お嬢様なんて柄じゃない

スズキアカネ

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さようなら、エリカちゃん。ごきげんよう、新しい人生。

目の前の困難に打ち勝つ力を。

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「すっごい美味しかったから、今度慎悟も食べに行こうよ!」
「……ふぅん?」

 私が昨日のカレーデートの感想を語ると、相手は不満そうに顔をしかめていた。
 慎悟は頬杖をついたまま、私を胡乱げに見上げてきた。おいお坊ちゃん、人の話を聞く態度はソレでいいのか? 機嫌悪いなぁ…

「あ、それともスイーツバイキングがいい? 慎悟が行きたいところでいいよ!」

 代替案を持ちかけたけどやっぱり彼はムッスリしていた。…もしかして一緒に行きたかったのだろうか。 
 …慎悟は終始しかめっ面で話を聞いていた。仕方がないのでデート中に購入したお土産を手渡してみる。私がお土産に選んだのは通りすがりに立ち寄ったアートサロン展で購入したポストカードだ。それを見て慎悟はようやく表情を変えた。

「…これは…ルノワールの絵画か?」

 お、知っていたか。慎悟って教養もあるよね。さすがお坊ちゃん。

「そうそう。この画家の人、病気で体が不自由になっても絵を描き続けたんだっていう話を聞いてさ。感動したから買ったの」

 私は人間には可能性があると思っている。
 だけどそれでもやっぱり限界はある。例えば病だったり、環境だったり、気持ちの問題だったり。努力だけでは乗り越えられないものっていうのはあるというもの。 
 それでも自分の信念の赴くまま、変形して動かなくなった手に絵筆を布で固定して絵を描き続けたという一人の画家の話を聞いて私は柄にもなく感動したのだ。
 ぶっちゃけ絵画には興味ないけど、ルノワールという画家には興味が湧いたのでお土産にポストカードを購入した。
 慎悟にはピアノに寄る少女たちというタイトルのポストカードを渡した。友人たちにもそれぞれ違う絵のポストカードを渡したが、選んだ絵には深い意味はない。いいなと思ったのを購入しただけだから。

 西園寺さんいい人だったよ。最初から最後まで紳士で。
 そう話すと「…あっそ」と苛ついた声音で返事が返ってきた。何だよ感じ悪いなぁ。
 慎悟の机の傍に立っていた私は身を屈めると、彼の顔を覗き込んだ。

「だから行きたい所考えておいてね。今度一緒に美味しいもの食べに行こう」
「……」
「楽しみにしてるから」

 こっち見てるから、ちゃんと話は聞いてるな。よしよし。
 思ったんだけど慎悟って休日何してるんだろう。部活はしていないし…勉強かな? 趣味はなんだろう。聞いたことないなぁ。

「慎悟の趣味って何?」
「藪から棒に何だよ…」

 慎悟のことだからセレブっぽい趣味じゃないかなと思って探ってみたけど、読書とか映画見るのが好きだって教えてくれた。…普通の趣味だな。慎悟こそゴルフしてると答えてくれそうだったのに。

「ゴルフしないの?」
「親について行ってやったことあるけど普段はしない」
「そっかー」

 したことはあるのか。ゴルフってあれどうなんだろうな。楽しいのだろうか…
 私はやっぱりバレーボールだな。

「…趣味とは言っても、笑さんほど熱は入っていないよ。正直そこまで好きになれる物があるのが羨ましい」

 慎悟が突然そんな事を言ってきたので私は目を丸くして固まってしまった。羨ましい…イケメンで頭良くて家柄も良くて将来有望株の慎悟が、アホでエセお嬢様のバレー馬鹿を羨ましいだと…?

「…今からでも遅くないよ、バレーボール始めよう?」
「しない。そういう意味で言ったんじゃない」

 慎悟をバレーボール沼に沈めようと思ったけど、きっぱり断られてしまった。慎悟はまだバレーの楽しさに目覚めてないんだよ。もっと深く関わればきっと楽しさがわかるはずだ…!
 なので今度の春高予選大会に私が出場するから観に来なさい! と観戦に誘っておいた。
 誘った後に思った。…もしかしたら慎悟は、私がインターハイ大会で不整脈起こして天に召されたことでバレーボールにトラウマを持ってしまったのかもしれないな…。忙しいだろうから、行けそうだったらでいいよと付け加えておいた。

「すいません皆さん、今日の放課後文化祭の打ち合わせをするので残ってくださーい」

 その声にクラスにいた生徒達は注目した。私と慎悟も同様である。クラス委員長の言った打ち合わせというのはなんだろうか。
 逃走ゲームで使用する衣装は業者任せだし、景品は購入する。後は追跡者に渡すカードに載せるクイズだったり、逃走経路やルールなどの最終的な取り決めだろうか。
 私は今日も部活があるのだが、文化祭の準備なら仕方がない。あとで部長に連絡しておくか。

「…面倒だ…」
「ちょっとちょっとー、この学校の準備楽な方なんだからね? 贅沢言わないの。それに学校イベントなんて青春っぽくていいじゃないの! 準備も楽しもうよ!」
「…いや、そっちじゃなくて…」

 面倒くさそうな態度を取る慎悟に青春しようぜ! と声を掛けたけど、そうじゃないと慎悟は首を横に振って否定していた。
 私が訝しんでいると「すぐにわかる」と言ってきた。何がわかるというのだ。



 ……確かに放課後になってすぐに理由はわかった。
 去年のクラスではそういう事がなかったから、まさかこうなるとは想定していなかったわ。

「…忙しいから帰ると…」 
「よくある事だな」
 
 阿南さんが苦笑いして言うと、慎悟が切り捨てた。クラス委員に放課後残ってくれと言われていたのに、クラスの約三分の一が帰ってしまっていた。

「…な、習い事かな?」
 
 急だったもんね。放課後に予定が入っている人もいたかもしれないし…

「…日頃から業者任せにしているから、こういう準備を嫌う人間が多いんだよ」
「…つまりサボリと」

 慎悟は頷いていた。ていうか分かりきっていたような態度であった。
 えぇー…クラスマッチの時は皆バレーの練習頑張ってくれていたのにー。…あ、よく見たらクラスマッチの元バレーチームの子は全員クラスに残っている。
 
「去年の俺のクラスでも起きたことだ」
「…ハンドメイド販売してたよね。…全員で準備したんじゃないんだ?」
「ああいう小物は自分で作らずとも金があれば用意できるからな。今はネットもあるし、入手も楽だ」

 なんと。文化祭だから自分で作り上げるという楽しみがあるのに、そこでも金で解決するというのか。まるで夏休みの宿題を業者に金を払って解決する親子みたいな…

「…仕方ないから残った人間だけで決めてしまおう…」

 クラス委員長は疲れたようにため息を吐いていたが、気を取り直して司会進行し始めた。
 話し合いが終わった後に、クラスメイトには前もって声かけていたら予定を明けてくれるんじゃないかって提案したけど、無駄だと思うと慎悟に言われた。
 私は久々のバレーに夢中になっていたから知らなかったけど、今年のクラスマッチの他の競技でもこんな感じでまったく団結していなかったらしい。試合もお察しの結果。
 バレーチームが異様な団結力だったって……そうだったのか…なんか悲しいなこういうの。

 逃走ゲーム楽しそうだと密かにワクワクしていたのに、クラスがバラバラな状況。私は急に不安になった。


■□■


「ねぇ、明後日の放課後は文化祭の準備に残れるかな?」
「…習い事がございますので」

 素っ気なく返事されてしまった。
 文化祭の準備をサボっているのは全員セレブ生だ。過激派で一般生と仲の悪いセレブ生が軒並み不参加という結果。
 前もって先の日付で提案してみたけど、彼らは習い事とか用事とかで不参加表明していた。一般生であるクラス委員長より、私が声を掛けたらなにか変わるかなと思ったんだけど、何も変わらなかった。
 やる気が無いんだな。ダメだこりゃ。
 私は早いうちに見切りをつけることにした。確かにこれは面倒くさいわ。慎悟も去年同じ思いをしたから面倒くさいと言っていたのだろうか。

 英学院の文化祭の準備はほぼ業者任せだからそんなに大変じゃないと思う。…私は準備含めて文化祭ってことで楽しいと感じているけど、やる気のない人がいたら場の空気が悪くなるし…逆にいないほうが平和に終わるかも。
 …しかしこういう態度って内申点に関わらないのかな? 誠心高校では学校行事への意欲・態度が悪かったら減点されていたが、私立だから基準が違うのだろうか。

 

「学校行事くらいちゃんとやれよ!」
「放課後残れないなら、朝早く来て準備するとか昼休みにするとかしたらどうなの!?」

 この状況に納得できない人間はいるわけで。我慢してきた一般生の一部がブチ切れて、不参加のセレブ生に文句をつけていた。
 派閥争いは元々あったけど、水面下での争いだと思っていた。だけど先月のクラスマッチでの事もあって我慢が爆発したようである。
 なんだかんだで気遣い屋の慎悟や阿南さんと共に、不参加のセレブ生の分まで頑張って準備していたが、その裏でサボっている生徒がいるのが一般生達はどうしても納得できないみたいだ。
 まぁ普通はそうだよね。見切りは付けたものの私もどうかと思うし。

「そんなもの…業者に任せたらいいでしょ」
「僕たちは暇じゃないんだよ。学校行事なんて好きで参加するわけじゃないのに…いい迷惑だ」

 一般生の訴えに対して、過激派セレブ生達はどこ吹く風である。
 こりゃ駄目だ。申し訳ないという態度すらない。むしろ高圧的な態度で一般生の訴えを一蹴している。

「…ちょっと待った。その言い方はないんじゃないかな? どんな理由があるにしても、準備を丸投げしてるんだからそういう開き直りはよくないと思うな」
「…二階堂様…」

 私が間に入ってきたことで一瞬怯んだセレブ生たちだが、その中にいた女子生徒が鼻で笑うと、こっちを見下すような笑みを浮かべた。
 
「流石は二階堂家の方ですわね。随分余裕でいらっしゃる…」

 それに追随するかのように、他のセレブ生も立て続けに意見し始めた。

「僕達は家のために努力しなければいけないのです。…呑気に過ごしているあなたとは違うのです」
「婚約者に振られて少々気を抜き過ぎではなくて? …二階堂家の令嬢もたかが知れていますわね」

 いきなり“二階堂エリカ”が集中攻撃を受けた。突然のことに私は二の句が告げなかった。
 え? 何故私は今一斉に口撃を受けているんだ? 婚約破棄とか二階堂家は文化祭の準備に関係ありますかね?

「おい、そんな言い方はないだろう。今話しているのは学校行事の話。お前たちや二階堂家の話ではないはずだ。失礼だと思わないのか」

 ポカーンとしているだけで、何も発言できていない私を見兼ねて、慎悟が前に出てきて庇ってくれた。
 す、すまんお世話掛けて… 
 そうだよ、私は学校行事の準備の話をしていたのになんで二階堂家の話になるんだ。私が呑気に学園生活を謳歌しているのは否めないけど、文化祭の準備となにか関係ある?

「…あなた達に何がわかるのよ!」

 慎悟が間に入ったことで相手側は落ち着くかと思ったが、その逆だった。顔を歪めて私達をきつく睨みつけてきたのだ。


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