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さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。
柄にもないことしないでよ。
しおりを挟む1年前、私が最期の瞬間を迎えた場所。
私はこの世界の片隅に取り残されたような気分でその現場に座り込んでいた。
泣いて泣いて、体中の水分が涙として排出されているはずなのに、まだまだ溢れ出てくる涙。手で拭っても拭っても頬を濡らすそれを放置して、私は延々と泣き続けていた。
泣きすぎて耳がおかしくなっており、外の音が聞こえにくい。散々泣いているのに涙が止まらない。瞼が腫れぼったく熱を持っているのもわかる。
身も心も苦しくて仕方がなかった。
何で私がこんな思いをしないといけないの。殺されて死んだ後まで苦しまないといけないことを私はなにかした?
犯人は捕まって実刑判決を受けた。それでいいじゃない。なのに私の心は納得できない。反省していない様子だったあいつを同じ様に仕留めてやりたいという残酷な感情が湧き出してくる。
こんな自分嫌だ。あいつと同じにはなりたくはない。なのにドロドロとしたおぞましい憎悪が私をおかしくさせる。
「うぅ…っ」
腕を抱きしめて、ギュウと強く握り込む。ジワッと痛みが伝わってきた。落ち着け、落ち着け…。
私にはやり残したことがあるんだ。アイツのことでその目的を忘れてはいけないんだ。私は死んだ人間。ずっとこの世にいられるわけじゃないのだ。
深呼吸をしようとしたけど苦しくなるだけで、また嗚咽が出てきてしまった。口元を抑えて堪えていたけど、どうにも止まらない。
無意識に私は感情を抑え込んでいたのだろうか。今日この場所に来て爆発したというのであろうか?
……私はこんなに弱い人間だっただろうか?
私はもうちょっと強かったはずだ。こんな、周りに人がいるような場所で泣くような弱い女じゃなかったのに。
弱い自分は嫌。見たくない…私は弱くない。
……私にはもう泣く場所がないのだ。ユキ兄ちゃんには頼れないんだから…しっかりしなきゃ。
私の心は1年前に囚われていた。私は未だに過去に生きている。死人の私は、1年前に人生が終わってしまったから、前進することはできないのだろうか…
こんなに苦しい思いをしなければならないのなら、私は…
──ギュッ…
「!?」
背中を丸めて涙を堪えていると、突然背中から何者かに抱きしめられた。私は泣くのを止めて固まった。
えっ、こんな場所で変質者!? と思ったけど、前に回ってきている腕にある制服のボタンを見て、英学院の生徒だということが分かった。
……まさか。上s…
「だ、誰…?」
まさか、こんなところにまでストーカーだなんて…やだもう怖い。
私は恐る恐る相手に尋ねた。僕だよ、とか返ってきたらどうしよう…
「…いつまでもここで泣いてないで、帰るぞ笑さん」
「…慎悟…?」
耳に入ってきたその声に、私は二重の意味で驚いた。
なんでここに慎悟がいるんだ?
ていうかなんで抱きしめてきてんだ?
あれだけ止まらなかった涙がピタリと止まった。慎悟は抱きしめていた腕を外したかと思えば、私の前に回ってきた。涙に濡れている顔をハンカチで拭ってくれたが、その動きはなんだかぎこちない。
「…うぐ、」
「…ひどい顔だな。これは冷やさないと縄文土偶のようになるぞ」
「…エリカちゃんは土偶になっても可愛いはずだもん。いいの」
「土偶…可愛いか?」
慎悟はいつもと同じく私を呆れた目で見下ろしてくる。柄にもないことしてくるから一瞬焦っちゃったわ。
慎悟に手を差し出されたので、その手を借りて立ち上がると、そのまま手を引かれた。
バス停前には黒塗りの車が停まっていた。それはタクシーではない。慎悟は自分の家の車に乗ってここまで追ってきたようだ。慎悟が後部座席のドアを開いて、乗るように促してきたので、私は大人しく乗車した。
なんか…気を遣わせてしまったみたいだ。しかしよく私がここにいると気づいたな。
私達の間に会話はなかったのだが、車が発進してしばらく経った頃、慎悟がポツリと呟いた。
「…気づかなくて悪かったな」
「え?」
「…あんたのことを知っていたのに、あんたの苦悩まで考えが至らなかった」
「……何言ってんの。これは私が抱えるものなの。慎悟には関係ないし、慎悟は何も悪くないよ」
いきなり何を言ってんだよ。
何度こっちをびっくりさせれば気が済むのこの子は。こっちは驚きすぎて心臓バクバクしてるのよ。
そもそも私の事情を知っているからと言って、私の苦しみまで慎悟が背負う必要はないというものだ。私はそこまで甘えるつもりは毛頭ない。あんたは真面目すぎるよ。
「…言えよ。俺は聞くしか出来ないけど…辛くなったら1人でこうして泣く前に、俺に話して」
「……いやいやいやいや」
「なんだよ。俺じゃ不満だというのか」
なんかムスリと不満そうな顔されたけど、そういう問題じゃないよ。
ただでさえ私は慎悟に甘えている面がある。年上の威厳はどこ行った? って情けなくなることがあるんだよ…
君にこれ以上の迷惑を掛けたくないのだよ。お坊ちゃんってだけで色々と忙しそうなのに、個人的なことで迷惑をかけるのは気が引けるのよ。
「不満とかじゃなくてね? あのー…」
「ならいいだろ」
そう話を終えると、慎悟はプンッと顔を背けて、車窓から外を眺め始めた。
会話を強制終了された感が否めないが、多分ここでなにか言っても、相手からは不機嫌な反応が返ってくるだけかな。
…気持ちだけ受け取っておくよ。慎悟が抱える必要のない話なんだから。
…でも嬉しかったよ。
「…ありがとね」
慎悟から返事はなかった。でも多分聞こえているはず。
私も反対側の車窓から流れる風景を眺めた。来た道とは逆に進む車。私はそれを眺めながら、1年前の自分の最期の瞬間を思い出していた。
…1年前の私はもう事切れただろうか。
私は目を閉じて、車の背もたれに深く寄りかかった。わぁ、この車の背もたれジャストフィット…
運転手さんの運転丁寧だし、車は乗り心地最高だし。私はそこから30秒くらいで寝落ちした。ここ最近またあの悪夢を見ていて夢見が悪かったんだもん。
だけど不思議とこの時は悪夢も見ずに熟睡していた。思いっきり泣いたこと、1年という年月を実感したことで、自分の中でスッキリしたのだろうか?
……次に私が目覚めると、エリカちゃんの部屋のベッドにいたのでひどく驚いた。しかも日付通り越して朝になっていた。
車を降りて、自分で歩いてベッドに潜り込んだ記憶がないんだけど…! まさか夢遊病? 制服がシワになっとるやないか!
その直後、洗面台の鏡を見た私は悲鳴を上げた。…エリカちゃんの顔が縄文土偶のようになっていたから。
……一周回ったらぶさかわいい……いや、とりあえず冷やそう、話はそれからね。
今日も学校だし、体育祭ももうすぐだ。いつまでも過去のことに囚われていては駄目だ。私の時間は有限なのだから。
前を見よう、前だけを。
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