。この苦しさから解放されたいのに。
エリカちゃんが折角くれたチャンスだけど、私はあの時成仏してしまったほうがここまで苦しまずに済んだのではないかと思うことがある。
いつかそのうち、世間だけでなく、家族や友人にまで私が忘れられてしまうんじゃないかって思うことがある。
事件は風化するもの、世間から忘れ去られるものだと分かっていたけど…だけど、それが大切な人達だと考えたら…怖い。
忘れてほしくないのに、皆が私を忘れてしまう日が来るのが怖い。
どれだけ泣いていただろうか。私は地べたに座り込んでしまっていた。
自分の中で渦巻く感情にしか意識が向いていなかった私は、自分の後ろに誰かが近づいてきたことに全く気づかなかったのだ。
■■■■■
【──数時間前・三人称視点】
「山本、…エリカは?」
「…ほら、今日あの事件の日でしょ。…家の事情で早退するって」
「……事件」
エリカ…いや笑の友人であるひかりに声を掛けたのは、エリカの縁戚である加納慎悟だ。彼はひかりの返答に対して、形の良い眉をわかりやすく顰めた。
彼には人を観察する癖があった。それは周りの大人達を幼い頃から見ている内に自然と身についたものなのだが、それでも見抜くことが出来ないこともある。
この1・2週間、彼女は普通だった。
不気味なくらいいつも通りだった。慎悟も四六時中彼女を監視しているわけじゃないから、絶対とは言い切れないが、彼にはどうにもそれが気になっていた。
笑は事件の影響でたまに情緒不安定に陥ることがあるようだが、それでも苦難を乗り越えようとする強い人だと慎悟は感じていた。自分が出来る範囲でしっかりやり遂げようとする強い意志を持った人だから、多分大丈夫だろうと思っていた。
だけど…慎悟の中で何かが引っかかった。
「加納、ちょっといいか?」
「…宝生…何?」
疑問に思ったことを1人思案している所に珍しい来客があった。エリカの元婚約者である宝生倫也だ。
相手はスッキリしない表情をしており、口元をモゴモゴさせていた。何が言いたいんだろうかと相手が口を開くのを待っていると、宝生はやっと語りだした。
「…あのさ…さっきエリカに聞かれたんだよ。1年前、どういう風に婚約破棄をしたのかって」
「…え?」
「それであいつ、そのまま学校を出ていったんだ……なんか、それが気になって……」
どういう風に婚約破棄したか?
…そんな事を知ってどうするんだ? という新たな疑問が慎悟の脳裏に浮かんだが、それはひとまず置いておいて…あの宝生が、エリカを煙たがっていた宝生が、エリカの事を気にすることに慎悟は驚いた。
中身が松戸笑という全く違う人物なのは置いておいて、宝生の中で何があったのか…色々とよくわからない。
この時間に婚約破棄の再現をして、ひとりで学校を出てどこかへ…
今日はあの事件の日。
松戸笑の命日。
確信はなかった。
でもどうにも気になって慎悟は居ても立ってもいられなかった。ポケットからスマートフォンを取り出すと、何処かへと電話をかけ、車を手配するように頼む。
通学鞄を手に取ると、慎悟はぼーっと突っ立っている宝生を無視して、事の次第を見守っていたらしいひかりにこう告げた。
「山本、俺は早退するから、その事を先生に伝えておいてくれ」
「えっ? なんて?」
「腹痛でも頭痛でもなんでもいいから…頼むぞ」
慎悟はそのまま学校を出ると、手配された車に乗って、とある場所に向かった。
絶対にそこにいるとは限らない。だけどどうしても彼女を見つけ出したかった。
どうしてここまで気が逸るのかわからない。
だけど今日この日この時間に、彼女を一人にしておいてはいけない気がしてならなかった。
1
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる