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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。
再び。
しおりを挟む「転生の輪に入ってしまった彼女は…もう戻ることは出来ない。あの中に入ってしまうと、現世での記憶は全て消えてなくなり、魂が生まれ変わる準備が始まる」
閻魔大王はそう言っていた。あの中に入ってしまったエリカちゃんの魂はもうエリカちゃんじゃない。赤子のようなまっさらな魂なのだそうだ。見つけてもそれは彼女じゃないから戻せないのだと言う。
だからといって、私の転生をキャンセルってのはおかしいと思います! 何のために私の息の根を止めたんですか閻魔大王!
「いやいやいや無理ですって! 私はエリカちゃんじゃないんですから!」
「1年以上憑依してたであろう。そなたなら大丈夫だと、儂は確信しておる」
私に拒否権はないらしい。頼みじゃなくて強制じゃないですか。
確信じゃないよ! そんな事したら色々とおかしくなるでしょうが! 生のことわりから外れるっていうかさ、駄目じゃん普通に!
不祥事を隠そうとしてないか閻魔大王! あんた泣く子も黙る閻魔大王だろ! 何してんだよ!
「私舌抜いちゃったんですよ!? もうだめでしょ!?」
「大丈夫、ちゃんと生を全うしてくれたら約束通り、来世で大好きなバレーボールに恵まれた人生を歩ませてあげよう」
「全然大丈夫じゃない! うわちょ、なにをする!」
私は地獄からここまで引っ立てられるようにして連れてこられた。そこは私が去年事件現場で息絶えた後に到着したあの花畑に似ていた。地獄の構造がどうなっているのかよくわからないが、どこかで繋がっているらしい。
『そぉーれっ! ヨイショー!』
鬼たちに両腕を掴まれ、ぶん投げるように私は外界へと落とされた。まさかの扱いに私はされるがままである。
乱暴! 何でこんな扱いされなあかんの!? ヨイショーじゃないよ!
あ、これなんか知ってる! エリカちゃんに突き落とされた時とおんなじ!
花畑の上から「よろしくねー」とフランクに手を振っている閻魔大王と地獄の鬼たちに向かって手を伸ばすが、届くはずはなく。私は地上へと真っ逆さまに落ちていく。
待ってー! 私の次の人生! バレーに燃える熱い青春! 輝く栄光ー!!
■□■
「…私は次こそオリンピック選手になるんだー!」
自分の叫び声で目覚めた。目覚めるとそこには白い天井。そして伸ばされた右手が視界に映る。周りを囲むは白いカーテンである。
重だるい体を起こして、私は顔を手のひらで覆った。
…鏡見なくてもわかるよ…これエリカちゃんの身体でしょ…んもぉぉぉ…なんでこうなるの……
「…エリカ? お前気づいたのか?」
シャッと音を立てて開かれたカーテン。それを開いたのは制服姿の慎悟だった。
あぁ…二階堂パパママもだけど、慎悟もショックだろうなぁ…想い人がまた得体のしれぬバレー狂に憑依(寿命までコース)されたんだから…
でもいつまでも隠せることじゃないからこの場で言ってしまうか…私はノロノロと顔を上げると、死にそうな声を出した。
「……残念なお知らせがあります…」
「…お知らせ?」
耳に聞こえるのは私の声よりもキーの高いエリカちゃんの声。本当に残念なお知らせだわ。
訝しげに眉をひそめる慎悟のその顔を見るのも久々だ。なんか懐かしく感じるわ。…相手からどんな反応が返ってくるかが怖いな…
「…エリカちゃんは、私の代わりに転生の輪に入ってしまいました」
「……あんた、笑さん…?」
「すまん…」
私はベッドの上で正座すると頭を深々と下げ、土下座スタイルを取った。私にはただ謝るしか出来ない。
「…本当に笑さんなのか?」
「…ほんっとにごめん。まさか…あのタイミングでエリカちゃんに妨害されるとは思って無くて…」
「…良かった」
…ん?
いま慎悟はなんて言った? 良かった? …よくねーよ! 何いってんだあんたは! 私は慎悟を注意しようとガバっと顔を上げたのだが、大きく腕を広げた慎悟に身体を抱き込まれて声を失った。
「……良かった…笑さん」
華奢だなぁとずっと思っていたけど、慎悟はやっぱり男子だったらしい。エリカちゃんの身体よりも明らかに大きいし、それなりに力もある。
耳元で囁く慎悟の声が震えているように聞こえるけど……まさか、泣いてないよね? 初めてそんな弱々しい声聞いたぞ。
力強く抱きしめられるのが苦しくて身を捩ったけど、慎悟の腕は緩まない。胸を押し返してみるが、全く緩まない。意外と力強いんだよねこいつ…
仕方がないので私は文句を言うことにした。
「……あのさ、全然良くないんだけど。エリカちゃんの魂が消えたんだよ!? もっと悲しまなきゃ!」
あんたエリカちゃんのこと好きなんでしょ?! 縁戚でしょ?
私と関わったのは短い期間だけだって言うのに、情が湧いていたとでも言うのか!?
「エリカちゃんが私の代わりに転生の輪に入ってしまったの! 私はエリカちゃんの代わりにこの体の寿命まで生きないといけないの! 慎悟はもう二度とエリカちゃんと会えないんだよ!?」
「…そうか」
「そうか、じゃないよ! 私はエリカちゃんの身体を完全に乗っ取ることになるんだよ!? 憎むのが普通でしょ!? 全然良くないでしょ!」
さては慎悟もひどく動揺してる? 事の大きさが理解できないのか? ていうか私の言っている非現実的な話が信じられないのか!?
もう何でも良いけど、あんたの反応はおかしいからね!?
「…それでも」
慎悟はゆっくりと離れて、私を…エリカちゃんの姿をした私を真剣な表情でじっと見つめてきた。その目にドキッとして、私は緊張で固まってしまった。
「俺はあんたに会いたかった」
「……慎悟?」
「…薄情と言われても、あんたに会いたかったんだ」
まぁ、あんな死に方したからトラウマを残してしまったかもだけど……でもさ1年程度の付き合いの私より、もっと長い付き合いのエリカちゃんのほうが大事じゃない?
手のひらで確認するように頬を撫でられて、エリカちゃんの中にいる私を捜すかのように慎悟がじっと見つめてくるけど、いくら見ても顔はエリカちゃんだからね。中の人は違うけど。
…やっぱりエリカちゃんが恋しいんじゃないのあんた。…ていうか、顔近すぎだよ慎悟。鼻がぶつかりそうなんですけど。何で近づいてくるのさ。
「そんなに近づかなくても顔は見えるから」
エリカちゃんは近眼じゃないよ。ちゃんと見えてるよ。慎悟のおきれいな顔を両手で掴んで後ろに押し出して引き離すと、私はベッドから飛び降りる。
病室の洗面台に設置された鏡を覗き込むと、インターハイ時よりも少し髪の伸びたエリカちゃんの顔があった。起き抜けも美少女である。…だけど中の人が違うからか、エリカちゃんの儚げな雰囲気はどこかへと消えてしまっていた。
指で頬を引っ張ると痛い。…私は本当にエリカちゃんの身体にまた入ってしまったのか…
エリカちゃん、あなたのしたことは…自暴自棄になった結果だったのかな? あの時どう言えば、あなたを引き止めることが出来たのだろう? 私のしたことは全て無駄だったのかな……後悔してももう遅い。あなたは転生の輪に入ってしまってこの世にもあの世にもいなくなってしまった。
…こうなってしまったからにはどうしようもない。あなたの身体で私は生きるよ。かなり複雑な心境だけど、頑張って生きる。
だから、あなたは転生したら今度は自分の殻に閉じこもらないで、勇気を出して表に出て欲しい。自分のために生きて欲しい。
人ひとりに執着する人生なんて勿体無い。婚約や恋愛だけが人生じゃないんだよ。…幸せの感じ方は人によって形が違うし、エリカちゃんにとっては宝生氏が全てだったんだろうけど…あまりに勿体ないよ。こんな終わり方は無いよ…
…もしも私達の出会い方が違ったら、エリカちゃんの笑った顔を見ることが出来たのかな? 私は最初から最後まで彼女の笑顔を見たことがなかった。
私が、エリカちゃんのように物静かに過ごしていたら…こんなことにはならなかったのかな…? あんな悲しそうな顔をさせるために今までエリカちゃんとして生きてきたわけじゃないのに。私はどうしたら良かったのだろう…
思考が暗くなりだしたが、私にはすべきことがある。…どんなに後悔してもエリカちゃんはもう消えてしまったのだ。後悔するのは後だ。
私は深呼吸をして、手のひらで頬をバシンと叩くと気を取り直した。
「よし……取り敢えずパパママに謝罪がてら連絡するかな…ねぇ、今日は何月何日?」
慎悟に今日の日付を確認しようと、病室のベッドの方向に顔を向けると、慎悟はがっくりと項垂れていた。
「…なに? どうしたの?」
「…いや…別に。今日は9月の21日だ」
「というと、クラスマッチは…」
「…クラスマッチは10月の初めにある…こんな時まであんたはバレーなのか…」
妙に疲れた様子で慎悟がこっちを見てきた。なんだそのがっかりした目は。相変わらず私を小馬鹿にしてるな貴様。
だけど、あんたもまだまだね。私のバレー好きを理解していると思っていたのにそう来るか。
「当然でしょ。前も今も、私の世界の中心はバレーボールなんだから!」
再び強制的に二階堂エリカとして生きないといけないのはまだ腑に落ちないけど、現世でまた生きるというなら私はバレーをしなければ。NOバレー、NOライフ。
取り敢えず、春高バレー予選に出られるように頑張ろうかな! なんだかとってもバレーがしたくなってきた!
私の言葉に慎悟は目を軽く見張っていたが、フフッと小さく笑い出した。
「だよな、あんたはそういう人だった。うん…あんたらしいよ」
慎悟が無邪気に笑った。いつもの皮肉げな笑みではなく、心からの笑顔だ。…それを目にした私は何だか嬉しくなった。
「今の顔良いよ! その顔めっちゃ可愛い!」
「……俺は可愛くない」
「あっ、またしかめっ面してー。もったいない」
「…俺を年下扱いするなよ」
褒めたのにしかめっ面してきた。なんでそんなぶすくれるのよ。せっかくの美貌が損なわれるでしょー。
「だって年下だもん」
「たかが1歳程度で年上振るな」
学生のうちの1歳差って大きいと思うんだけどな。ていうか私と同じ18歳の3年生には敬語使うくせに…なんで私にはタメ語なのよ。私に敬語を使う慎悟というのも不気味だけど…
慎悟はベッド脇にあるナースコールを押して、看護師さんに連絡をしていた。患者が目覚めたとか何とか言って呼び出しを掛けている。
「取り敢えずあんたは検査を受けろ」
「えー? もう大丈夫なんだけど」
「いいから。…山本たちも心配してた。早く学校来いよ」
「…分かった」
病室にやってきた看護師さんに誘導されて、私は検査に向かったのでそこで慎悟と別れた。
■□■
検査結果は良好。なんともなかった。すぐに退院してもいいというお墨付きも貰った。
エリカちゃんは英学院の正門前で車に轢かれそうになったそうだ。車を避けようとして転倒して頭を強く打ち付けたらしい。…だから頭にたんこぶが出来ているのか。触ると痛い。
見舞いに来た二階堂ママに、私がまた憑依した事とエリカちゃんがどうなったかを説明すると、彼女は動揺をしていたが…すぐに信じた。
「…あの子は…」
ママは何か言おうとして、悲しそうに顔を歪めていたがそれ以上何かを語ろうとはしなかった。
私は二階堂パパとママに憎まれる覚悟であった。ここでもしかしたら罵倒されるかもしれないとも思っていた。そうなれば私は正面から全て受け止めようと心に決めていた。
「ごめんなさい。私がもっとちゃんと対応していたら良かったのに、それに私がエリカちゃんの振りをしないで、好き勝手に生活していたからきっと馴染めなかったんだ」
殴られるのを覚悟して、歯を食いしばる。ママはきっと、娘の身体を完全に乗っ取った人間のことが憎くてたまらないはずだ。平手打ちの一発…いや拳の一発くらいは食らうはずである。
…だが、予想とは外れて二階堂ママはそんな事はしてこなかった。
「いいえ…エリカと真正面からきちんと向き合わなかった私に非があるわ。えっちゃんは気に病まないで」
静かな声だった。だけどその声から深い悲しみが伝わってきた。
「……」
「私は昔から仕事ばかりで…ずっとあの子を一人ぼっちにさせていたわ…私はあの子のことを全く理解していなかった。エリカがこうなったのは私のせいだもの…」
二階堂ママは自分を責めて嘆いていた。私が何も言えずに黙っていると、二階堂ママは目元を拭って笑顔を作った。それが無理やり作った笑顔だと私にはわかった。
「不思議な出来事もあるのね。…エリカが転生の輪に入ったのなら、また生まれ変われるってことよね。…縁があればまた会えるわ」
…また、会えるかな…? 今度はあんな出会い方ではなく、もっと違った形で。
…そうだといいな。生まれ変わった彼女には二階堂エリカとしての記憶がないかもしれないけど、また出会えたら良い。
そしたら今度は、彼女の心からの笑顔を見たい。
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